第1章

序:炎の草原

 ムルトの草原は、紅く染まっていた。


 炎はごうごうと唸りをあげ、風の赴くままに草木を犯していく。


 戦があったのだ。

 炎の中に響く怒号と罵声、悲鳴と馬のいななき。

 彼らは炎と煙にまかれて逃げまどい、しだいに動かなくなっていった。

 

 そんな惨状の風上で、向かい合う三つの影がある。

 ひとつは風下の兵たちと似た服装の中年男だ。剣を片手にさげており、その顔は憎々しげに相手を睨みつけている。男と向かい合っていたのは、二人の青年だった。こちらも抜き身の剣を構え、厳しい表情で相手を見据えている。


「あきれたものだな。この状況で草原に火を放って逃げだそうなんて。部下を見殺しにしてまで、自分の命が惜しいのか?」


 黒服の青年が、嫌悪感もあらわに口を開いた。


「ふん。兵の命は士官を守るためにあるのだ。かような状況だ。士官が撤退する時間かせぎにしかなるまい。過去の名高い兵法家も言っておるだろう。『将の命は何事よりも優先される』とな」

「下劣なことを……」


 血走った眼で歪んだ論を語る男に、黒服の青年は舌をうつ。


「なんとでも言うがいい。かの兵法家はこうも言っている『すべては結果に在り』とな。過程はどうあれ、最後に生き残っている方が勝者であり正義だ。この炎の中、お前たちも無事ではいられまい。ここでお前たちに傷を負わせ、俺が生き延びれば俺の勝利だ。朱の将を倒した英雄としてな! はははっ!」

「貴様という男は、将としての誇りはないのか!」


 高く笑う男を横目に、今まで静かに炎を眺めていた紅服の青年が口を開いた。


「最後に生き残っていた方が、という点には同感だが。あんたは俺たちの前から『生きて国に帰れる』と、そう思っているわけか?」

「な、なにを……」

「あいにく俺に、そのつもりはないんだが」


 青年は無造作に、けれども隙なく剣をかまえた。


「アシュレイ!」

「く、くそぉ!」


 アシュレイと呼ばれた紅服の青年は、大きく息を吐き――

 つぎの瞬間には、慌てふためく男めがけて、その刃を振り下ろしていた。



 歯切れのよい音をたて、彼の首は宙を舞った。


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