3:それぞれの事情

「彼女はアトリージュ。私の古い友人だよ」


 ユタは、実にざっくりとした紹介をした。



「ユタの、友達」


 ちいさくうなずいたファートに視線をあわせ、アトリージュは手を差し出した。


「はじめまして。ファート。私はアトリージュ・ハン・フェンといいます。アリの寺院で司祭をしているわ。あなたが先に助けてくれた子はアルカディア・ハン・フェン。私の兄の息子、つまり甥にあたります。彼も寺院で暮らしているのよ」

「アトリージュ……様。はじめまして。ファートです」


 アルカが言っていたやつだ。たしか『握手』というやつ。ファートはおっかなびっくり、彼女の手を握り返した。


「どうぞアトリと呼んでくださいな。よろしくね。……そちらの殿方も。よろしくお願いします。お見知りおきを。」


 ユタとの関係が気になったのだろう。アトリはアシュレイにも握手をもとめたが、同時にささやかながら好奇の視線を向けた。


「こちらこそ。アトリ殿。アシュレイ・ハーノルドだ。『ただの』とはあまり言いたくないんだけど……ひとまずユタの旅の仲間だ。よろしくどうぞ」


 ユタとの関係を言い表す良い表現が見つからないのだろう。アトリの好奇の視線に気づいていたが、アシュレイは言葉を濁す。


「アシュレイは『ただの』で十分だよ」

「なんだとぉ?」

「やめなさい!」

「まぁ。ふふ」


 憎まれ口を叩いたファートを小突くアシュレイと、それを叱るユタの姿に、何か察したのだろう。アトリは微笑ましく見守るにとどめた。



 ユタは話を戻す。


「ところでアトリ、何かあったの? なんだか物々しい様子だけれど……」

「ええ。近頃、王室が荒れに荒れておりまして、騎士団には厳重体制が敷かれているんです。まだ公式な発表はされていないのですが……」

「アトリ様!」


 グレンが驚愕の表情で叫んだが、アトリはそれを止めた。グレン隊長の慌てようを見るに、只事ではないようだ。


「グレン、この方は大丈夫です」

「アトリ、話しにくい事情だったら……」


 ユタもそう言って遠慮したが、アトリはそれも止めた。


「いいえ。いずれわかることです。それに、あなた方がアルカを助けたことは騎士団を通じて王室や寺院に知れてしまいました。大変申し訳ないのですが、このままでは安全を保障できません。私には、その理由を説明する義務と責任があります」

「ふむ……」


 ユタが続きを促すと、アトリージュは重々しく唇を開いた。


「先日、王が崩御いたしました」

「アルサン王が?」

「はい。二週間前のことです」

「……公表されていないのは?」

「亡くなられた状況が。……王は前触れなく体調不良を訴えて倒れられ、そのまま目覚めなかったそうです。しかも、皇太子である第一王子と共に、です」

「え、皇太子も一緒に亡くなったってこと?」

「はい。倒れた場所は別々ですが、侍医によると同じ症状だったと。王室は異常事態として情報を伏せています。知っているのは王室と、寺院と騎士団の上層部だけです」

「それはまた……」

「ええ。それでも常時であれば、次位の継承者が王として立つだけです。現在ですと、先王の弟になります。しかし、そこで少々問題となることが……」

「問題?」

「アルカです。……彼は、先王の次男にあたるのです」


 アトリージュはそう言って眉根を寄せた。なるほど、騎士団が躍起になって探すはずだ。『良いところのお坊ちゃん』どころではない。


「アルカが、ハーフェンの王子さまってこと?」


 ファートが口を挟んだ。意外だったのだろう。


「彼は王の息子として生まれました。ですが、彼は王子にはなれません」

「どういうこと?」

「この国では、魔力を持って生まれた王族は、寺院に入る習わしなの」

「魔力があると、王子でなくて僧侶として生きなきゃいけない、ということ?」

「そうです。かくいう私も同じ身の上です。ただ、アルカはまだ12歳。神殿で僧侶として生きるという『神託宣誓』を、まだ立てていないのです」


 苦々しくアトリはつぶやいた。


「つまり、彼の王族としての血統は有効だと?」

「そう主張する一派がいる、ということです。現に裏では叔父派とアルカ派の間で権力争いが勃発しています。神託宣誓の準備を急がせてはいるのですが、現実問題として、彼の身辺で不審なことが起こり始めています」

「それで、アルカは狙われていたんだ」


 ポツリと言ったファートの言葉を、グレン隊長が拾った。


「そうだ小僧。お前、先程も同じことを言っていたな。どういうことだ!」

「……小僧じゃない」

「グレン?」


 にらみ返したファートと、にこやかに見つめるアトリの圧に負け、グレンは両手をあげた。


「すまん。わかったからやめてくれ! ファート殿。それはどういうことなんだ。教えてくれ! 頼む!」


それはそれは、悲愴な叫びを上げたのだった。


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