第36話 二つの力


 俺はもう十年程、冒険者をやっている。


 冒険者と言うのは危険と隣り合わせの職業なので、現役で居られる期間と言うのは意外と短い。そんな中で十年も冒険者をやっている人間というのはかなり少ない。


 そして、そこまでのベテランとなると、今まで培った経験や知識、勘という物が、ここぞという時に判断や行動を助けてくれる。そうでなければ、現役冒険者として長く生き残れないというのもある。


 だが、そんな俺でもこの目の前の現象は初めて見るし、今まで培った経験や知識というのも何ら判断の役に立たない。ただ、勘だけが危険である事を敏感に察知し、頭の中でずっと警報が鳴り続けている。


「……スさん……」


 元々の、魔物喰らいで強化される前の奴の魔力の凄まじさは、実際に相対した俺には痛いほどよく解る。


 さっきも思ったが、水と火という相性の良さが無ければ、あの森でやられていたのは俺の方だった可能性があるし、今こうして地属性の魔法を身に着け、魔力は更に増し、その上で火と地……二つの属性を混ぜた魔法なんてものを繰り出してくる相手にどう立ち向かうか。


 頭の中に幾つかの対抗策が浮かんでは消える。ウンディーネから最大まで力を借りたとしても、あの岩石の槍を砕く事は出来ないだろう。シルフィの風属性の魔法も、岩石が纏う炎の勢いを増すだけだろう。下手をすれば火属性の威力を増すだけの結果に終わる可能性が高い。


「……ルスさん……」


 ……無理か……


 様々な案が脳裏に浮かぶが、どれも奴のアレをどうにか出来る気がしない。

 そもそも、こんな魔法に対抗する術なんてものは、恐らく世界中探してもどこにもない。長年魔法の研究をしてきた者達が未だ成し遂げられていない、前代未聞な技術なのだから。

 そんな事をやってのけた奴には、その事だけは、素直に尊敬に値する。


 かくなる上は、俺が犠牲になってでも、何とかシルフィ達だけでも逃がして……


「アルスさん!」

「……シルフィ?」


 思考を巡らせていた俺の肩を揺すりながら、シルフィが俺の名を呼ぶ。

 その声に、どうこの場をしのぐかを思案してた俺の意識が彼女へ向く。


「おまっ!?」


 それだけ言って俺は絶句した。


 シルフィが、あろう事か、どれほどの威力になるか解らない、前代未聞の魔法をこちらに放とうとしている奴に背を向け、俺の肩を揺さぶり続けていたからだ。

 これでは、奴に狙い打ってくれと言わんばかりの態勢だ。


「何してんだ!? 死ぬ気かお前!」

「それはこっちの台詞です!」

「え?」

「何年アルスさんをスト……じゃなかった、見てきたと思ってるんですか! 今のアルスさん、妹さんを身を挺して庇ったあの時と、同じ顔してますよ!?」


 言われて俺はハッとし、昔のある出来事が脳裏に蘇る。


 それは、とある竜退治を引き受けた時の事で、当時既にA級まで昇格してしばらく経っていた俺達は……いや、俺は、油断していた。

 いつも通り、精霊の力を借りて竜を切り伏せ終わるはずだった依頼。

 そんな認識で俺は甘く見ていた。だから周囲の警戒も甘かった。


 討伐目標の竜は問題なくすんなり退治できたのだが、退治直後、物陰に潜んでいた別の小型の竜が、ティアナを喰らおうと襲い掛かった。

 今の俺なら討伐後も周囲の警戒を怠らないんだが、この時はまだ俺も若かった……なんていうと年寄りみたいで嫌だけど、まさに若かったとしか言えない。

 更に、トーマも俺の支援の為に前に出ていて、後方にティアナ一人を残していた事も災いした。何もしなければ、あの時ティアナは小竜に喰われていただろう。


 そんな状況で俺が取った行動は……全力でティアナへ駆け寄り、ティアナを護って代わりに小竜の一撃を受ける事。

 左腕をティアナへ伸ばし突き飛ばした直後、その腕へ小竜が喰らいつく。腕には小竜の牙が喰い込み貫通し、小竜が喰いついたまま身を振ると、牙が突き刺さった部分の肉が抉られる。


 その後、右腕で剣を振るい小竜を屠り、事無きを得たものの、ティアナに大泣きされながら怒られたっけなぁ……俺の腕に竜の牙が深く突き刺さる感触と、あのティアナの泣き顔は、もう何年も経つが未だに忘れられない。


 今冷静に考えると、あの時も同じように考えていたな。

 俺自身を犠牲にしてでも、どうティアナを逃れさせるか……


「……あの時も見てたのか、お前」

「えぇそうですよ! アルスさんの事ならおはようからおやすみまで見てますけど何か問題でも!?」


 なんかおかしいテンションでおかしい事言いだしたぞこいつ!?

 問題しかないんだが!?


「……覚えているなら、あの後の妹さんがどんな様子だったかも覚えてますよね?」

「!」

「私、自分のせいでアルスさんが傷付くのなんて嫌ですよ。死んじゃうのも……ましてあの時と違って今回は私が隣に居るんですから。二人で何とかする方法……考えましょ?」


 ……そうか……あの時と同じ表情と想いを、シルフィにもさせるかもしれないのか。それは……なんか、嫌だな。


 それに、いつの間にか俺は、俺一人でどうにかするとか、俺が何でも面倒見なきゃいけないとか、そんな感じの考えになっていたのかもしれないな。

 ソロの冒険者としてはそれで良いのかもしれないが、今はシルフィやオウルとパーティー組んでるようなもんだものな。

 一人でどうにかしようとするってのは、二人にも失礼な話か……


「……すまん、シルフィ」

「解ってくれれば良いんです」


 俺が素直に謝ると、シルフィは笑顔で答える。


「……さぁて、最後の団欒は済んだかねぇ? んん~?」


 そしてそんな俺達に、先程よりも粘着質な語り口で、奴の声が掛かる。

 俺は視線を奴に戻し、シルフィも再び奴の方へ向き直る。


「俺達が落ち着くまで待ってくれるとはな……お優しいこって」

「なぁに、礼は要らんよぉ。無常な現実を直視しながら逝ってもらわねばなぁ、わざわざ私がこれを作り出した意味もあるまいよ?」


 そう言って、奴は自身の頭上を指さす。

 そこには、先程より一回り……いや、それどころでは済まない程、巨大になった、炎を纏った岩の槍が存在していた。

 こいつ……ただ待っていただけじゃなくて、更に力を籠めやがったか。


「……アルスさん、打つ手ありますか?」

「……わりぃ、今回ばかりはどうして良いか見当もつかないわ」


 シルフィの問いに、俺は笑いながら返す。

 まぁ、イチかバチかでウンディーネの力を最大限借りて……


「私に、一つ、考えがあります」

「……シルフィ?」


 奴の頭上の槍を見据えながら、シルフィが続ける。


「火属性と地属性は、属性としては互いに不利な影響を起こしません。だからああいう芸当が出来たんだと思います」

「確かにそうだな……その二つなら互いに干渉しない」

「……であれば、水と風でも同じ事が出来るのではないでしょうか?」

「それ、は……理屈で言えばそうだが……」


 実際に、今まさに、目の前に、その理屈通りの現象が起こってるしな。


「やりましょう、アルスさん。私がシルフの力を借ります。アルスさんはウンディーネを……それを合わせれば、きっと負けません」


 そう続けるシルフィの言葉は、その内容の突飛さとは裏腹に極めて冷静で物静かな声色で語られた。

 恐らく世界で初めて起きたあの二属性の合作を、こちらもぶっつけ本番でやって迎え撃つってか……


「……失敗したらどうなる……いや、何もしなきゃどのみちやられる、か」

「です……やりましょう、アルスさん。あんな頭のネジが飛んでる元魔族に出来て、私達に出来ない訳がありません!」


 謎の自信に満ち溢れて、確信をもってシルフィが言う。

 普段だったら、誰かがこんな大言壮語を吐く時には、何言ってんだこいつって感じになるが、今はその前向きな言葉に思わず笑みがこぼれる。


「そうだな……やってみるか」

「はい! つまり……愛する二人の共同作業というやつです!」


 ……こいつ、結局それが言いたかっただけなんじゃないか?

 内心で突っ込むが、でも、シルフィの想いに支えられたのもまた事実で。


「……だな。行くぞシルフィ!」

「! ……はい!」


 一瞬驚いたような表情を見せた後、すぐに満面の笑みを浮かべるシルフィ。

 俺がそう返す事を想定してなかったのだろう。

 そして、シルフィの返事と共に、俺は奴に向かって駆け出した。

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