第29話 急襲


「な、なんですか!?」

「わからねぇ。わからねぇが只事じゃ無いな……おい!」


 狼狽えるシルフィとは真反対に、冷静なブリッツは部屋のドアを開けて廊下へ声を掛ける。すると目の部分だけを除いて全身を黒装束に身を包んだ、すらっとしたシルエットの長身の何者かが天井から音も立てずに降りてくる。


「……もしかして、忍者なのか?」

「あぁ。ちょっとした訳があって俺に仕えてくれてる村雨ってやつだ」

「……」


 村雨と呼ばれた忍者は、何も言わずに俺に軽く会釈をして返す。

 忍者なんていう、東方の国固有のエリートレンジャーまで配下に居るのかよ。このオッサン……本当に底が知れないな。


「何があった」

「城門へ多数の魔物が押し寄せています。総数はおよそ三百体程。また魔物を先導している魔族と思しき者が放った攻撃で町の外壁が一部破損しました。先程の音はその際の破砕音です」

「なるほどな、続けて調べろ」

「はっ」


 見た目にそぐわない少年みたいな高い声でブリッツへ報告する、村雨と呼ばれた忍者は、ブリッツにそう言われた直後に一瞬で姿を消す。凄いな……どういう技術なんだ?

 それに、爆音が響いてからのこの短時間でそこまでの情報を調べたっていうのか。噂には聞いていたが情報収集力が半端無いな、忍者。


 ……いや、まて。

今なんて言ってた?


「先導する魔族……まさかウルガンディか? でもこの短時間で、またそんな沢山の魔物を集めたって言うのか? いや、それはさすがに……」

「そいつは確認してみないとだが、まぁとりあえずは一階に行くぞ」

「そうですね……別の魔族という可能性もありますし」


 ブリッツが俺の肩を叩き促し、シルフィもオッサンの意見に同意する。

 確かに、別口と考えた方が自然ではあるんだが……


「……そうだな」


 こうして此処で考えていても埒が明かないのも事実。

 俺は二人と共に部屋を出て一階へと戻った。




 一階に戻った俺達の目の前には、珍しい光景が広がっていた。

 普段は飲んだくれている冒険者達も、ギルド職員も、先程の爆音を気にしているようで、ひそひそ話す声は聞こえてくるものの、普段のこの場独特の喧騒はすっかり止んでいた。


「今この場に居る冒険者諸君! 全員注目!」


 そんな静まり返った場に、ブリッツの大声が響き渡る。

 ギルドマスターであるブリッツの張りあげた声に、その場の冒険者達の視線がブリッツに集中する。


「さっきの音だが、どうやらこのサディールを攻めてきた馬鹿な魔族が居るらしくてな。恐らく既にサディールの警護団が対処してるだろうと思うが、その魔族は多数の魔物も引き連れているらしい」


 そこまで一気に語ってから一旦言葉を切ったブリッツは、目の前に居る冒険者達に人差し指と中指を立てた右手を突き出して話を続ける。


「そこで、諸君等にはその魔物の討伐を依頼したい。緊急事態という事で報酬は通常の相場の三倍、場合によってはそれ以上出してやる」


 ブリッツの言葉に、この場に居る冒険者達の眼の色が変わる。

 冒険者ってのは危険と隣り合わせで稼ぐ商売だからな。今のあいつ等にしてみりゃ、さしずめ沢山の魔物がちょっとしたお宝の山に思えている感じなのだろう。

 にしても三百体の魔物の討伐を、普段の相場の三倍で依頼するって……ギルドの財政大丈夫なのか?


「また可能なら魔族の撃退もやっちまえ……といっても、こっちは魔族だからな。戦える奴だけ参加してくれ。魔族の方の相手は俺がする……いや」


 そこまで言ってブリッツは、急ににやりと笑みを浮かべて横目でちらりと俺を見る。

 ……すっげぇ嫌な予感がするんだが。


「俺達がする」


 そう言って俺の肩に手を回してがっちり肩を組むブリッツ……やっぱりかテメェ!


「そんな訳だから、諸君等は安心して稼いで稼いで稼ぎまくってくれ。以上!」

「「「おぉー!」」」


 ブリッツが言い終えると同時に、報酬に目が眩んだ冒険者達が我先にとギルドを出ていく。さすがに全員では無いが、どうやら新米の冒険者や、戦闘に不向きな冒険者以外は軒並み向かったようだな。


「さて、俺達も行くか、アルス」

「ちょっと待てやオッサン! しれっと巻き込んでるんじゃねぇ!」


 肩に回された手を振りはらい、非難の声を上げる俺を見て、悪い笑みを浮かべるブリッツ。


「おやぁ? じゃあお前は行かないってのか?」

「いや、そりゃ行くが……」


 何だかんだで十年程過ごした町だ、愛着が無いといえば噓になる。

そんな町が魔族に襲われてるのを黙って見過ごす程、俺は薄情な人間でもない。


「だったら良いだろう? どうせ魔物相手じゃお前にゃ物足りんだろうさ」

「……あー、もう! 解ったよ!」

「なんだかアルスさんとブリッツさんって……」

『親子みたいな関係である、な?』


 シルフィ、オウル、うっさい。

 さっき話したように俺にはちゃんと父さんが居るんだ、ブリッツが父親なんてぞっとするぜ。


「さぁ、おふざけはここまでにして……行くとしようか」


 そう言うと、急に真顔になったブリッツが腕を振り上げマントを翻し、腰に差したブロードソードを鞘から引き抜く。そのブロードソードの刀身は真っ赤に染め上げられており、ブリッツの二つ名である『真炎』を想起させる。


「あぁ。シルフィと、オウルも、良いな?」

「はい」

『望むところである』


 そして俺も剣を抜き放ち、二人の返事を聞いた後、ギルドの戸を開き戦場へと駆けだした。


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