第49話 調査報告書
「簡単に言えば、奴は魔王になろうとしていたらしいな」
「……魔王?」
「魔王って、あの魔王ですよね……魔族を纏めていると言われている」
ブリッツの言葉に、俺やシルフィは面食らいながら応える。急に話がでかくなったな。
「あぁ、その魔王で合っている。俺も調査結果を最初に見た時は目を疑った」
魔王。それは魔族の総長とも言える存在で、基本的に各自が力を誇示しあまりお互いに協力しない魔族を、取り纏めている存在であると言われている。
魔族自体があまり他種族と交流をしない種族なので、魔王に関しても伝わっている情報は少ないのだが、知られている内容からすれば、魔族の中でも一番強力な力を持つ者が代々魔王となり、他の魔族達が過度に他種族を襲ったりしないように抑え込んでいるのだとか。
最も、それも裏付けが取れた話でもないので、確証は無いんだが……それくらいに魔族に関して知られている情報は少ないし不確かだ。
「どうも、先代の魔王がつい最近死んだらしくてな」
「……は?」
その後も次々と語られていく衝撃的な話を纏めると……
どうやら今まで魔族を取り纏めていた魔王が亡くなったらしく、今、魔族の世界は群雄割拠という状態らしい。
本来なら、魔王は亡くなる前に、力ある魔族の中から次代の魔王を指名し、亡くなると同時に次の魔王がその座に就くというのが通常の流れらしいのだが、今回はそれが為されなかったらしい。
理由は不明。
というよりも、情報収集の術に長けた忍者である村雨でも、調査するのはそこまでが限界だったらしく、その理由を調べる前に危うい状態になったため、引き上げてきたらしい。
……で、それがどうサディール襲撃に繋がるかというと。
「そんな状況を受けて、一部の特に過激な魔族の中で、力を誇示してそれを以て魔王になってやろうという考えが流行っているらしくてな」
「力を誇示……そんな理由で?」
「あぁ、そんなしょうもない理由だ」
そうか、そんな理由でサディールを……この町を狙い落そうとしていたのか、奴は。
非常に短絡的な、あんまりな理由に怒りを通り越して呆れが先に来る。魔族っていうのは脳筋なんだろうか?
「まぁ、そんな訳で今後も他の魔族による襲撃はあるかもしれないな……サディールもだが、他の大きな都市や国家にもな」
「身勝手極まりないというか、自分勝手というか、何とも言えないですね」
『全くである』
顔をしかめて苦々しげにシルフィが呟き、オウルは念話でそう伝えてきた後、ふんっと大きな鼻息を一つ吐く。
「あぁ。そうそう、それと、奴が使ってたと思われる、俺達人間が言うところの禁術になるだろう魔物喰らいに関してだが……あれも気になって調べたら、驚きの事実がな」
「既に魔王の件だけでもお腹いっぱいなんだが……」
「まぁお前も嬢ちゃんも当事者なんだから聞いていけ」
オウルが『我は? 我は?』と念話を送りつつちらちらと俺に視線を送ってくるが、そういうのは俺じゃなくブリッツのオッサンにやれ。
「あれは『喰らう』なんて生易しいものじゃないらしい。術者と喰らう対象の命を混ぜ合わせて、全く別の生命体にする……自分と対象を犠牲にして一つの新しい存在を生み出す、そんな感じの術みたいだな」
「全く別の、新しい存在……って事は、あれにはウルガンディの意思は……」
「恐らく、無かっただろうな。いや、最初の方はお前に対する復讐心があるのがはっきり見えていたから、残ってはいたのかもしれないが」
なるほど。グランドジャイアントは確かに地の属性が強いと言われているが、あんな岩石みたいな腕を持つ魔物じゃない。あれは奴の、一個の命としての姿形だったって事だな。
それに、言われてみれば最後の方の奴の言動は、最初に遭遇した頃のウルガンディとは結構異なっていた気がする。
今の話が正しいとすると、あれが『奴』本来の意思であり自我だったのかもしれないな。
「ちなみに、今まで魔物喰らいを試した魔族は、大半が術の耐え切れずに自滅し、成功例が極めて少ないらしいから、そういう意味でもつくづく今回の一件はレアケースの塊だったみたいだな」
「どうせならもっと良い方向の、幸運なレアケースの重なりの方が良かったぜ」
「全くだな」
俺が頭を振りながらぼやくと、ブリッツが同意しながら大きく溜息を一つ吐く。
その表情には珍しく疲れが見える。オッサンもオッサンで、立場上色々苦労が絶えないんだろうな。
「……で、今回の調査の結果を受けて、お前達に頼みたい事がある」
「俺……達に?」
頷いて、俺、そしてシルフィへ、それぞれに視線を送るブリッツ。
そしてオウルが『話が終わったら起こしてくれ』と告げて丸まってしまう。こいつ、自分が相手されてないので拗ねてるな。
「嬢ちゃん、あんたエルフだろう?」
「「!?」」
ブリッツの指摘に、俺とシルフィは思わず身体をびくっとさせる。
「奴を討つ隙を窺ってた際に見てたからな、嬢ちゃんが風の精霊を使役してるところを」
「……仕方ない状況だったとはいえ、迂闊でしたね。どうするおつもりで?」
「どうもしないさ、公言する気も無い。」
眼光鋭く睨みつけてくるシルフィに対し、ブリッツは両手を挙げて敵意が無い事を強調する。
「ただ、この状況に至っては、人だエルフだと種族でああだこうだ言ってる場合じゃねぇだろう」
「それって……どういう事だ?」
「簡単に言えば、エルフの方にもこの調査結果を伝えて欲しい。魔族がこれから更にちょっかい出してくるとしたら、人間だけじゃなくエルフにも飛び火するかもしれないし、それだけじゃなく、最悪の場合は魔族と他種族の間での全面戦争になる可能性もある。色々考えられる事を考えても、今回の事はエルフにも他人事じゃないと思ってな」
「要は、エルフと手を結ぶ足掛かりにするって事か」
「そういう事だ」
ブリッツの事だ。額面通り、魔族の再度の侵攻に備える意味も勿論あるんだろうが、この機会にサディール冒険者ギルドとエルフの間で友好的な関係を結びたいとか考えてるんだろうな。このオッサン、なんだかんだ抜け目ないからな。
だが、今回の件に関しては確かに、調査結果が真実であれば、人間だけでも、エルフだけでも、対処出来ないかなりの大事になる可能性は極めて高い。判断としては、極めて妥当であると言えるだろう。
「まぁ、エルフである嬢ちゃんが伝えてくれれば、同族には寛容なエルフにも円滑に伝わるかと思ってな。出来れば王族クラスに伝があるとありがたい。話が早く進むだろうからな」
「解りました。では、お父様に話してみましょう」
「おや、お父さんは王族に伝でも?」
「はい。というよりも、国王ですから。お父様」
「……は?」
にっこりと笑って平然と告げるシルフィ。
そういえばこいつ王女なんだよなぁ……奇行が目立つからすっかり忘れてた。
あ、ブリッツが目を丸くして固まってる。これはまた珍しいものが見れたぜ。
「……おい、アルス」
「なんだー? オッサン」
(……本当なのか?)
肩を組んで俺を引き寄せ、小声で確認してくるブリッツ。
(あぁ、本当っぽいぜ。俺にもそう自己紹介してたしな。アルカネイアじゃ王族を語るのは重罪だし)
(まじか……あの嬢ちゃんが……)
あぁ、解る。そう言いたい気持ちは解る。
王族ってもっとお堅い雰囲気だったり、しっかりした印象だものな……ここまで変わった王族関係者は、俺もほとんど見た事が無い。
ちらっとシルフィの方を見ると、頭の上に疑問符が浮いていそうな表情で小首を傾げ、俺とブリッツの様子を眺めている。
「コホン……そ、そうか……なら本当に都合が良いな。じゃあ、これを持ってけ」
気を取り直す為か、小さく一つ咳払いをしたブリッツは、そう言ってテーブルの上に置かれていた調査報告書を丸めて俺に手渡す。
「あぁ……確かに預かった」
俺は受け取ったそれを胸元にしまい込んだ。
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