第31話 巨人退治


 ドォォォォォン!


「うぉっ!?」


 冒険者ギルド内で聴いたのと同じ爆音が、再度響き渡る。

 そして周囲に火をまとった瓦礫が降り注ぐ。

 見れば防壁に開いた穴が先程の倍近くに広がっている。


『この音、耳に良くないのである』


 オウル、お前……耳を完全に頭につけるなんて芸当出来たんだな。

 そんなオウルの完全防音している様子をみていると、ブリッツが一歩前に出て眼前の光景を見てふぅと一つ溜息を吐く。


「どうやら奴さん、本気でサディールを潰しにかかる気みたいだな」


 場と発言の内容にそぐわないような軽い調子で、笑みを浮かべながらそう呟くブリッツ。

 笑ってる場合じゃないと思うんだが……もう完全に、防壁があった場所が、衝撃と火炎で消し飛んでるんだぞ?


「あっ……アルスさん、あれ!」

「……なるほどな、穴を広げた理由はそれか」


 シルフィが指差す方を見ると、穴が空くというよりも完全に焼失した、防壁があったであろう場所に空いたスペースから、巨人(ジャイアント)型の魔物が入ってくるのが見える。あの魔物達を町へ入れさせるために、穴を広げたって訳か。


 あのタイプは、そのでかさも勿論だが、一番厄介なのはその戦闘力だ。上位種になれば魔族にも匹敵するくらいの力を持つ奴だっている。

 そんな巨人型がぞろぞろと何体も、邪魔する物が無くなった空間を闊歩して町に侵入しようとしてくる。ちょっとした悪夢だな、これは……現実の光景ではあるんだが。


「アルス、二手に分かれるぞ。一体や二体程度なら問題無いが、ちょっと数が多い。アレは一体取りこぼしただけでも町や市民に甚大な被害が出る」

「確かにな。でも二手にと言ったって、この人数であの数相手に分かれるのは危なくないか」

「なぁに、分けるっていっても簡単な話だ。俺と、お前さん等だ」


 笑みを浮かべながら、自身と俺をそれぞれ指差すブリッツ。


「はぁ? でもそれじゃあんたが」

「ふん、みくびるな。これでもまだ現役の『真炎』だからな」


 そう言ってブリッツは、一瞬で獰猛な肉食獣のような雰囲気を放つ。

 浮かべている笑み自体は変わらないし、口調も変わらないんだが……眼が違うんだ、眼が。


「……解った」

「聞き分けの良いやつぁ好きだぜ」

「気持ち悪い事言うな」

「アルスさんを好きな度合いなら負けません!」

「お前も変な所で乗っかって来るな!?」


 俺はブリッツの変な物言いに突っ込みを入れつつ、返す刀で、何故か胸元で握りこぶしを掲げて髪を振り乱し対抗するシルフィに突っ込みを入れる。


『大変だのぉ、アルス』


 お前はお前で、縁側で茶を飲んでる爺様みたいな事を言ってんじゃねぇよオウル!?

 突っ込みが、突っ込み役が足りねぇ……


「ま、そういう事で……合流地点はあの、防壁が在った辺りにしよう」


 そう言ってブリッツが指差したのは、二度目の爆破で跡形も無く壁が吹き飛び、今まさに何体もの巨人が侵入してきている箇所だった。

 その後方に続く影を見るに、少なくとも総数は十や二十じゃ収まらないだろうな、これは。


「真っ正面から食い止めろってか、あれを」

「それ以外に、町を護る道はあるまいよ?」


 平然とした態度で言うブリッツに俺は、自分を奮い立たせる意味も込め、好戦的な笑顔を浮かべて。


「了解」


 そう、ブリッツへ返した。




 巨人型の魔物との戦いというのは少々特殊なもので、まず一番の問題となるのがその大きさだ。


 大体小さい個体でも四~五メートル、大きい個体だと十メートル前後の物まで居る。これがどういう事かというと、普通の武器では急所である頭部や胸部まで届かないって事だ。

 巨人型を相手取る時は、この辺りの対策を万全にしなければならない。例えば落とし穴を掘る、強力な遠距離用の武器や魔法を用いる、普通の武器で対処するなら、自身も高所に上って高さを合わせる等々。

 だが、それらはどれもある程度準備や用意が無ければ行えない対処法だ。今回みたいな場合にはどれも適さない。


 では、どうするかというと……


「シルフィ、一時の方向に!」

「はい!」


 俺はシルフィに指示を出して駆け出すと、シルフィが詠唱に入る。そして俺が巨人型の足元に到達した瞬間に。


「いきます!」


 俺が指示した方向へ、シルフィの起こした突風が吹き荒び、俺の身体が宙を舞う。

俺は空を飛べる訳じゃないが、シルフィが精霊を用いて俺の足下で風を起こし、その一時的に発生した強風で吹き飛ばしてくれれば、こうして飛べるって訳だ。少々強引だけどな。


 そうして高く舞い上がった俺は、巨人型の身体を蹴って更に駆け上がり、巨人型の首に刃を突き立てて、上った勢いのままに大きく縦に切り裂く。


「グァァァァァァ!?」

「そりゃ、普段攻撃されてない場所を攻められれば痛いわな!」


 切り裂かれた首筋を手で抑えながら悶える巨人型の上で俺は、バランスを取りながら巨人型の肩を足場にして更に跳躍し、巨人型の眼前にまで飛び上がる。


「顔ががら空きだぜ」


 そして剣を巨人型の目に突き刺し、奥まで刺し込んだままぐるりと抉るように中で回してから引き抜く。

 こいつ等巨人型の構造は人間と似通ってるらしく、今みたいに頭部の中に刃などを突き刺して抉るようにすると、人間でいうところのいわゆる神経やら何やらが、脳に当たるところと寸断されて、高確率で絶命する。そこまで行かなくても、大体がまともに立っていられなくなり地に膝をつくため、攻略がしやすくなるんだ。


 今回は運が良かったのか、その一撃で巨人型は残った無事なもう片目をぐるりと上に向かせ、白目を剥いて倒れ込む。


「アルスさぁぁぁん!」

「頼むぜ、シルフィ!」


 巨人型が倒れ込む影響で、振り落とされる形で落下していく俺の様子を見て声を上げるシルフィ。

だが、その行動は冷静で、俺を舞い上げた時と同じように、俺が地面に衝突する前に風を巻き起こす。

俺はその風を上手く利用して、地面に激突する事無く着地する。


「ふぅ、助かったぜ」

「やっぱりこのやり方は危険すぎますよ! 見てるこっちの心臓が持たないです!」

「といっても、なぁ……あの高さの巨人を俺がどうにかしようとしたら、顔や首と同じ高さまで上らないとだしなぁ」

「もうっ! 魔法の一つも覚えてください!」


 無茶を言うな。俺だって覚えられるものなら覚えたいわ。

 才能が無いのかなんなのか、なんでか昔から魔法に関してはどうやっても扱えないんだよなぁ、俺。それなりに学んだりもしたんで、人に教える事とかは出来るんだが。

 まぁ、そのおかげで剣の修練や格闘術なんかに打ち込めて、剣技とかをここまで伸ばせた訳だけど。


「……そういやブリッツのオッサンはどうだ?」

「んっ!」


 あからさまに話題を切り替えようとする俺に、膨れっ面で何処かを指差すシルフィ。

 彼女が指差した先を見ると、そこでは煙を上げて炭と化して倒れ伏している巨人型の死骸が幾つも転がっていた。


「これ全部、あのオッサンがやったってのか」

「ですね。笑いながら次々と丸焼きにしてましたよ」


 さすがに『真炎』の二つ名を持ってるだけあるって事か……にしても、あのオッサンが笑いながら、自分の何倍もある人型の魔物を、笑いながら焼き殺していく図とか、子供が見たら泣き出すか悪夢でも見そうな絵面だな。


『これは負けていられないな、アルス』


 そう念話を飛ばしてふんすと鼻息を荒くするオウル。


「やけに気合入ってるな、お前も」

『あの人間に、我がただの犬ではないところを見せつける好機なのである』


 ……まださっきの冒険者ギルドでのやりとりを根に持ってたんかいお前。

 ま、まぁやる気があるのは良い事か。


「頼もしい限りだな……よし、シルフィ。じゃんじゃん俺とオウルを飛ばしてくれ」

『よろしくである』

「もーっ! アルスさんもオウルも知らないからっ!」


 不機嫌な様子で叫びながら、シルフィは俺とオウルをしっかりと魔法で飛ばし吹き上げて、きっちりと仕事はしてくれる。


 俺は先程と同じ要領で、ある程度以上の高さまで舞い上がったら敵の身体を足場にして駆け上がり、首や頭部の柔らかい部分を狙って、絶命するまで剣を突き刺し切り付けていく。

 対してオウルは、一時的に身体の大きさを元のサイズまで戻し、小柄な巨人に負けない程の体躯で飛び掛かり、鋭い爪で巨人を引き裂いたり、その喉笛を噛みちぎるなどして、巨人を排除する。


『シルフィ、次、次である!』

「えぇ!」


 そして、一体一体倒す度に、身体を小さくさせてシルフィの元に戻ってきては、また風で飛び上がって巨人に襲い掛かる……なんか飛ばされる時のあいつ、楽しんでないか?

 戻って来る時、凄い尻尾振ってるし、飛んでる時は目がキラキラしてるし……あれか、取ってこーいってボールとか投げられた時の犬か……?


 何処か楽しんでいる様子に見えるオウルを横目で見ながら、俺も負けじと巨人の排除を続けた。

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