25:背負いと覚悟

「これ、全部、船なの?」


 船の甲板から身を乗り出し、ファートは素っ頓狂な声をあげた。

 二人を乗せた船はセーリファ河の支流を下り、レミヤスの港に入ろうとしていた。交易の拠点であるレミヤスには、様々な人と物が集まってくる。追っ手を惑わすには好都合の街だ。


 今後ルンファーリアは、二人に追っ手をかけざるを得ないだろう。それは仕方のないことだ。しかし簡単に捕まるつもりはない。



 昨晩、手早く身支度を済ませて外を目指した二人を待ち構えていたのは、ラトゥータだった。彼女は驚くユタをため息ひとつで制し、小さい袋を差し出してきた。


「止める気はないわ。これだけ、渡そうと思って」


 そう言われて中を見ると、五連の石がついた紋章と、印の刻まれた指輪が入っていた。どちらもルンファーリアの神官の身分と、シィリディーナの位を示すものだ。ユタが「必要ないから」と、置いていこうとしていた物だった。


「持って行ってちょうだい。きっと、いつか役に立つ時がくるわ。あなた以外にシィリディーナはいないんだから。それに、この国を出ていったとしても、私はあなたの友人をやめるつもりはないわよ?」


 ラトゥータは、そのままユタの手をつかみ、そして強く握った。


「船で、セーリファ河を南に抜けるのがいいと思うわ。旅人が多いから目くらましにもなる。私も誤魔化してみるけれど、あなたを追うなら、特派が出ることになるでしょうから……」


 そう言って、ユタたちを逃がしてくれたのだ。



 初めて目にする港と船が気になるのだろう。ファートは珍しく興奮した様子で、その青い瞳をせわしなく動かしていた。

 笑ってファートに近づくと、ユタはその傍らに立った。ファートは船の乗組員を相手にしている小さな舟を凝視している。


「屋台舟が気になる?」

「屋台舟? ユィタ。あれは、屋台舟っていうの?」


 ユタが声をかけると、目をしばたかせて問い返してきた。


「そうだよ。港に停泊している大きな船の、乗組員や乗客相手に商売をするんだ。ここは停泊するだけで、人の乗り降りがない船も多いからね。食べ物や日用品なんかを舟に乗せて、水の上で商売をする。彼らにしたら書き入れ時だからね。こんな風にごった返すんだよ」

「へえぇ。……でも、多すぎるよ。こんなに沢山で、ぶつからないのかな?」


 よほど興奮しているのだろう。いつもはどこか青白い彼の頬は、今は紅く染まっていた。


「これで驚いていたら大変だよ。街はもっと沢山の人や物で溢れてるんだから」

「そうなの? ……気持ち悪くならない?」

「あはは。もしかしたら、最初はなるかもね」

「ねえ、ユィタ。ここで降りるの、止めない?」

「だーめ。この街で、これからの準備をしなきゃいけないんだから。それに、ファートはまず、人や街に慣れないとね」

「ううぅ……」


 ユタはうなだれたファートの顔を眺め、そして宙を仰いだ。

 空は抜けるように高く、蒼い。


「でも……」


 ユタはつぶやく。

 そして、あの二人もこんな気持ちだったのだろうかと、養い親のことを想った。


「もし、ファートが倒れそうになったら」

「なったら?」

「背負って歩いてあげる。ファートが、ひとりで歩けるようになるまで」


 そう言って微笑むと、ユタは、ファートの頭をくしゃりと撫でた。



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