4:妙案
「騎士団に追いかけられたとき、おかしな人がいたんだ。変な動きをしてた」
ファートは、ポツポツと説明を始めた。
アルカと出会った経緯、騎士団に追いかけられて逃げたこと、アルカを守ろうとして力を使ったこと。そして、ファートが感じた『違和感』のこと。
「変な動き? 何だ。それは……」
アトリージュがちらりとグレンを睨んだが、ファートは気にせず続ける。
「騎士団の人たちの装備は皆、両手剣と甲冑、えっと、重装備? だったんだ。なのに、そんな装備をつけているのに、なんだろう。……えっと、ねえユィタ、あの黒い人達みたいな動きってなんて言うのかな? 素早くて、攻撃してるところや武器が見えないように動く戦い方。あんな動きを騎士団の人がしたんだ。アルカを狙っていた、と思う」
「なるほどね。騎士団の装備で彼らみたいな動きをするなら、確かに変だ」
不安げに尋ねてくるファートを見つめ、ユタは頷いた。ルンファーリアの特使のことを言っているのだろう。アシュレイも隣でうなずいた。
「騎士団が暗器なんかを使おうとすれば、そりゃ違和感しかないな。アルカ殿を狙っていると思ったのは?」
「それは、なんとなくだけど。他の騎士団の人たちは、僕のことを敵として見ていたと思うんだ。アルカをさらった敵だ、って。でもその人だけは、僕のことを全く気にしてなかった。僕のことは、どうでも良かったんだと思う。アルカのことだけ、見ていた。それに……」
ファートはそこで口をとめ、言葉を選ぶ。
「それに。何よりアルカが、怯えていたから」
「そっか……」
「よく見てたなぁ。ファート。すごいじゃないか」
「うるさい。アシュレイ」
アシュレイがファートの頭をくしゃくしゃと撫で、彼は文句を言いながらも照れくさそうに、顔をそむけた。ちょっと珍しい反応だ。
アトリージュは内心驚いていた。
アルカを助けてくれた、とは言っても少年のことだ。しかも目の前の彼は、言ってはなんだが少々ぽやっとしているように見える。そんな頼りなさげな少年が、騎士団の装備や攻撃の違和感を冷静に分析しているのだ。
さすがはユタの連れ、ということか。アトリージュは考えを改めた。
「ありがとうございます。ファート。よくわかりました。つまりあなたは、騎士団の中に『暗殺者』が紛れていると感じたのですね?」
「そう、だと思う。でも、なんとなくだから……」
「いえ、案外核心をついていると思います。最近のアルカの身の回りのことを思えば、十分に考えられます」
しばし何事か思案していたが、アトリージュは意を決したように顔をあげた。
「グレン。よろしいでしょうか」
「はい……」
グレンは青ざめながら、声を絞り出した。
一歩間違えば「騎士団がアルカに危害を与えた」という構図が出来上がっていたかもしれないのだ。現実となっていたら、大変な失態である。
この騒動において騎士団は中立の立場をとっていたが、なかには王室や寺院に連なる者も確かに居る。騎士団としては中立でも、個人としてはどちらかの勢力に与している者もいるかもしれない。「そのようなことはない!」と一蹴できるだけの根拠と自信を、グレンは持ちえなかった。
そんなグレンを静かに見つめ、アトリージュは淡々と告げた。
「グレン。過ぎたことはどうしようもありません。考えなければならないのは、今後のことです。騎士団のことは任せます。しかしこの状況では、アルカの警護を任せることはできません。……それはご理解ください」
「はい」
「ええ、まずはアルカの安全が最優先です。然るべき通達があるまで、騎士団の寺院への出入りを制限します。まずはこの事情を騎士団長にお伝えください。詳しいことは後ほど。寺院代表として私が直接、説明に伺います」
「承知いたしました。……失礼します」
扉の向こうに消えた騎士団隊長を見送り、アトリージュは深いため息をついた。
グレンよりも、彼女の方がまいっているように見える。
「アルカ殿の周りは、そんなに酷いの?」
努めて気軽に尋ねてみたが、アトリージュは憤然と訴えた。
「そうなんです。不審者による襲撃6回、食事に何かしら盛られること5回、落下物5回、危険な場所で突き飛ばされること8回、その他諸々数え切れず、です。この2週間の間にですよ? いくらなんでも頻度が過ぎます」
「それはまた……」
「大変だな……」
あまりの節操のなさに、ユタとアシュレイは顔を見合わせた。
「ですからアルカには、独りにならないよう注意していたんです。なのにあの子ったら。なにもこんな時にひとりで街に出るなんて……!」
ひととおりまくしたてると、アトリージュは肩を落とした。その姿からは、彼女が『本当に』アルカのことを案じている様子が見てとれた。
そしてそのことは、ファートをなんだか安心させたのだった。
「でも現実的な問題として、これからどうするつもりなの?」
ユタは話を進める。
「そうですね。まずは、アルカの神託宣誓を急ぐ必要があります。本来その資格を持たないアルカを推している一派の言い分は『そこ』ですから。アルカが神託宣誓を済ませて完全に寺院の籍となれば、彼が継承争いに巻き込まれることは無くなるでしょう。ですが……」
アトリージュはなにやら、言いあぐねているようだ。
「なにか問題が?」
「その神託宣誓です。この儀式はハーフェンにとって、重要かつ少々繊細な意味合いを持っています。国内外に向けて、大々的に公開する必要があるんです。そのため細々とした決まり事や儀式の段取りが多く、それがなかなか厄介でして……」
「なるほど。『王族の権利を捨てて僧侶になります』と宣言してハイ終了。では済まないってことか。それは面倒だね」
「はい。そのうえ騎士団の警備があてにならないとなれば、神託宣言を行うこと自体が危険かもしれません」
「うーん」
「それってさ、非常時ってことで略式にはできないのか?」
隣で聞いていたアシュレイが、割って入った。
が、アトリージュは残念そうに首をふる。
「それも考えました。確かに略式にすることで、儀式を一部省くことはできます。しかし神託宣言は『儀式そのもの』よりも『公にすること』が重視されるものでもあるんです。その、歴史的に微妙な国民感情がありまして」
「だからさ、その『儀式』と『公開』を分けるんだよ。なんかそれらしい理由をつけてさ」
「『儀式』と『公開』を分ける、ですか?」
それは考えに無かったのだろう、アトリージュは意外そうにアシュレイを見た。
「ああ。公開することが重要っていうのなら、そういう部分はきっちりと、なんなら余分にやってさ。儀式そのものは必要最低限でやるんだよ。その儀式さえ終えれば、還俗は認められるんだろう? それこそ亡くなった王や太子には悪いけど、喪中あたりを理由にすれば、儀式を非公開にしたり時期をずらしたとしても、民から文句は出にくいんじゃないか?」
「なるほど。それならさほど違和感はないかも。アトリはどう思う?」
アトリージュはしばらく黙り込んで思案していたが、「確かに」と顔をあげた。
「ええ。その方法なら可能かもしれません。警備は最低限で済みますし、国民への説明と公開も、なんとかなるでしょう。ただ、ひとつだけ」
「問題あり?」
「ええ。アシュレイ殿のおっしゃるように、儀式の核心部を非公開とすることはできるでしょう。ですが、肝心の儀式の立会人が難しいかもしれません」
「例の一派が納得しない、とか?」
「いいえ。そもそも神託宣言の『儀式そのもの』に立会うのは、数名なんです。本人、寺院と王族から近い血族の年長者が2名ずつ。そしてハーフェン以外の王族か高位官僚、それに準ずる者が1名。寺院と王族からの4名はなんとかなるでしょう。しかし諸外国となりますと……」
「ああ、うん。外交的にはちょっと避けたいね」
「はい。そのとおりです」
「そうだなぁ」
大人たちが首を捻っていると、それまで黙って聞いていたファートが口を開いた。
「それって、ユィタじゃ駄目なの? ユィタは、ルンファーリアの第一神官でしょう?」
「…………」
「…………」
「…………」
「それです!」
「えええっ!?」
「うわぁぁ」
ファートの何気ない一言に、大人たちは三者三葉の悲鳴をあげたのだった。
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