第26話 報告とシルフィの問い


 ギルド二階の内装は、一階の酒場のような感じとは違って、白色の壁の廊下と、その廊下の中央に敷かれた赤の絨毯が落ち着いた雰囲気を醸し出しており、階下から聞こえる喧騒を除けば、冒険者ギルドというよりはちょっとした城の内部に近いものがあった。


 そんなギルド二階を、俺とシルフィとオウルは、ブリッツに先導されて奥へと進む。

 ちなみにオウルに関しては、下か外に残そうかと提案したところ。


「あん? こんなウルフ一匹暴れたところで問題無いだろ?」


 ……と鼻で笑われ、その結果オウルも一緒で良いという事になり、同行している。


『我を、我を鼻で、鼻で笑った!?』


 と、ちょっと怒り気味に、俺だけに念話で伝えてくるオウルが少しやかましい

 ともあれ、そんな訳で俺達は三人揃って今此処に居る。


「ここだ、入ってくれ」


 長い廊下を半分程進んだところで、一つのドアの前でブリッツが立ち止まり、そう言って戸を開け入室していった。

 俺達もブリッツに続いてその部屋に入る。


 室内は整理整頓がしっかりとされていて、壁際には、片側には本が詰まった本棚。もう片側には大判のこの周囲の地図が張られていた。また部屋の中央には立派なソファーが向かい合わせに二台あり、その真ん中にテーブルが収まっている。

 部屋の奥には執務用と思われる机なんかもあるし、執務室兼応接室ってところかね。


「まぁ、座れ」


 言いながらソファーに腰かけるブリッツ。

 勧められた俺とシルフィも、反対側のソファーに座る。

 さすがにオウルはソファーの上に座る訳にはいかないので、ソファーの横でうずくまる。


「それで、お前さんの人前で言えないような報告ってなんだ?」

「おい言い方」


 ソファーに身を預けながら、語弊を生みかねない言い方をしてくるブリッツへ抗議の声を上げる。


「はっはっはっ! 細かい事は気にするな。この部屋は防音も完璧だからこの場に居る人間以外にゃ誰にも聞こえないしな」


 豪快に笑うブリッツ。

 そういえば部屋のドアを閉めてから外の雑音が聞こえなくなったな。何かしらそういう仕掛けが為されてるんだろうか。


「……で?」


 先程までの笑い顔から一転、真面目な顔でブリッツが促してくる。


「あぁ、実は……」


 それを受けて俺は、あの森であった事……勿論オウルの事などは伏せ、ウルガンディという魔族が疑似的に氾濫を起こそうとしていた事や、その氾濫の標的がサディールだという事などを伝えた。


「なるほど。確かにウルガンディって名乗ったんだな」

「あぁ」

「そして、そいつがこの街を狙うと言っていたんだな?」

「……あぁ」


 さすがにオウルの仲間のウルフから聞いたとは言えず、俺は点に関してはそんな風に説明をしていた。


「ウルガンディ、名前は聞いた事があるな。何でも『獄炎の貴公子』とか呼ばれてる残虐な魔族って話だが」

「確かにいい性格をしていたな……残虐な上に、人の話は聞かないわ、勝手に人の事恨んで放火して逃げるわしてたが」

「……魔族を単独で退ける冒険者なんて、そう多くは無いんだがな?」


 俺の言葉に苦笑いを浮かべながらそう返すブリッツ。

 まぁ、確かにあいつの使える魔法の属性と、今俺が扱える精霊の種類が上手く嚙み合ったからあんなにすんなり撃退できたってのはあるけどな。


「しかし、お前さんも相変わらず大変だな。トラブルに巻き込まれやすい性質と言うか、背負うもんが多いと言うか…妹の件にしても」

「ブリッツ」


 ブリッツに呼び掛けてから俺は視線だけをシルフィの方へ向ける。

 それに気付いたブリッツは、小さく苦笑いを浮かべる。


「あぁ、ソレは秘匿事項だったっけな。悪ぃ悪ぃ」

「気を付けてくれよ……」

「?」


 さすがに今の言葉だけでは解らなかっただろうな。

 首を傾げるシルフィの様子に安堵しつつ、俺は視線をブリッツに戻す。


「……で、どうする? 何ならラディスン村近くのあの森へ人を派遣して調べてくれ。まだ魔物の死骸は沢山残ってるはずだ」

「いや、それには及ばんだろうさ。お前さんがこんな大嘘を吐く理由も無いだろうし、そんな事をすればどうなるかも解ってるだろうしな……例えば、さっきの件がばらされるとかな」


 やめてくれ、それは洒落になってない。

 俺が内心で非難の声を上げていると、横で黙って聞いていたシルフィが身を乗り出してきた


「お二人は随分親し気で仲が良いのですね」

「おう」

「いやいや」


 シルフィの言葉に、ブリッツは頷き、俺は否定する。


「なんだ、つれないな。お前さん達が冒険者になった頃からの長い付き合いだろうに」

「そりゃそうだが、あんたは毎回からかいが過ぎるんだよ」

「それはまぁ、大人の特権ってやつだ。若いもんが色々反応見せてくれるのが楽しいのさ」

「ぐっ……」


 俺も最近は、カイルやソマリアをはじめとした新米達を見てると同じ気持ちになる事が多いので否定が出来ねぇ。


「で、では、前にアルスさんとパーティーを組んでいた方々の事も知っていらっしゃるのですか?」


 そんな俺達のやり取りに割り込むようにして、シルフィがブリッツへ聞く。

 シルフィの言葉に、ブリッツは意外そうな顔をする。


「あんた、アルスからは何も聞いてないのか?」

「はい、その……ある時にパ-ティーを解散した事は知っているのですが、どうしてそうなったのかは知らないんです」


 そういえば話した事無かったか。

 シルフィには精霊従技の件も知られているし、別に教えてもいいんだが……


 そんな風に考えていると、ブリッツが黙ったままシルフィーから俺の方へ視線を移す。

 その意図を察した俺は、大きく一つ頷く。


「ふーん。お前がこの件を話してもいいと思える相手が出来るとはな」

「仕方ないさ、彼女は俺のスキルを知ってる」

「ほぅ、なるほどな」


 ちなみに、ブリッツは俺のスキルの事を知っている数少ない人物だ。というか、俺からスキルの事を話した唯一の人物である。


 ともあれ、そんなやり取りをした後、ブリッツはシルフィの方へ向き直る。


「俺が言うのも何だが、今から話す事はアルスにとって重要な事だ。下手をすると命よりもな。他言は絶対に無用……良いか?」


 そう言って真剣な表情を浮かべ、殺気すら漂わせるブリッツ。

 その気迫の鋭さに、隣に居る俺も思わず背筋が寒くなる。

 この人、笑っていたかと思えば、次の瞬間にはこれだけの殺気を放てるんだから、相変わらず恐ろしい。


「……」


 俺はまだ隣でその余波を受けているような状態だからまだいいが、シルフィは当事者だ。

 恐らく俺の何倍も濃い圧を感じている事だろう。


 だが、それでも彼女は退く事なく。


「……はい。お願いします」


 頬を伝う汗を拭おうともせず、ブリッツの方をしっかりと見ながら、シルフィはそう言った。

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