第50話 旅立ち
「お、サディールを救った英雄さんじゃないか」
「止めてくれよ、ラース。むず痒くてかなわないぜ」
シルフィが目覚めてから更に三日が経ち……俺と彼女とオウルは、サディールの南門前に居た。
南門は、まだ完全には修復されてはいないが、あの騒動から約一週間で、散乱していた瓦礫は取り除かれ、人の出入りが出来る程度には復旧している。
大穴が開けられた壁も応急処置が為されているようで、町と外とを遮る急ごしらえの壁が出来上がっている。
普通の町ではこの短期間でここまでの復興はしていないだろうな、さすがサディールと言ったところか。
「っていうか、お前よく無事だったよな」
「あぁ……瓦礫の下敷きになったのが逆に良かったみたいでな。魔物からは見えない位置でずっとぶっ倒れて寝てたってんだから門番としちゃどうかって話なんだが」
「そりゃ違いないな」
軽い雰囲気でそんな事を言い合って互いに笑みを浮かべる。
こんな軽口を叩いてはいるが、ラースの全身にはあちこち包帯が巻かれていたり、鎧の隙間から見える肌には、恐らく強かに打ったりしたのだろう、赤黒い痣のようなものが所々に出来ていたりと、結構な負傷をしていただろう事が窺えるが、当人がこうして笑い話にしているのなら、野暮な心配はするまい。
「……で、やっぱ行くのか?」
「あぁ。元々用事があった上に、色々あって更に用事が増えたからな」
俺はラースと話をしながら胸元にしまい込んである、ブリッツから預かった報告書に意識を向ける。単なるアルカネイア訪問ってだけじゃなくなってしまったからなぁ。
「そうか。まぁ、落ち着いたらまた戻って来いよ。また飲もうぜって約束、果たして無いからな、忘れんなよ?」
「解ってるさ」
そんなやり取りをしながら、軽く手を挙げてラースの前を通過する俺達。
……さて、こいつとの約束を果たす為にも、無事に魔族の件を伝えて良い結果を持って帰ってこないとだな。
「……そういや、オウル。お前、本当にこのまま一緒に来るで良いのか? 森に帰るって選択肢もあるんだぞ」
ラースと別れ、サディールの城門から少し離れてから、周りに俺達以外の気配が無くなった事を確認したうえで、俺はオウルに話しかける。
オウルは俺の言葉に一瞬目をぱちくりと瞬かせたが、すぐに真顔に戻り。
『既に我はアルスと契約を交わした身であるからな。言ったであろう、お前が主だと』
と念話で返してきた。
幾ら契約したとは言え、別にそこまで律義に護らなくてもなと思うんだがな。事情に因っては従魔と契約を解消するテイマーとかも普通に居る訳だし。
『それに……』
「……それに?」
『お前と一緒だと退屈しそうにないのでな』
念話で伝わってくる声色には変わりは無いが、それを送ってくるオウルの表情は、何処となく笑っているというか、ニヤニヤとしているというか、揶揄いを含んだ表情をしているように見える。
「……お前、それ、暗に俺がトラブルメーカーとか言ってないか?」
「あら、違うんですか?」
意外そうな顔をして、俺とオウルの話に割り込んでくるシルフィ。
こいつもこいつで失礼なやつだな……まぁ、最初の頃の少し遠慮があった雰囲気よりは、今の彼女の方が気楽に接する事が出来て、俺としては好ましくはあるんだが。
「違わなかったな……目の前にまさにトラブルの種が居るしな」
「ちょっ、酷いですよ!?」
こういう、ちょっとした冗談にしっかり反応するところとかな。見てて楽しくて悪い気はしない。
「アールースーさーん!」
「ん?」
そんな風に、シルフィやオウルと他愛の無い話をしていると、今歩いてきた道……サディールの在る方向から、聞きなれた声が俺の耳に入る。
振り返り声のする方を見ると、遠くから走ってくる赤髪の女の子の姿が見える。
「あれは……リーシャさんですね」
「だな。どうしたんだろうか?」
俺達はその場に立ち止まって、彼女が追いついてくるの待つ。
全速力なのだろう、息を切らせながら走ってきたリーシャは、追いつくと同時に両膝に手をつき、肩を大きく上下させて全身で息をする。
「はぁ、はぁ……ま、間に合った!」
「とりあえずまずは息を落ち着けて」
「落ち着いてられないよ! なんで黙って行っちゃうのさ!」
「あー……それは、だなぁ……」
リーシャの怒りを含んだ非難の言葉に、俺は返す言葉が無く曖昧な返事をする。
いや、出発する前に一回顔を出そうと思ってはいたんだけど、この前のリーシャとのやり取りを想い出すと、何だか顔を合わせるのは気まずくってなぁ……
「も、もうっ……せっかく、餞別を、用意してたのにっ……」
「餞別?」
「う、うん……」
何故だか走って俺達に追いついた時よりも顔を真っ赤にして頷くリーシャ。
まだ普段よりは荒いが、息も整ってきているのに、一体どうしてそんな顔が赤く?
……と、そんな事を思いながら様子を眺めている俺に、彼女はすすっと近寄ってきて。
「!?」
『おぅ……』
「……は?」
「だ、大事な人が無事に帰ってこれるおまじないってお客さんに聞いたから! 必ず帰ってきてね、アルスさん!」
もはや茹でたタコとかより真っ赤になってるんじゃないかってくらい、顔を赤くしてにっこりと笑ったリーシャは、そう言ってまたサディールの方へ向かって走っていく。
今、俺何された?
ってか、リーシャは今、一体何をした?
『モテモテであるな、アルス。あのような少女から頬に口付けを』
「アールースーサーン?」
オウル、お前今度は念話の声も楽しそうだな!?
あとシルフィさん、あの、オウルの言葉を遮る勢いで詰め寄ってくるのやめてください、何か怖いので。また眼のハイライト消えてるので。
「え、えっと……これはあの……」
「上書きしましょう」
「……え?」
「私も頬に……いえ、それじゃインパクトが少ないですね。ここは唇と唇で」
『修羅場であるな』
「うっさい駄犬!」
『駄犬!? それは最大限の侮辱であるぞアルス!』
ガーンと衝撃を受けたような表情を作り、そんな念話を飛ばしてくるオウル。
えぇい、駄犬言われたくないなら無闇に主とした相手を揶揄うんじゃねぇ!
「さぁ、アルスさん。その辺の木のくぼみの数でも数えてるうちに終わらせますから」
「それなんかもう別のもっと先の行為の時の台詞みたいだよねぇ!?」
『撤回を! 撤回を要求するのである!』
一人と一匹から同時に詰め寄られた結果、俺は。
「だぁぁー!」
「待ちなさーい! アルスさーん!」
『待つのであるー! 駄犬は撤回するのであるー!』
逃げた。
だってこいつら眼が座ってて何か怖かったし……
「……ふ、ふふっ……」
逃げる俺、追うシルフィとオウル。
そんな状況で走り続けながら、ふっと笑いがこみあげてくる。
こんなどたばたした日々は、ティアナやトーマとパーティー組んでた時以来かね。
……いや、あいつ等とパーティー組んでた時は、立場的には俺が引率してたような感じだったから、こんな感じでも無かったか。
ソロで雇われ冒険者をやってる間も、どちらかというと教えたりフォローする立場だったからか、あまり他人と対等に接する事が無かったしな。
そういう意味では、シルフィやオウルとのこういう感じの関係性は、俺の冒険者人生の中では無かったものかもしれないな。
まぁ、でも……悪くは無いな、こういうのも。
オウルはウルフなので勿論、シルフィも何だか異様に速い速度で追いかけてくる。
そんな一人と一匹に追いつかれないように全力で走り続けながら、俺はそんな事を思っていた。
精霊剣士の冒険譚~雇われ冒険者は世界を救う~ ロウ=K=C @Low-k-c
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