第48話 病室での密談
「鬼です、悪魔です、鬼畜の所業です……」
「お前が変な反応したり変な事を言ったりするからだ」
散々俺に引っ張られた頬に両手を添えて、むにむにとマッサージしながら文句を言うシルフィ。
お前が妙な事を口走ったりおかしな反応しなければこっちもしないっての、まったく……
「あ、シルフィ。この部屋って花を飾る花瓶とか無いか?」
「花瓶……ですか?」
「あぁ、お見舞いの花を持ってきたんで、もし良ければ花瓶にでも差して飾ったらと思ったんだが」
「そうなんですね、ありがとうございます。でもすみません、私もさっき目を覚ましたばっかりなのでそういう物があるかどうかはちょっと……」
「それもそうか」
そんな他愛の無い話をしていると、音も無く不意に部屋の扉が開く。
……いや、音がしなかったのは当たり前か。よく考えればシルフィが防音の魔法を掛けたままだった。
「おや、防音してるからてっきり中でお楽しみ中かと思ったが」
「オッサン、それ俺にはまだしもシルフィには完全セクハラだぞ?」
部屋に入ってくるなりにやけ顔でとんでもない事を言うブリッツへ、俺はジト目で睨みながら返す。その姿はほぼほぼ普段と変わらないが、頭に巻かれた白い包帯が、赤一色の風貌に映えて存在を主張する。
『アルス。ぎるどますたー……と言うのは、品性は関係なくなれるものなのか?』
見ればブリッツの後ろにはオウルも居た。
そして念話でそんな疑問を俺に投げかけてくる。
……オッサン、魔物に品性疑われてるぞ?
そんなオウルも、胴体と左の後ろ足に包帯が巻かれている。
両者とも、あの瓦礫の山に吹っ飛ばされた時に結構なダメージを負ったらしく、聞いた話では、ブリッツは肋骨を何本か。オウルも左後ろ足の骨が、それぞれ折れてしまっていたらしい。
そんな状態で、あの絶妙のタイミングで、左右からの挟撃を奴に叩き込んでくれたのだから、オウルにもオッサンにも感謝しかない。あれが無ければ押し負けていた可能性が高いしな……どっちも図に乗りやすい性格だろうから、口に出しては言わないが。
「何てことを言うんですかブリッツさん!? こんなところで病み上がりにそんなことする訳ないでしょう!」
「悪い悪い、ちょっとした冗談だ」
「ずっと寝ていて起きたばかりのこんな身体でアルスさんとなんて恥ずかしいじゃないですか! するならちゃんと全身綺麗にしてからです!」
「……なぁ、アルス」
「なんだオッサン」
「この嬢ちゃん、少し変わってるな」
「……否定はしない」
何故か自慢気に胸を張りながら、聞いてるこっちが恥ずかしくなるような事をのたまうシルフィの様子を眺めつつ、俺とブリッツは顔を見合わせた。
「……まぁ、なんだな。二人とも元気そうで良かった」
「それはこっちの台詞だぜ。良い歳して無茶するなよオッサン」
「言うじゃねぇかアルス。っと」
にやりと笑って余っていた椅子に腰かけ、足を組んで背もたれに身を預けるブリッツ。オウルの方も、ゆっくりとシルフィが横になっているベッドの方へ近付いていき、ベッドの傍まで行くとそこで座り丸まる。こうしていると普通の飼い犬みたいだなこいつ。
「ともあれ、だ。二人揃ってるのはちょうど良い。お前達に伝えておきたい事が幾つかあってな」
「伝えておきたい事?」
「そうだ。あぁ、嬢ちゃん、悪いが防音はそのまましていてくれ。これから話す内容は、あんまり他人に聞かせていいものじゃないんでな」
真剣な表情で語るブリッツに、シルフィも表情を引き締めて頷く。
そんな彼女の様子と防音が維持されている事を確認したブリッツは、懐から丸められた一枚の紙を取り出してテーブルの上に置く。
なんだかびっしりと文字が書き込まれている紙だがこれは一体?
「今回の事件に関する調査報告書だ」
「調査報告書?」
「あぁ。今回の氾濫……と言っていいのかどうかは解らんが、だいぶ奇妙な事が多かったからな。村雨に命じて調査をさせたんだ」
あの忍者か。
俺の脳裏に、襲撃直後にブリッツへの報告に姿を見せたあの黒装束の人物が浮かぶ。
「前兆が無かった事、幾つかの魔物の混勢だった事、通り道にあったサディール周辺の集落等には目もくれずサディールのみに集中して押し寄せた事……これだけでも、通常の氾濫とは異なる状況が、今回起こっていたからな」
通常の氾濫では、魔物が集まりだしているという前兆はあるし、氾濫し押し寄せてくる魔物も単一種族だ。そして発生した地点を起点に、距離の近い周囲の村や町がまず襲われる。
確かに普通の氾濫と比べて、これらの点だけでも特異性が強いと言える。
「ましてや、あの魔族……ウルガンディとか言ったか? あいつの言動からするに、もっと気がかりな事があったしな」
気がかりな事……どうやって魔物を統率していたかとかもだが、一番大きな事は……
「なんで奴がサディールを狙っていたか、って事か」
「その通り」
俺の答えに小さく頷いて、ブリッツは肯定した。
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