24:ファートの決断


 夜遅く、ユタはファートの元を訪れた。


 彼はすでに寝入っていたが、ユタが肩を軽く揺するとムニャリと目を覚ました。眠そうに目をこすっている。あどけないその様子は、昼間の無表情と相反してとても愛らしい。


「んん、あれ? ユィタ?」


 そんな様子を愛おしそうに眺め、ユタはかがんでファートの顔を覗き込んだ。


「ファート、夜中にごめん。でも、落ち着いて聞いてほしいの。そして考えて」


 ユタの真剣な表情に何を感じ取ったのか、変化の乏しいファートの表情にも、かすかな緊張が走った。神妙な面持ちでうなずいてくる。


「わかった」

「ファート。君はこの国を、ルンファーリアを出る気はある?」

「……え?」


 質問の内容が、予想外だったのだろう。ファートは呆然として首をかしげた。


「私は、これから君を、この国から連れ出そうと思っている」

「それは、えっと、旅に出る、ということ?」

「少し違う。残念なことだけれど、この国には君を閉じ込めておこう、君の力を利用しよう、と考えている人たちがいるんだ。でも、私はそうさせたくない」

「ユィタは、僕を連れて、その人たちから逃げる。……ということ?」


 やはり、賢い。


「そうだ。そうしたら私はお尋ね者になるだろうし、たくさんの人に追われることになると思う。君という存在は、この国では、いや、この世界でそれだけの意味を持っている」

「……」

「もちろん、無理にとは言わない。ファートが、このままここに居たいというならそれでかまわない。君の気持ち次第だよ」

「ユィタ」

「でも、できることなら私は、君に世界を見てもらいたいと思っている。ここから見える風景だけでなく、もっと広い世界を」

「世界を、見る?」

「ああ。かつて、私の育ての親たちが、してくれたみたいに」


   誰かがそばにいて、護ってあげなくちゃ。

  『生き方』を知らなければ、この子の魂は喰われてしまう。


 そう言って、

 すべてを失くし、世界を疎んだ歪んだ自分を、世界へと連れ出してくれた。

 二人の養い親。

 ひとりは、愛おしそうに。

 もうひとりは、少し淋しそうに。



 ファートはしばらくの間、じっと考えていた。確かに彼は感情や表情に乏しい、会話の言葉は極端に少ないし、善悪の区別にも疎い。

 しかし『自ら考えること』を知った彼の頭の回転は、決して悪くなかった。


「強制はしない。難しいかもしれないけれど、自分で考えて決めるんだ」

「ユィタ」


 ファートは顔を上げると、ユタを見つめた。その瞳は、戸惑いと決意が揺れ動いている。


「ユィタ。僕にとって、この国を出ることが好きなことなのか、それとも嫌なことなのかは、正直いうと、よくわからない。ユィタやこの国にとって、それが良いことなのか、悪いことなのかということも」

「そう」

「でも、黙って誰かに利用されるのは嫌、だと思う。それに、ユィタは、僕に名前をくれた。ユィタのことは、信じられる。だから、行く」


 とまどいながら、それでもファートはユタの手をとった。



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