第44話 戻ってきた平穏
サディールを魔物の群れが襲ってから早三日。
俺は平穏な日常を取り戻しつつある町を歩いていた。
俺が奴……元ウルガンディだった何かを倒した後、残っていた魔物達は統制を失って好き勝手に暴れ出したが、あの時点で俺達やブリッツ、また冒険者や警護団員が大半の魔物を倒していたので、被害はあまり大きくならず、奴を倒した勢いのまま、一気に残った魔物を掃討して事態は収束した。
奴が破壊した町を囲い護る壁と、その破壊された壁周辺に居住していた住民の家屋等は、巨大な台風が通り過ぎた後かのような散々な状態になってしまったが、あの規模の氾濫と、実力のある魔族の襲撃でこの程度の被害で済んだと考えれば、被害を受けた人達には悪いが、幸いとも言える。
「皆、元気だよなぁ」
すれ違う人達の様子は、明るい物が多い。
中には、見た感じ、今回の騒動で害を被ったらしきボロボロな身なりをした人も居る。だがその顔は、悩まし気ではあるがしっかりと上を向いている。
冒険者が多く、必然荒事も多くなるサディールの住人だから、こういった事には慣れている人も多いんだろうか。まぁ、こういう事に慣れるってのも、それはそれでどうかとは思うが。
また別な方に視線を向けると、破壊された壁や建物の瓦礫を撤去している人々の姿が目に映る。
大半は警護団員が駆り出されているようだが、冒険者の姿も混じって見える。中には善意で参加してるような奴も居るんだろうが、恐らく瓦礫撤去の依頼でも受けて参加してるんだろうな。
先の襲撃で共闘した影響もあるのか、警護団員と冒険者の関係も悪くないようで、重い瓦礫を撤去する重労働の合間に、軽口を叩きあいながら作業を行っているようだ。
こうした町の風景を眺めていると、あの時諦めずに最後まで戦いきって本当に良かったと思う。
奴の魔力と魔法は確かに強大で、長い事冒険者を続けていた俺にとっても、あれだけの強さを持った相手と戦うのは初めての経験だった。
それ故に、自身の経験や知識が通じなかったり、常識から外れた状況に戸惑い怯み諦めそうになった。多分俺一人では奴に勝つ事は出来ず、今、目にしている光景は、真逆の地獄絵図へと変わっていた事だろう。
オウルやブリッツ……そして何より、シルフィに感謝だな。
そんな事を思いながら、俺は辿り着いた店のドアを開ける。耳に良く通る鈴の音が響く。
「いらっしゃいませー……って……」
「よぉ」
「アルス……さん?」
俺の姿を認めて、目を真ん丸くして固まる店の看板娘。
そして一瞬の間の後。
「アルスさぁぁぁん!」
物凄い勢いで俺に飛びつき抱きついてくる、この店……アルマイト商店の看板娘、リーシャ。その姿はまるで飼い主が大好きな犬のようで、俺の胸に頭をぐりぐり押し付けながら全身で喜びを表している。
「リ、リーシャ、ちょっと痛い」
「あっ、ご、ごめん」
困ったように俺が言うと、慌てて飛び退くリーシャ。
そんな彼女をよく見れば、眼は真っ赤で、顔はぐしゃぐしゃに濡れている。
「ちょ、ちょっと待ってて! 三分……三分待ってて!」
そう言って、打ち出された弾丸のような凄い勢いで店の奥に入っていってしまうリーシャ。奥からはパシャパシャという音が聞こえる。
きっちり三分後。
「い、いらっしゃい。アルスさん」
「顔を洗ってきたのかリーシャ」
「う、うん」
リーシャはまだ少し顔を紅潮させたまま答える。
どうやら見た感じ、顔を洗っただけではなく、髪も整えたりしたようで、先程までは付けていなかった、可愛らしい花を模した髪留めなんかもしている。
「アルスさん……大変だったみたいだけど、大丈夫? ボク、ずっと心配していたんだよ」
「あぁ。今回はだいぶやばかったけど、何とかな」
「……急に拠点を変えるって言って居なくなったと思ったら、魔族と死闘を繰り広げたとか聞いて、本当にびっくりしたんだよ?」
まだ少し心配そうな視線を俺に向けながら、リーシャが俺の顔をじっと見つめてくる。彼女と俺の背丈の差から、それは下から覗き込むような感じになり、紅潮した彼女の頬と、俺を案じていると解るうるうるとした眼もあいまって、とても可愛らしく見える。
「ごめんな。でも本当に大丈夫だからな」
そう言って俺は、リーシャの頭に手を乗せぽんぽんと撫でる。
こいつの背位だと、撫でやすくて思わず自然と手が出ちゃうんだよなぁ。
「そっか……それなら良かったよ!」
俺に撫でられて満面の笑みを浮かべたリーシャは、とても嬉しそうにそう答えた。
……っと、そうそう、この店に来た用を忘れるところだった
「あ、ところでリーシャ。この店って花も置いてるよな?」
「うん、置いてるよ?」
「じゃあ、お見舞い用の花束を一つ見繕ってくれないか」
何故だろう。
急にリーシャの雰囲気が固くなったような……というか、ちょっとぴりっとしたもの含んだように感じる。
「……アルスさんが花束買ってくとか珍しいね。それもお見舞いに?」
「あ、あぁ」
「……お見舞い相手の人って、女の人?」
「う、うん」
会話を進める度に、なんだか店内の温度が下がっていく気がする。
おかしいな、今日はそんなに寒く無かった気がするんだが……
「へー……さすがサディールを救った英雄さんだね。モテモテだぁ」
ニコニコと笑顔を浮かべるリーシャ。
笑顔を浮かべている……んだけど、なんかその笑顔が妙に怖く感じるのは何故なんだ。
「じゃあ待ってて。ボク、すぐ作ってくるよ!」
「あ……あぁ……」
ニコニコ笑顔を崩さないまま、再び店の奥へ入っていくリーシャ。
俺は謎の違和感を覚えながら、その背を見つめる事しかできなかった。
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