第30話 サディール防衛戦


 冒険者ギルドの外に出ると、町は騒然としていた。

 さすがに警護団と、先程先に飛び出していった冒険者達が抑え込んでいるのか、一般市民や市街地への影響はまださほど出ていない。

 だが、冒険者ギルド内に居てもしっかり伝わってきたさっきの爆音は、眠りこけている奴でも無ければしっかり耳にしているだろう。人々の顔を見れば、どの顔も不安や動揺の色を浮かべている。


「……どうやらあそこが戦場か」


 周囲を見渡すと、南門の方に大きな煙があがっているのが見える。

 そういえば今日はラースが守衛に就いてたよな……あいつ、無事か?

 何となく妙な不安を感じながら、俺は南門の方へ駆け出した。




「これは……」

「ひ、酷い……」


 目的の場所へ到着した俺は、目の前の光景に眉を顰める。

隣ではシルフィが両手を口に当てて呻くように言葉を漏らす。


 そこには、地獄絵図と言っても差し支えないような風景が広がっていた。


 大穴を開けられ、まだ激しく燃え盛っている箇所も幾つかある南門付近の防壁。

 その防壁に開いた穴から大量に侵入してくる数多の魔物。

 魔物を押しとどめようと応戦する警護団と冒険者達。

 地面は倒された魔物と、力尽きた人間の死体が折り重なって埋め尽くされている。


「三百体もの規模の魔物の行進だ。この程度の被害は想定内だ」


 周囲の状況を見て冷静に言うブリッツに思わずはっとする。

 そうか、つまりさっきのあれはそれで……


「ブリッツ、あんた……それで三倍なんて法外な報酬を?」

「……ギルドマスターなんてのは、綺麗事だけじゃやっていけないんでな。まして三百体の魔物、しかも魔族の同伴っておまけ付きだ。それを相手に、誰も死なず傷付かず終えられるなんざ思ってねぇよ」


 そう言うブリッツの表情は苦々しく歪んでおり、決して本心から納得している訳ではない事が見て取れる。

 報酬が三倍と聞いてギルドの財政を心配してしまったが、なるほど、こういう事か。

 討伐目標の魔物を倒しても、その討伐報酬の受け取り手が現れなければ、基本的にはギルドから誰かに報酬が支払われる事は無い。

 つまり……こうした犠牲が多数出る事を想定し、報酬を支払わなくても済む状況が多数出るだろう事を考慮して、あんな破格な条件を出した訳だ。


「そんな、それじゃあ捨て駒みたいじゃないですか!」

「だが、他にどういう手があるか? 死ぬかもしれないが町を護れと? それで動く奴も居なくは無いだろうが少数だろう。そして、こいつ等は冒険者だ。その大半は、名誉や正義の為に生きている訳じゃねぇ」


 認めたくは無いが、ブリッツの言う通りだ。誰もが正義感とか使命感で動く訳じゃない。

 そして冒険者にとっては報酬ってのが、依頼に取り組む際の、何より解りやすい目標でもある。


『人の世界も非情であるな』


 オウルの何処か達観したような呟きが、念話で送られてくる。


「……まぁな」


 傍から見て不自然にならない程度にそっと呟いて答え、俺は剣を握る手に更に力を籠める。

 何故そんな事をしたかというと。


「どうやら人の心配をしている場合じゃないな……お客さんだ」


 俺は視線を、周囲に積まれた死体の山から、真っ正面に移す。

 視線の先では、こちらに向かって侵攻してくる、多種多様な魔物の群れが迫っていた。


「シルフィとか言ったな、お嬢ちゃん。とりあえず、まずは生き残る事だ。その後幾らでも苦情は聞いてやる」

「……解りました!」

『見た限りウルフの魔物は居ないな……ならば我も気兼ねなく暴れられるというもの』


 ブリッツが淡々と語り手にした得物を構え、シルフィが憤慨しながらも向かってくる魔物の群れに向けて手をかざし魔法を打つ準備をし、オウルも身を低くして、いつでも飛び掛かれるような態勢を取る。


「行くぞ!」


 そう俺が叫ぶと同時に、俺達三人と一匹は魔物の群れに突っ込んでいった。




「暴風槍(ストームランス)!」


 シルフィが叫びながら放った風の槍が、目の前のバード系の魔物の羽根を片方完全に吹き飛ばす。


『うむ、後は任せよ!』


 そしてバランスを崩し墜落する魔物に向かい疾走するオウルが喉笛を嚙みちぎり引き裂く。


「へぇ、やるじゃねぇかあのお嬢ちゃんと犬っころ」

『犬では無いのであるー!』


 俺に念話で愚痴るな、それはブリッツに直接言え。


 そんな突っ込みを心の中でしながら、俺は襲い掛かってくるグリズリー系の腕の振り下ろしを当たらないように紙一重でかわし、脇腹から背中にかけて、弧を描くようにして切り付け、返す刀で振り上げた剣をそのまま反転させ、グリズリーの魔物の頭部へ後ろから突き刺す。


 そこへ、俺が剣を突き刺し、また一旦動きが止まったのを好機と見たのか、鎧の騎士……といっても中身が無いがらんどうの亡霊騎士(アンデットナイト)ではあるが……が斬りかかってくる。


 俺はそのアンデッドナイトの剣を持つ手元を蹴り上げて軌道を逸らし、更に上体を捻って剣戟を避けながら、その捻りの反動でグリズリーに突き刺した剣を薙いで強引に引き抜き、グリズリーの頭半分を吹っ飛ばしながら、アンデッドナイトの鎧も勢いのまま横薙ぎで真っ二つにする。


『あの疑似氾濫の時も思ったが、アルスの戦い方は独特なのである』

「毎度思ってましたけど、見てて冷や冷やするからもう少し安全に戦ってくださいよ!」


 オウルの感嘆の念話と、シルフィのやや非難が混じった声が重なる。

 俺の戦い方ってそんな危なっかしいか?


「よぉ、女泣かせ」


 そんな疑問を抱いた俺にブリッツが、相手していた魔人形(パペット)系の魔物を紙でも裂くようにあっさりと切り捨てながら、聞き捨てならない事を口走ってくる。


「誰が女泣かせだ」

「ほれ」


 顎で指された先には、目に涙を溜めるシルフィの姿。


「な、泣くなよシルフィ!?」

「だってぇー!」


 情けない声を上げながら、今にも零れ落ちそうなくらいに目に涙を溜めつつ、しっかり襲ってくるアント系の魔物を魔法で作られた土の槍で串刺しにするシルフィ。

 その衝撃で舞い上がったシルフィの黒髪と、串刺しにされたアント系の魔物の構図が、戦場を描いた一枚の絵になるくらいぴったりはまってるけど、惜しいかなシルフィの表情が泣き顔でぐしゃぐしゃになってて、とても人に見せられたもんじゃない情景になってたりする。


「おーおー、青春かい? 青春だねぇ」


 にやけ顔で俺達のやり取りを茶化しつつ、ブリッツが右手に持った刀を無造作に振るうと、ちょうどブリッツの真後ろから飛び込んできたエイプ系の魔物の胴体を二つに切り裂く。

 ……いやいや、後ろから襲ってきた敵を視もせずに切り裂くとか、後ろに目でも付いてるのかこのオッサン。


「あんた、やっぱりとんでもなく強いだろ……」

「さぁな。まぁ、まだまだ若いもんにゃ負けないつもりだがな」


 言いながらブリッツが、少し離れた魔物の群れへ手をかざし。


「獄炎槍!」


 魔法を放つと、槍が着弾した地点を中心に、さながら業火のような爆炎が広がり、着弾地点付近の魔物の群れを巻き込み焼き尽くし一掃する。

 この威力……あの魔族、ウルガンディにも劣らないな。


「す、すごい……十体くらい居ましたよ? それを一瞬で……」

『あの魔法、森で使われては火事の危険極まりないな』


 シルフィは目を丸くしてぽかんとして表情を浮かべ、オウルもその威力に、器用にやや上ずったような声を作って、動揺している感情を表したような念話を飛ばしてくる。

 俺にしても、表面上は平静を装っちゃいるが、予想していた以上の強さを見せるブリッツに少なからず驚愕していたりする。


「まだお客さんはごまんと居るんだ、急ぐぞ」

「……あぁ」


 そんな俺達とは対照的に、まるで近所へ買い物でも行くかのような雰囲気でそう言ってブリッツは駆けだし、俺達もその後に続いた。




 移動中も絶え間なく物影や脇道から襲ってくる魔物を処理しながら先へ進むと、段々と俺達以外の冒険者や、警護団員の姿も見えてくる。

 この辺りで戦ってる奴らは、大体どいつもある程度腕が立つ冒険者だから大丈夫だろう。警護団の団員に関してはそこまで詳しくないが、こっちも、さっきの死体の山の一部になってないって事はそれなりの腕利き達のはずだ。


 そんな風に周囲を確認していると、目の前でゴリラ型の魔物と戦っていた冒険者が、手にした大斧を上段から振り下ろして、相手の魔物の胴体を左右に分断する。そして浴びた返り血を拭いながら、こちらへ振り向いた。


「てめぇも来たのか、アルス」

「なんだ、生きてたのかギラン」

「当たりめぇだ、このくらいの数の魔物でこのギラン様がくたばるか!」


 いつぞやの時のように、粗野な口調で話し掛けてくるギランに、俺も冗談交じりに返す。

 前にシルフィには良いようにされていたが、こいつも腐ってもB級冒険者だ。それ相応の実力は備えている。


「あら、貴方はあの時の」

「げっ、あの時のねぇちゃんかよ」


 ギランがシルフィを見てバツが悪そうな表情をする。そういやあの一件の後しばらく、投げられギランなんて不名誉なあだ名付けられてたっけ、こいつ。


「へぇ、あんな風に言ってただけあって結構やるのね」

「お、おぅよ。どうだ、今からでも遅くはねぇぜ。アルスより」

「でも、アルスさんの方が何倍も強いわね。それにアルスさんの方が何十倍も格好良いし」

「んだとぉ!?」


 淡々とした様子でそう告げるシルフィに、やや怒気の混じった言葉で返すギラン。

 ……いや、褒められるのはありがたいんだが、シルフィの本性をある程度知った今となっては、なんか素直に喜べない。


「おぅ、ギラン。今状況はどうなってる?」


 シルフィとギランのやり取りを眺めながらそんな風に思っていると、手にしている抜身の刀を肩に載せたブリッツが、ギランへ声を掛け尋ねる。


「ギルマスも居たんですかい!? え、えっと……とりあえず警護団と共同で魔物を押し返してるところでさぁ。今んところこっちが優勢ですぜ」


 無駄にでかいその体躯を丸めて、やたらとブリッツに対しては下手に出るギラン。 元々が礼儀作法って概念が無いに等しい奴なんで、そうした言動を見てると、まさに三下とか下っ端って言葉が似合いそうだなぁと想わなくもない。


 何でも、酒に酔ってギルド内ではしゃぎ過ぎたギランが、見かねたブリッツにこってり絞られて以来、こんな感じなんだとか。きっとブリッツの事だから実力行使という名のお話合いだったんだろうな。依頼で不在で、そんな面白い場面を見れなかったのは、未だに悔やまれる。


「OK。このまま魔物の討伐に専念してくれ。道さえ作ってくれりゃ、魔族に関しては俺とこいつで何とかする」


 そう言って親指で俺を指すブリッツに、しかしギランは不満気な表情を浮かべる。


「ギルマスは解るとしても、こいつぁソロで」

「ソロイコール弱いって訳じゃない。こいつの強さは俺が保証する。いいな?」

「……へぇ」


 まだ少し不満な様子ではあったが、ブリッツが強く言った事でギランは引き下がる。


「まぁ、頑張ってしっかり稼いでこいや」

「うるせぇ! お前に言われなくてもそのつもりだ!」


 おーおー、ブリッツに対する態度とはえらい違いがある事。

 ころころと変わるギランの対応に、内心苦笑しつつそんな事を思う。


「さぁて、先を急ぐぞ。アルス、シルフィ」

「解った」

「えぇ」


 道の先に視線を戻すと、冒険者達と警護団が魔物の群れの侵攻を抑え込んでくれたおかげか、防壁までの道が開けていた。


「おい、アルス」


 駆け出した俺の背に、不意にギランの声が掛かる。


「死ぬんじゃねぇぞ」

「なんだいきなり」

「うるせぇ。見知った顔が居なくなるのが嫌なだけだ」


 そう言ってギランは背を向け、俺達が向かう方とは別方向へ行ってしまう。


「なんだったんだ今のは」

「意外と仲が良いんですね、アルスさんとあのギランって人」

「そんな訳あるかよ」


 まぁ、見知った顔が居なくなるのが嫌だってのは、その気持ちは解らなくも無いけどな。

 冒険者なんてやつは、場合によっちゃ、昨日笑いあったり馬鹿を言いあってた相手が、今日突然死んじまったりする事もあるからな……


 シルフィに答えながら、何となくギランが俺に声を掛けたその理由を感じ取りつつ、再び目的地に向かって走り出した。

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