第35話 決戦開始


「ちぃっ!」


 瞬時にウンディーネを使役して水を纏わせた剣を振り、飛来してくる魔法をそれぞれ迎え撃つ。

 炎で出来た槍は俺の剣の一振りで蒸発し宙へと消えたが、岩石で出来た槍は俺の剣とぶつかり、剣と槍は互いにあらぬ方向へ軌道を変え、槍はそのまま地面に突き刺さる。


「どうだ。これならば貴様のその剣では切れまい」

「くそっ……かなり魔力が練られた地属性魔法だな!」


 水の属性は、基本的に火の属性には相性が良い。

 先程奴が言ったように、膨大な火力があれば、水や、その派生である氷の属性相手でも打ち勝つ事は出来るが、それは極めて稀有な例だと言える。


 まぁ、それはともかく……つまり、水属性が火属性に大体打ち勝つのと同じように、地属性は水属性に対して相性が良い。

 『火は烈風によって勢いを増し、水は炎を消し去り、地は洪水を吸収し、風は大地を駆ける』。

 魔法を習う時にまず最初に教わる、四つの属性の関係性を覚える為の相関関係を現した言葉だ。

 火と地はパワーアップしてそうなのに対し、水と風はあんまり優位とは言えない表現ではあるけど、相関関係を覚えやすいっていうんで昔から使われてる。もう少し良い表現は無かったのかと、教わった際も思ったものだが。


 ともあれ、それは今この場では置いておくとして、結局何が言いたいかというと……俺がこの元魔族の化け物を相手するにはなかなか分が悪いという事だ。


「アルスさん。あいつの地属性の魔法は、私が風属性の魔法で対抗しますから、アルスさんは火属性の魔法の対処をお願いします」


 今のやり取りを見てシルフィが駆け寄り、俺と並んでウルガンディ……いや、ウルガンディだったモノと対峙する。


「そうだな……ちょっと俺だけだとこれは拙い。頼むぜ、シルフィ」

「はい!」

「……相談は済んだかね? では行くぞぉぉぉ!」


 俺が剣を構えなおし、シルフィが腕を奴に向けて魔法を放つ態勢を取る。

 そんなシルフィを見て、満足そうにニヤニヤと笑みを浮かべながら奴が叫ぶと、奴の周囲に無数の、炎と岩石で出来た槍が生まれる。その数は膨大で、ざっと見たただけでも二~三十はあるように思える。そしてその一つ一つが、以前奴と対峙した時に受けた獄炎槍よりも、より魔力が練られている。


「こ、これは……」

「前よりかなりパワーアップしてるな。その魔物喰らいとかってやつのおかげか?」

「あぁ、そうだ。グランドジャイアントは言ってみれば巨人型の魔物の王だからなぁ! それを取り込んで今の私は無敵ぃ!」


 奴がテンション高く俺達に向けて魔法の槍を放つ。

 俺とシルフィを目掛けて、炎の槍と岩石の槍が入り乱れて宙を舞い襲ってくる。


「シルフィ!」

「はい! 烈風槍(トルネードランス)!」


 シルフィの手のひらから圧縮された風で出来た槍が放たれ、奴が放った岩石の槍とぶつかり互いに消滅する。奴のパワーアップ度合いから、シルフィの魔法が圧される可能性も考えられたが、それは無駄な心配に終わったようで胸をなでおろす。


「っと、俺もぼ-っとしてらんねぇな!」


 俺は俺で、炎の槍の方を、手にした水を纏った剣で次々と切り裂き蒸発させていく。シルフィの方も順調に風属性の槍を連発し、次々襲ってくる地属性の槍を潰していく。

 一見、奴の攻撃へ対応出来て優勢なように見えるが……


「防戦一方では、私を倒す事は出来んぞぉ?」


 そう……奴の言う通り、攻撃を防げてもこちらから攻撃に出る隙が無い。

 俺とシルフィが幾ら奴の攻撃を防いでも、大元である奴をどうにかしない事には、この状況は改善されない。

 だが、俺達は俺達二人だけで戦っている訳じゃない。


「おっと、俺達も混ぜてくれや。お兄さんよぉ!」

『同胞の仇!』


 俺とシルフィが奴の魔法を捌いている間に、周囲の瓦礫や障害物の影をオウルとブリッツが駆け、奴の両側からタイミングを合わせて同時に攻撃する。


「私が……」


 オウルが奴の首に噛みつこうとし、ブリッツの刀が奴の腹部を突き刺そうとして。


「気付かぬと思ってか?」


 ドォォォン!


 オウルとブリッツは盛大に、飛び掛かった向きとは逆方向へ吹き飛ばされ、瓦礫の中へ突っ込み、大きな土煙が二つ舞い上がり、彼らと奴の姿がその中に隠れてしまう。


「オウル! ブリッツさん!」

「シルフィ! まだ来るぞ!」


 彼らの身を案ずるシルフィの叫びが響く中、絶え間なく奴の放った魔法が飛来する。俺とシルフィは先程から行っているように間断無くそれを捌く。

 そうこうするうちに土煙が収まっていき、視界が晴れて。


「あいつ、あんなものまで……」


 再び確認出来た奴は、両腕に岩石で出来たバックラー状の盾のような物を身に着けていた。


「これは便利でなぁ。しっかりと敵の攻撃を防げる強度もあるし、振り回せば敵を死ぬまで打ち据える事も出来る。良い物だとは思わんかね?」

「お前、何でもありかよ」

「おやおや、心外だなぁ……そんな顔をするなよアルス。これはお前の為に手に入れた力だ。お前を殺す為にな。もっと嬉しそうな顔をしろよ」


 そう言ってくつくつと奴は笑う。

 そしてひとしきり笑った頃に、奴が両腕に装着した盾のような物もかき消える。


「そうそう、こういうのもあるぞ?」


 何処か楽し気な様子で、奴は手を空にかざす。

 なんだ、今度は何をしてくる?


「火属性は貴様が、地属性はそこの女が何とかしてしまうのでな……では、これならどうかな?」


 揶揄うような、試すような、そんな口調で語りかけてくる奴の頭上に、炎を纏った、魔法で出来た岩石の槍が顕現した。


「二つの属性を同時に……!?」


 基本的に、多属性の資質を持っていたとしても、一度に扱える属性は一つまでというのが摂理だ。というよりも、今まで様々な魔法の研究者が、複数の属性の同時発動を試みた記録はあるが、そのどれもが失敗に終わっている。

 そんな、未だ実現した例が無い現象を、まさかこんなところで、こんな奴に見せられる事になるとは……


「あぁ、おかげさまでこういう芸当も出来るようになった訳だ。水では岩石は切れまい。そして風では纏う炎の勢いを増す。さぁ、どうするアルスゥ?」


 まるでお気に入りの玩具で遊ぶ子供のような、とても愉快そうな様子で、奴は問い掛けてきた。

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