第37話 試行錯誤
「死ぬ覚悟は出来たかぁ! アルスゥ!」
「……残念、生きる覚悟だよ!」
「それは重畳! その希望ごと、砕き焼き尽くしてくれようかぁ!」
喜色満面といった感じで狂気に満ちた狂喜ぶりを見せ、奴は優雅な動きで手を振り降ろし、その動きに合わせて奴の頭上に留まっていた燃え盛る岩石の槍がゆっくりと俺に向かってくる。
「もっと早く飛ばせるだろうに、悪趣味だな」
「なぁに、貴様が無駄に抗う姿を長く見ていたくてなぁ! さぁ、私を楽しませて見せてくれよぉ? アルスゥ!」
俺に向かって槍を打ち放った奴は、両手を大きく広げ、まるでミュージカルの役者のような大げさな言動をしながら、楽し気に笑う。
さっきからも思ってたが、いい感じに狂っているな、こいつ。にしても……
「アルスアルスって……うるさいんだよっ!」
走りながら剣を左下段に構える。その剣にウンディーネの力を収束させ、水を纏わせる。
「それでどうにか出来るかなぁ? アルスゥ」
奴はニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべて、そんな俺の行動を見つめている。
「これじゃあ無理だろうな……シルフィ!」
「はい!」
俺の呼び掛けに答えて、シルフィが風の魔法を、俺の剣目掛けて放つ。
シルフィが真正面に伸ばした腕から風の魔法が放たれ、地を駆ける風の刃が俺の剣にぶつかり。
キィィィン!
俺の剣が纏う水に弾かれ、風の刃が霧散する。
「そんなっ!?」
「っ! ……ダメか!?」
「……お前達、何をしてるのだ? もしかして、この魔法と同じ事を?」
「……」
「……ふっ、ふふふっ、ふはははは!」
無言でキッと睨み返す俺の視線を、肯定の返事と受け止めたのか、奴は一瞬の間の後、天を仰いで大きく笑う。その間も、火属性と地属性の混ざりあった魔法の槍は少しずつ俺達に近付いてくる。
「無駄無駄無駄無駄ぁ! 貴様らも知っておろう! このような芸当が本来在り得ぬという事くらい! 再現など無理ィ! 貴様らにはあがくだけあがいてから、地獄の業火に焼かれながら巨石に砕かれる未来しかないのだぁ!」
「うるせぇ! やってみなきゃ解らねぇだろうが! シルフィ次だ!」
「は、はい!」
剣に受けるのが駄目なら、今度は……
「シルフィ、直接狙え!」
「力を貸して……風の精霊、シルフ!」
シルフィが両手を胸の前で組んで祈るようなポーズを取ると、シルフィの周囲の空気が渦巻き、先程の風の魔法の比じゃない大きさと威力の風の刃が、奴の放った槍へ放たれる。
「……っ! うぉぉぉぉぉ!」
そしてその風の刃が直撃するタイミングに合わせて、俺は構えていた剣を振り上げ水の刃を飛ばす。シルフィが放った風の刃と、俺が放った水の刃が、同時に奴の魔法へ直撃し。
ジュォォォォォォ!
すさまじい音と共に、周囲を白い霧状の物が覆いつくし視界が完全に遮られる。
心なしか、周囲の気温もいくらかあがったように思え、とても蒸し暑い。
「これは……水蒸気か?」
なるほどな。焼けた石に水をぶっかけて起きた水蒸気が風で拡散されて……サウナみたいなものか?
規模的にはそんな可愛いものじゃないが……
「アルスさん無事ですか!?」
「あぁ、大丈夫だ!」
完全に視界が遮られてしまった為か、やや慌てたような声で俺の安否を気遣ってくるシルフィに、俺も無事だと返答をする。
本当ならこういう時、無駄に音を立てるべきじゃないんだが、恐らく奴の性格なら、この目くらましを利用して……なんて事はしてこないだろう。
幸か不幸か、奴は俺が苦しんで死ぬ様を見届けるのが望みっぽいしな。
そうこうしているうちに、視界を遮っていた霧が晴れる。
「で、もう終わりか?」
「……」
ニヤニヤと笑みを浮かべる奴と、対照的に苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる俺。
その二人の間には、先程と全く変わった様子の無い、巨大な魔法の槍。
「これでもダメかよ」
「良い目くらましにはなったみたいだがなぁ。その隙に逃げ出す事も出来ただろうに」
「……お前、俺が逃げたとしたら、出てくるまで町を破壊しつくすつもりだろ?」
「ご名答! さすが一度は私に勝っただけの事はあるじゃないか! 褒めて遣わすぞ人間!」
「キャラも順調にぶれまくってるようで……」
人間て……もはや俺の名前すらも忘れてるんじゃないかこいつ?
それでも、奴の眼にはギラギラと、狂気に満ちた光が灯っている。何度も視た事がある、強い怨恨や復讐心を抱いた者がする眼……それだけ俺への恨みが大きかったんだろうな。
奴と、天に在る槍を挟んで対峙していると、俺の元へ心配したシルフィが駆け寄ってくる。
「……アルスさん、次はどうしますか」
「あぁ……シルフとの契約、一時的に俺に移せるか?」
「出来ます、元々その子も私と契約していた精霊ですし」
そう言って俺の剣に目を向ける。
よく考えればウンディーネと契約して使役してなければ、最初に俺に頼んできた依頼も仕組めなかっただろうな。
……そうか、それをあっさり俺に渡してるのか、こいつ。
妹のティアナならともかく、契約した精霊をそんな簡単に譲渡してくるとか、余程信頼されてるって事なんだろうな。
「……じゃあ、一旦貸してくれ。俺の方で合わせてみる」
「解りました」
シルフィが答えると同時に、シルフィの周囲に拳大の光が現れ、その光が俺の方へ向かってくる。風の精霊であるシルフだ。
俺の方へ向かってきたその光は、俺の周囲をくるくるとはしゃぐように回る。
「さすがアルスさんですね、とてもその子に好かれてるみたいです」
「そいつはありがたいな」
精霊には意志がしっかりあるので、嫌われていたりすると十全に力を借りたり引き出せない事もある。精霊を扱う場合、好かれているに越した事は無いんだ。
「……頼んだぜ。ウンディーネ、シルフ」
俺は二体の精霊に呼び掛けながら、再び剣を、空から迫る魔法の槍に向けた。
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