1:牢の中で

「ごめんなさい。ユィタ」


 ファートは、しょんぼりと項垂れていた。


「謝らないの。全部がファートのせいじゃないんだから」


 ユタはその小さな肩に手を置き、ぽんぽんと叩く。


「でも、僕が、余計なことを、したから……」

「大丈夫。やり方が過激だったのはともかく、何もやましいことはしていないんだ。誤解が解ければ出られるよ」

「でも、でもさ……」


 そういう彼らが座っているのは、薄暗く湿る牢の中だった。

 石壁に鉄を組み込んだ小さな空間で、扉はご丁寧なことに通常の鍵に加えて術の封がかけられている。


 ファートがユタたちとはぐれ、アルカという少年と出会ったこと。そしてそこで起こった一連を、ユタたちは彼の口からきいた。

 アルカという少年は、おそらく国の要人の関係者だったのだろう。少年は拒否していたようだが、家出したご子息を騎士たちが連れ戻しにきたであろうことは、なんとなく想像できる。


 問題となったのは、ファートが彼を助けようとしてウィスティアリアの術を使った、ということだ。しかも、この国の騎士たちに向けて。


 案の定、彼の術は騎士らを吹き飛ばし、ウィスの力に気づいて駆け付けたユタたちは、共に御用となったのだ。


 アルカ少年は、彼らに連れていかれたようだった。

 ファートはというと、術を人に向けたことには自分でも驚いていたが、後悔はしていないようだ。

「アルカを、助けたいと思った。だから、術を使って抵抗した」

 と、思考はシンプルで揺るぎない。彼の頑固な一面を見た気がする。


 少々迷いはしたが、ユタたちはファートの考えを尊重することにした。ただし「やり方」がまずかった、という小言付きで。


 ファートも力を使ったこと自体への後悔はないものの、ユタやアシュレイが一緒に牢に入れられるとは思わなかったらしい。ひどく動揺し、そして凹んでいた。



「ファート、なんとかなるって。いざとなれば勝手に出ていけばいいだけさ」

「アシュレイ待って。初っ端からそれは無しだ。それは最終手段だよ」

「そうだよ、アシュレイ」


 二人から同時に止められ、アシュレイは肩をすくめる。




 ルンファーリアを出奔してから数か月。彼らはハーフェンという国に居た。

 北の大陸から船に乗り、東に渡った大陸にハーフェンは在る。海と八つの国に囲まれた交易の盛んな王国で、その街並みは古くからの伝統と最新の文化が入り混じる。 

 人の流れも盛んな土地柄なので、ひとまず身を隠し落ち着ける場所を求めてのことだった。


「そうは言ってもどうするよ。さっきの騎士の態度だと、話すら聞いてもらえないかもしれないぞ。ハーフェンって、治安が悪いイメージはなかったんだけどなぁ」


 アシュレイの疑問に、ユタも同意する。


「確かに。以前来た時はもっと落ち着いた街だったし、旅人や外国人にも寛容だった。どうしたんだろう。何か事情があるのかも」

「ねえ、ユィタ。僕も知りたい。この国って、どういうところなの?」


 ファートも気になったのだろう。興味深げに目を輝かせた。


「そうだなぁ。まず、このハーフェンは東大陸の国のひとつ。海に面していて、交易が盛んだよ。気候は年中穏やかで、過ごしやすい。水も豊富だね」

「ふんふん」

「歴史も古いけれど、新しいものを取り入れて発展させる文化が根付いているから、開放的な風土だね。首都はここ、アリ。交易の要の都市で国の中枢だ。特産は……海産物以外に絹織物や果物、染料が有名だね。あと、果物と一緒に煮込んだ魚料理が、すごく美味しい」

「確かに端っこが見えなくなるくらい、たくさんのお店があった。見たことのない魚も、いっぱい並んでいたし。……美味しいんだ? アレ」


 ファートは、店先につるされた奇怪な魚たちを思い出した。

 あのモンスターのような、魚とおぼしき生物を、最初に口にした人は尊敬できる。食べてみたいような、食べたくないような。

 ……話を変えよう。


「えっと、この国は王様が治めているの?」

「そこがちょっと変わっているところかな。王様と寺院、二つの権力がこの国を治めている」

「二つの権力? よくわからない。どうやって? 王様は国で、一番の人じゃないの? ルンファーリアの皇みたいな、ものでしょう?」

「普通はね。それはここでも同じだよ」

「?」

「この国では、神様を祀っている寺院も同等の権力を持っているんだ。王様の決定を寺院が神様に伺いをたてる。そして神様が認めれば王様の決定は実現する。それがこの国の政と権力のしくみだよ」


ユタの説明に、ファートは首をひねった。


「それって、寺院の方が王様より強い権力を持っている、ということじゃないの? それに、神様って『誰』? どうやって神様に伺いをたてるの? あ、王様はあくまで『居るだけの飾り』ってこと? 実際の発言権は無くて、決定権は寺院にあるっていうような。寺院は議会みたいなものっていうこと?」


 ユタはファートの質問攻撃にたじろいだ。相変わらず知識としては豊富なようで、疑問に思ったことをぽんぽん投げてくる。


「そうだなあ。たしかに「寺院の神様への伺い」というモノが具体的にどういうものなのか、知っているのは寺院の僧だけだね。寺院内部で『何が』行われているのかは、わからないな」

「それって、王様は納得できるの? 喧嘩にならない?」

「うーん。なるだろうね。実際、過去には何度も諍いがあったみたいだよ」

「……だよね」

「でも、その喧嘩がひどくならない理由もあるの。たとえば、この国の人の信仰心の強さ。神様はアリアトスミーカン。海の神様だよ。この国の人たちから絶大な人気と信仰を集めてる。皆がとても大事にしている神様だから、王様もないがしろにできないんだよ」

「そっか、でもそれなら……」


 ファートが再び首をひねった、そのとき、


「おい! うるさいぞお前ら! 静かにしていろ!」


 牢の外から怒鳴り声が聞こえた。扉の前を護っていた騎士らしい。


「すみませーん。暇なものでー!」


 アシュレイがここぞとばかりに、煽りにかかる。


「黙れ! くそっ。今から隊長が尋問する。心しろ!」


「隊長」との言に、ユタとアシュレイは密に視線を交わした。さて、どう出るか。



 現れたのはいかにも騎士らしい、堅苦しい雰囲気をまとった青年だった。鈍い銀色の甲冑を身につけ、兜を脇に抱えている。ただ「隊長」と呼ばれるには、少し若すぎるようにも見えた。


「隊長のグレンだ。お前、ずいぶんとこの国の内情に詳しいようだな」


 先ほどの話を聞いていたらしい。青年はユタをねめつけた。ユタは努めて軽く返す。


「一般論です。ちょっと本を読めば、子供でも得られる程度の知識かと」


 グレン隊長とやらは、信じている様子はない。あざ笑うように鼻を鳴らした。


「どうだかな。……名乗れ」

「私はユタ、彼はアシュレイ、この子はファート。旅をしている。この国には十日ほど前に、北大陸から海路で」

「ふん。旅の目的は。どこに向かっている」

「今は、決まった目的地はない。しいて言えば、落ち着ける場所を探して旅を続けている。あとは、この子の社会勉強」


 淡々と機械的に答えるユタをグレンは睨んだ。しかし彼女も視線を外さない。彼はわざとらしいため息をつくと、その標的を変えた。


「ファートと言ったか。お前、アルカディア様とはどういう関係だ?」


 高圧的なグレンの態度にファートは身を強ばらせたが、不思議と頭は冷静だった。ユィタがやったように、淡々と応えればいい。


「街で、ユタたちとはぐれて、迷子になっていたら、アルカが助けてくれたんだ。ついでだと言って、街を案内してくれた。それだけ」

「ならばなぜ、騎士たちを攻撃した?」

「それは……ごめんなさい。やり方が、まずかったのは、謝ります。でも、あの人たちが武器をもって僕らを追いかけてきたから、アルカを助けなきゃと思ったんだ。それに……」

「ふん。あわよくばアルカディア様を、都合よく始末できるとでも思ったか」

「……どういうこと?」

「誰に頼まれた。次男か、四男か!」

「……もしかして僕、アルカを攻撃しようとしていた人と、間違われてる?」

「隠しても無駄だ! ……ん? 『襲おうとした奴』? どういうことだ!」


 グレン青年はファートの言葉の意味に喉を詰まらせ、唸った。


「だから、アルカを襲おうとしていた人と、僕は、間違われてるの? 追いかけてきた騎士の中に居たでしょ。隠れて、アルカに武器を向けてきた人が……」

「……どういう、ことだ?」


 ファートは、所在なげにユタを見上げた。

 ユタとアシュレイは顔を見合わせ、肩をすくめるしかない。


「……違うの?」

「……さあなぁ?」

「……どうだろうね?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る