第34話 魔物喰らい


「お前、その腕……」

「……あの日、貴様に左腕を落とされた後、生まれて初めての屈辱を味わわされた私は、貴様を殺したい一心で、ある魔物の住処に向かってな」


 ウルガンディの左腕に巻かれた包帯から、想定外のモノが出てきて呆然としている俺に、奴は淡々と無表情で話し出す。


「その魔物の腕をだな、こう、ちぎってな。それを貴様に切られた箇所に押し当ててだな、じゅっと……焼いて繋げてなぁ」

「……っ!」

「なかなか狂気染みた奴だな」

「あぁ……思った以上にな」


 恐らく奴の語る情景を詳細に想像したのだろう。シルフィは嫌悪感で表情をしかめ、ブリッツも眉を顰める。あの腕、無理やりくっつけたのか。


「……さて。この腕の元の持ち主、どんな魔物だったと思う?」


 ウルガンディが左腕を掲げ、相貌を崩し、今度はニヤニヤとした表情でやけに芝居がかった口調で問いかけてくる。情緒不安定かってくらいにコロコロと表情が変わるやつだな。

 ……いや、実際情緒不安定なんだろうな。不意に自らの腕を失ったとはいえ、正気のやつが、他者の腕を奪って自分の腕にくっつけるなんて事は考える事はまず無いだろうし。


 しかし、見れば見る程……なんだあの腕。

 見た感じ、岩系の魔物のものっぽいが、知ってる限りあんな腕の魔物なんて……


「グランドジャイアント。巨人型の魔物の長だよ」

「グランドジャイアント、だと……!?」


 グランドジャイアント、それは巨人型の魔物を統べる、巨人型の王とも言える、巨人型最上位の魔物だ。

 その体躯は一般的な巨人型と同様の大きさで、大型の巨人型よりも数段小さいが、普通の巨人型よりも更に耐久力に優れ、動きも素早い。そして特筆すべきはその怪力だ。巨人型十数体が束になってもかなわないくらいの腕力を誇り、その能力でもって力で他の巨人型を支配するというのが、グランドジャイアントを頂点とした巨人型の群れの出来方だと言われている。


 だが、グランドジャイアントはそういった特徴を抜きにしてみれば、他の巨人型の魔物と見分けはつきにくい。ましてやあんな岩石の塊のような腕はしていなかったはずだ。


「アルスよ、何故だと思う? 何故私はグランドジャイアントの腕を付けたと思う?」


 俺の脳裏に浮かんだ疑問をよそに、語り続けるウルガンディ。


「知るかよ。理性がいっちまった奴の考える事になんか興味は無いね」

「それは、貴様が水の精霊を扱うからだ」


 ……いや、だから語りかけてくるのは良いんだが、それならせめて会話を成立させてくれ。


「……! そうか、お前さんまさか……」

「ブリッツ?」

「おっと、そこの冒険者は気付いたようだな」


 ウルガンディが話している途中、急に目を見開いて何か言いかけたブリッツ。

 その様子を見て満足そうに頷いて、ウルガンディは話し続ける。


「魔物喰らい(デモンイーター)。人間のような下等生物には真似出来ない秘術だ。光栄に思えよアルス、私にこんな手段まで取らせたのだからな」

「魔物喰らい……?」

「……魔族にだけ伝わると言われている、人間で言う所の禁術クラスの秘術だ。俺もそういう物があると聞いた事があるだけで、実際に見るのは初めてだがな。その名の通り、魔物を喰らってその力を自分の身に取り込む術だったはずだ」

「ほぅ、なかなかに詳しいな」


 ブリッツの説明に感嘆の声を上げるウルガンディ。

 魔物喰らい……そんな術があるのか。聞いた事も無かったが、魔族のみに伝わるものだったら納得だ。ブリッツがそれを知っていたのは気になるが、オッサンは間違いなく人間だし、ギルドマスターという立場だから知り得たという感じなのだろうか?


「だが……その秘術、確か相当大きなデメリットがあったはずだ。魔物を喰らう前と後では、同じ存在では居られないと聞いたが?」

「あぁ、その通りだ。魔物喰らいの法で魔物の力を得た魔族は、それまでとは全く別の存在になってしまう。二つの異なる生命を混ぜ合わせるのだからな、これは当たり前と言えるし、致し方ないだろう。だが、その代わり……」


 ウルガンディがおもむろに両腕を上げ、両手を天に向けてかざす。


「こういう事も出来るようになるのだよ」


 そう言ってにやりと笑うと、奴は両手に魔力を収束させて、魔法で出来た槍を二本作り出す。

 右手には炎で出来た槍を。そして左手には岩で出来た槍を。


「グランドジャイアントは、地の精霊の末裔とも言われるくらい、大地との繋がりが強い魔物でもある。そのグランドジャイアントを喰らえば……私でも、このように土の魔法を扱えるようになるのだよ」

「お前、まさかその為だけに……」

「あぁ、そうだとも。当たり前だろう? 私が人間に負けるなど、あってはならん事だ……あぁ、そうだ。あってはならない事だ。あってはならんのだ……」

「……お、おい?」


 俺は、話の途中から、徐々にウルガンディの様子に違和感を覚える。

 そしてその違和感が気のせいではないという事に、次の瞬間はっきりと認識させられた。


「私が負ける? 人間に? ふざけるな、許されるかそのような事。あぁ許される訳が無い。私は魔族一の炎の使い手ウルガンディ様だぞ? 水や氷を扱う魔族相手でも、私の炎は全てを溶かしてきたんだ。それが人間ごときに? 負けた? じゃあ消さないとなぁ。全て焼き尽くして、壊しつくして……そうだ、私も要らないな。こんな、人間に負ける魔族なんぞも価値が無い。なぁ、そう思うだろう? そう思うだろうよアルスゥゥゥゥゥ!」


 一気にまくし立てた後、何度も狂ったように俺の名を叫び続けるウルガンディ。

 ……なんだってんだ、こいつ!?


「アルスさん、あの人……」

「……変にプライド高い奴は、挫折味わうと面倒ってやつだな」


 心配そうな表情を浮かべて、俺に寄り添いこちらを見てくるシルフィの肩にそっと手を置く。

 その肩は若干震えていた。まぁ、ここまでとち狂った手合いを見る事なんて普通はそう無いからな、仕方ない。

 シルフィを落ち着かせるためにさらっとそう言った俺の方は、そのおかげか少し冷静になる事が出来た。自分より慌てたりしている奴が居ると逆に冷静になるというあれだ。


「それだけじゃない、あれが魔物喰らいの一番の問題点だ」

「……というと?」


 そんな俺とシルフィに、低く重い普段の飄々とした雰囲気が抜けた声で、ブリッツが話しかけてくる。

 視線をウルガンディへ向けながらブリッツへ聞き返すと、ブリッツの方も同じように奴から目を離さずに続ける。


「さっき言ったろ? 同じ存在では居られないと。これがそういう事だ。魔物喰らいで魔物と同化した魔族は、自我を失う。簡単に言えば、あれはウルガンディって魔族でも、グランドジャイアントでもない。魔族と魔物が混ざった、ただの化け物って事だよ」

「自我を……でも、あいつ、俺の事は覚えてるみたいだけど」

「それだけお前への恨みと言うか、執着が強かったんだろうな……アルス」

「……」


 本当……プライドの高い奴は面倒だわ。

 そう思いながら、未だに叫び続けている奴の様子を眺めていたが、不意に奴の挙動が止まり、表情を無くした顔で、こちらを見据えてくる。


「……ふぅ……さて、そろそろ一緒に消えようか、アルス?」

『来るぞ! アルス!』


 オウルの言葉が俺の脳裏に響くのとほぼ同時に、奴が生成した、炎で出来た槍と岩石で出来た槍が、俺目掛けて飛来した。

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