6:友との語らい

 その晩、アルカはファートと同室で休むことを望んだ。


 普段なら決して許さないであろう要求をアトリはのみ、それは彼を驚かせた。

 ユタが、ファートなら正規の護衛とまではいかずとも、狼藉者の侵入に気がつくことができると後を押したからかもしれない。


「なあファート。結局お前、どういう身の上なんだ? ユタ殿がルンファーリアの第一神官ってことは、お前もルンファーリアの神官なのか?」


 アルカは毛布に包まり、興奮気味に尋ねた。ファートは呆れて聞き返す。


「なんだよ。これからのことを、考えるんじゃなかったの?」

「考えるんだよ! ただ俺は、情報が欲しいんだ。普通に考えて、ルンファーリアの第一神官なんて身分の人が、ハーフェンでのんびり旅をしてるはずがないだろ」

「ユィタのこと、疑っているの?」

「いや、叔母上とあれだけ懇意なんだ。第一神官だってこと自体を疑っているわけじゃない。不思議なのは『何故、のんびり旅をしているのか?』ってこと。……そう考えると、アシュレイ殿かお前がその理由だと思ったから、直接聞いてるんだよ」

「………」

「違うのか?」


「……違わない。ユタは、僕とアシュレイが原因で、旅をしてる」


 心ここに在らずと言わんばかりの感情の消えた表情で、ファートはつぶやいた。


 その機械的な様子に、アルカは慌てた。何か聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がしたのだ。まごまごと言葉を濁す。


「えっと、その、ふーん」

「アシュレイは、元々はムルトの人。ユタと色々あって国を出て、今は一緒に旅をしてる。……不本意ながら、だけど」

「そういえばお前、街でもそんなこと言ってたな……」

「うん。アシュレイは、アイツは、気に食わない奴だ。確かに強いし、旅慣れもしてるし、頼りになることもあるけど、気に食わない。理屈じゃない。気に食わないんだよ」

「ふぅん。そっか」


 アルカはその理由については大いに心当たりがあったが、あえて追及しなかった。そういうところは、ファートより大人な情緒である。


「僕は。……僕は、なんだろう?」

「何だろう、ってそんなこと」

「ううん。そうなんだ。僕はルンファーリアの神官じゃない。でも、あの神殿の中にずっと居た。ユタと出会って、外に出て、今は、ただのファートだけれど……」

「ただの、ファート」


 ファートは思考しながら話していたが、そこで言葉を止めた。


「ごめん、上手く説明できないや。僕自身も、まだよくわからないんだ」

「いいじゃないか、『ただのファート』。羨ましい限りだよ」

「アルカは? アルカは『ただのアルカ』じゃないの?」

「そうだなぁ。俺のことって、叔母上から聞いたんだっけ?」


 自嘲気味に笑い、それでもあっけらかんとアルカは訊ねた。


「王族に生まれたけど、魔力を持っていたから寺院で暮らしてる、ってことだけ。それがどうしてなのか、とかそういう詳しいことは聞いてない」

「この国では、そういう『決まり』なんだ。なんでも大昔に大きな内乱があって、国が荒れた。それが強い魔力を持った王族が先導者だったんだと。内乱は鎮められて、そのまま政権、つまり今の王族が続投したらしいけど。それ以降、魔力を持った者は王族から廃すべし、っていう決まりができた。ただ王族を殺すのは体裁が悪いってんで、寺院に放り込むことにしたんだ。まったく、迷惑な話だっての」

「確かに勝手な話だけど……」


 ファートは、疑問に思っていたことを口にする。


「でも今は、王様より寺院のほうが権力を持っているんじゃないの? 王様や議会の意見も、寺院がその可否を判断しているんでしょ?」

「……お前、本当に叔母上から何も聞いてないのかよ」

「聞いてないって。これはユィタからこの国のことを、教えて貰ったときに聞いただけ。王様の意見でも寺院が神様に伺いをたてて、了承をもらわないと施行できない、って。それって、王族より寺院のほうが強いってことじゃないの?」

「……」

「アルカ?」

「それは確かにそうだ。でも、寺院に居るのは俺や叔母上みたいな元王族だけじゃない。いろんな派閥や繋がりがあって、その多くが権力を狙ってる。ややこしいんだよ」

「ふうん」

「神託宣誓をすれば、俺は完全に寺院の人間になる。今みたいな『王族の跡継ぎ問題』に巻き込まれることはなくなる。叔母上が、俺のことを心配してくれているのはわかる。感謝だってしている。でも……」


 アルカは考え込むように、そこで口を閉ざしてしまった。



「もしかして、アルカは王族のままでいたいの?」


 ファートの無遠慮ともいえる問いに、アルカははっと息をのむ。

 そして「わからない」と言った。


「だって赤ん坊の頃に寺院に入れられたんだぜ? 王族としての暮らしなんて想像もつかないし、比べようがないさ。ただ……」

「ただ?」

「たぶん、そんな『ならわし』に振りまわされるしかないのが、癪なんだ。『決まり』だからって勝手に寺院に預けられて、僧侶として生きることを決められて。それだけでも腹立たしいのに、だ。王が亡くなって、俺がまだ王族として使えるかもしれないとわかると、勝手に派閥を作って持ち上げようとして、そんなつもりは微塵もないのに勝手に命を狙われて。それが、とても悔しくて……馬鹿らしい」


 ファートには、「馬鹿らしい」と吐き捨てることしかできない、そんな彼の気持ちが分かる気がした。

 ただただ周囲の都合や思惑に流されるしかない、そして、それを自分ではどうすることもできないもどかしさを、アルカも抱えているのだと思った。

 おそらくそういった点で、ファートとアルカは、とても似ていたのだろう。


「ちょっと、わかる気がする」

「気休めなら要らないぞ」


 アルカは拗ねて不貞腐れたが、それでもファートはうなずいた。


「ううん、わかるよ」

「……そっか」


 そして二人は夜遅くまで、様々な話をした。

 ルンファーリアのこと。ハーフェンのこと。ユタのこと。アシュレイのこと。アトリージュのこと。グレン隊長のこと。

 

 それは、ファートとアルカにとって初めての『友との語らい』となったのだった。



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