第25話 シルフィVSエミリア


 冒険者ギルドの中は、俺が隅の方で飲んだくれていた頃と同じような賑やかで喧騒が絶えない、いつも通りの雰囲気だった。


「……」


 俺の腕を引っ張って引きずるようにしてギルド内を行く、笑顔を浮かべているはずなのに周囲の人間が黙って道を開ける程の圧を放っているシルフィが居る事以外は。


「何処です?」

「あっち」


 シルフィの、落ち着いているとも、心底冷たいとも感じられるような声に、俺は短く答えてエミリアの居るであろう受付カウンターの方を指差す。

 すまんエミリア、今のシルフィを制御する術は俺にはない。


『アルス、我が感じた恐怖はそんなものではないぞ』


 えぇい、わざわざそんな事を念話で言ってくるなオウル。

 そもそも、あれはお前の自業自得だろうが。俺の場合は風評被害っていうか巻き込まれっていうか……


「あら、アルス……どうしたの、この状況」


 かくなる上は、今日はエミリアが非番である事を祈っていた俺だが、神は俺を見放した。どうやら最後の望みも断たれたようだ。


「あぁ、エミリア、実は」

「初めまして、ですね。エミリアさん」


 腕をぐいっと引っ張って俺の言葉を遮り、シルフィがエミリアに話し掛ける。

 痛いから、ちょっとねじりが入って痛いからそれ!?


「え、あ、はい。貴女は?」

「私は今アルスさんと公私共にパーティーを組んでいますシルフィです」

「何だよ公私共にってあだだだだっ!?」


 抗議の声を上げる俺の腕が、更に容赦なくねじられる。

 お前、俺が抵抗出来ないくらいって、何処にそんな力があるんだよ!?


「……ふーん?」


 そんな俺とシルフィのやり取りを見ていたエミリアは、意地の悪い笑みを浮かべる。

 ……こいつがこういう笑い方する時って、碌な事が無かったような……


「あら、アルス。あの日あの夜に私に言ってくれた言葉は嘘だったのね?」

「……は? アルスさん何言ったんですか?」

「何も言ってねぇしそもそもあの夜ってなんだよあの夜っていてててぇぇぇぇ!?」


 ニヤニヤしながら突拍子も無い事を言い出すエミリアと、それを真に受けて限界まで俺の腕をねじりあげるシルフィ。

 おまっ、絶対この状況を楽しんでるだろエミリアァァァァ!


「そうよね、アルスにはガールフレンドが沢山居るもの……あたしとの事なんて覚えてなんてないわよね」

「はぁ!? アルスさんにそんなに女の影があったなんて初耳なんですけどぉ!?」

「俺も初耳なんですけどぉ!?」


 やめろエミリア、それ以上はやめるんだ。そうでないと俺の腕がお亡くなりになる。

 シルフィはシルフィで、限界が来てブチ切れたせいか、さっきまでの笑顔から一転鬼のような形相になるし。


『モテる男はつらいな、アルスよ』


 うっさいオウル!

 お前ちょっと笑ってるの、この位置からでもしっかり見えてるからな!


「え、えっと……どうなってるんです?」

「アルスさん、それ、腕大丈夫なのか?」

「どうもこうも、アルスさんが女たらしなのがいけないんです! あとアルスさんの腕は大丈夫です!」


 いや大丈夫ってお前が言うなシルフィ!?

 そもそも女たらしでも無いからな!?


「まああれだよな。アルスさんすげーしカッコイイし、女性にモテてもしょうがないよな」

「そうだね……そういえばカイル、アルスさんみたいに格好良くなるんだーって、髪の長さや色とかを、アルスさんと同じように、肩まで伸ばして水色に染めるんだーとか言ってたっけね、一時期」

「う、うっせ! それ、アルスさんの前で言うんじゃねぇよ! そ、それにほら、アルスさんがモテるのもなんだっけ……英雄色を好むとかっていうやつだよな?」

「……カイル、それ今言っていい言葉じゃないと思うよ?」

「おぉぉぉぉ!?」


 俺の状況そっちのけで暢気に話しているカイルとソマリア。

 そしてカイルの言葉に、シルフィが俺の腕をつかむ力が更に増す。

 カイルお前余計な事言うなぁ!?


「……ぷっ、あっはっはっはっは!」

「な、何がおかしいんですか!?」

「だ、だって……貴方達が思った以上にドタバタし過ぎるもんだから、つい、ね?」


 俺達のやり取りを見ていて我慢の限界がきたのか、腹を抱えて笑うエミリア。お前本当良い性格してるな。


「え、えっと……?」

「大丈夫。あたしとアルスの間には何も無いわ。アルスにガールフレンドが沢山居るっていうのも、あたしが知る限りは無いわよ」

「あ……そ、そうなんです……ね?」


 急に声のトーンが下がり、若干冷静さを取り戻すシルフィ。


「シ、シルフィさん? そろそろ腕を離してくれやしませんかね?」


 だがしかし、俺の腕を捻る力は全く衰えないままだった。


「……お前等、何やってんだ?」


 そんな俺達に、ギルドの奥から声が掛かる。

 声のする方へ視線を向けると、受付カウンターの奥にある二階に繋がる階段を降りてくる人影が一つ。


「や、やぁ、ブリッツ」

「……ふむ」


 声の主は、このギルドのマスターであるブリッツ・ロードミリオン。もう十年近く、このサディールの冒険者ギルドの責任者……ギルドマスターを務めているオッサンだ。

 見た目は渋いイケメンオッサンという感じで、とてももうすぐ五十になるって風には見えない若々しい容姿で、背は俺と同じくらいの長身。

 トレードマークの短髪の赤髪と赤い無精髭に、真っ赤なマントを羽織り、他の服装も全体的に赤基調っていう、何とも目に優しくない出で立ちだ。その容姿と得意な戦闘法から、『真炎』の二つ名を持つA級冒険者でもある。

 『真炎』の名の通り炎の魔法を得意とし、その真紅のマントの下に隠された腰に備えた刀を用いて、烈火の如く敵を斬り伏せる荒々しい戦い方を好むって話だ。


 実力だけならS級冒険者にも相当するっていう話で、俺はブリッツが戦っているところを見た事は無いものの、その雰囲気と感じられる魔力から察するに、ひょっとしたら俺が精霊従技を用いても勝てないんじゃないかと思う数少ない相手のうちの一人だ。


「”また”異性のトラブルか? アルス」

「おまそれ今は洒落にならねぇぇぇぇぇい!?」


 ……そして、こういう意地の悪さも、油断ならない人物でもある。

 っていうか、このギルドこんなやつばっかりじゃねぇか!?

 俺はシルフィの怪力に悲鳴を上げながら内心で突っ込む。


「はっはっは……アルスが女の尻に敷かれる日が来るとはなぁ」

「シ、シルフィ、あいつが此処のギルドマスターだ。ほら、あの件を報告しないとだろ!?」

「……そうですね」


 不満気な様子ではあるが、ようやくシルフィが俺の腕を離してくれる。


「アルスさん、あとで色々聞かせてくださいね? 説明を……」

「……あ、あぁ……」


 だから笑ってるけど眼が笑ってねぇってば。

 これはきちんと誤解を解いておかないとな……


「で、報告するような事が何かあったんだろ?」

「……そうなんだが、場所を変えても良いか? ここだとさすがに内容的にちょっとな」


 そう言って俺は周囲を見渡す。

 先程までのシルフィとエミリアの騒動のお陰で、冒険者ギルドに居る人間ほぼ全ての眼がこちらに向いてしまっている。

 この状態で、氾濫を故意に起こそうとしていた魔族が居たなんて話をしたら、さっきの騒動以上の大騒動になるだろうな。


「ふむ……なら俺の部屋で話そう」

「解った」


 振り返って階段を上っていくブリッツ。

 俺はシルフィに散々捻られてまだ痛みが残る腕をさすりながら、その後へ続いた。

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