16:頑な

「ユタ待って! 待ちなさい!」

「嫌だ! 待ってなんかいられるか!」


 血相をかえて廊下を急ぐユタのあとを、必至にラトゥータが追う。


「だから何があったの? それだけでも教えて頂戴」


 穏やかなように見えて、ラトゥータもユタと同じシリディーナの肩書きを持つ者である。ユタの剣幕にも、簡単にはひるまなかった。

 ここに来るまで、何人もの神官をその迫力で黙らせてきたのだろう。ユタの後方には、びくびくとその様子をうかがう神官たちの姿が垣間見える。ラトゥータはそんな彼らに同情の目を向けながらも、断固とした態度でユタの前に立ちふさがった。


「クルスに、問いただすことがある」


 ユタが『話しを聞く』や『相談する』ではなく、『問いただす』という言葉を使ったことに、ラトゥータは眉をひそめる。


「クルスが、皇がどうしたっていうの?」

「神殿の南棟、立ち入り禁止になっている書庫に居る少年のことだ」

「なんですって?」


 ラトゥータは訝しげに訊き返してきた。彼女も把握していないことだったらしい。


「そのことで、何としてでも、クルスに口を割らせなきゃいけない」

「ユタ」

「お願いだ。ラタ」


 思いつめた、今にも泣き出しそうな表情で訴えるユタに、とうとうラトゥータも折れた。


「わかったわ。でも、私も同席させてもらいます。早まったことはしないでよ?」

「ありがとう」



 二人のシリディーナは、皇の執務室の前まで来ると視線を交わした。扉を叩いて来訪を告げると、時を置かず、低い声が返ってきた。


「入りなさい」


 クルスの返答を受けて、二人は扉をくぐる。彼は何かしら書きものをしていたが、いつもと違う雰囲気を認めると、その手を止めて問いかけた。


「なんだ。血相を変えて……」


 感情の底が読めない金の瞳を二人の神官に向け、クルス皇は微笑んだ。

が、そんなゆるりとした雰囲気をぶち壊すように、ユタは机に両手を叩きつける。


「クルス。立ち入り禁止の書庫に居る、《ラゥの司》の少年は一体なんだ?」


 ユタの言葉にクルス皇は目を見張り、筆を脇に置いた。


「《ラゥの司》の少年、ですって?」

「……」


 ユタには睨まれ、ラトゥータからは驚きと不安の視線を向けられながらも、クルスは落ち着いているように見える。


「ユタ、彼とはいつ?」

「つい先程。……調べたいことがあって、南棟の禁固書庫に行ったら出会った。驚いたよ、あんな所に少年がいるなんて。クルス、あの少年は、何?」

「……」

「あの子は、自分のことを『生まれたときからラゥの司』だと言ったんだぞ!」

「何ですって?!」

「……」

「答えて!」


 反応のないクルス皇に、ユタは再び机を叩いた。


「ユタ、落ち着いて」


 ラトゥータも混乱を隠し切れないようだ。ユタを諫めたものの、彼の返答を待っている。


「答えてよ。クルス」

「ユタ。その問いの答えを、私の口から話すことはできない」

「あれは、クルスがやったことなの?」


「すまないが、答えられない」

「クルス!」

「彼の存在は、必要だった」

「ふざけるな!」


 クルスにつかみかかろうとするユタを、ラトゥータがしがみついて止める。


「なんてことを。あの子は!」

「……」

「ユタ。落ち着いて! 落ち着きなさい!」

「落ち着いてなんかいられるか! 一体どういうつもりで!」

「ユタ」


 静かな、それでいて有無を言わさぬ力ある声に、ユタの動きが止まる。


「……」


 ユタは皇をにらみつけたが、クルスには届かない。


「ユタ。あの少年を、君に預けよう」

「な、に?」

「彼の処遇の一切を、君に一任する。それが今の私にできる、唯一のことだ」


 驚愕と混乱に呑まれるユタとラトゥータをよそに、クルスは淡々と話を進めた。


「クルス、それはどういう意味?」

「言葉のとおりだ。この件について、これ以上話すことはない」

「クルス!」


 皇はそれだけ言い残すと、奥の自室へと消えた。ユタがどれだけ叫んでも、決して出てくることはなかった。

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