第22話 わんこ(巨大)の従属


「さて、どうしたものかな」

「え、サディールへ戻られないんですか?」


 悩む俺の様子を見て、シルフィが意外そうな声を上げる


「いや……シルフィの方は良いのか、戻っても。俺を連れて行くようにって言われてるんじゃ?」

「確かに私はアルスさんを国へ連れて帰る使命を帯びていますが、一時も早くという程せっかちな話ではありませんし」


 精霊王の不在って、割と大変な事態ではあると思うんだけどな……その辺は長命種であるエルフならではの感覚なんだろうか。


「それに、あれだけの数で氾濫を起こされたら、サディールだけではなく近隣の諸外国や都市の危機となるでしょうから。私の国も他人事じゃありません」


 崖下の、先程俺とオウルで屠った魔物の死体の山を見ながら続けるシルフィの言葉に、俺は納得せざるを得なかった。

 確かに、あれだけの魔物による氾濫が起きたなら、被害はサディールだけには留まらないだろう。しかもその氾濫には明確な扇動者が居るとなれば大きな脅威だ。


「とはいえ正直な話、これだけの規模の氾濫を未然に防いだ直後で、今すぐあのウルガンディってやつがどうこう出来るとは思えないんだよな」

「それはそうですね。ですが、あの魔族がサディールを狙っていると、注意喚起をしておく位はした方が良いのではないでしょうか? 再発を防ぐ備えをする為にも」

「……確かにな」


 俺はシルフィの意見に同意し、オウルの方へ視線を向ける。


「そんな訳で、俺達はサディールって町に向かうので、ここでお別れかな」

『ふむぅ』


 何やら不満気な声を上げ、彼が率いる群れの面々の方へ顔を向けるオウル。


「?」


 どうしたのかとしばらく眺めていると、不意にオウルが此方に向き直る。


『今、皆と相談したのだが、我もお前達についていこう』

「はい?」


 思わぬ話に変な声が出てしまった。

 いや、ついていくったってお前……そもそも、後ろのウルフ達寂しがってないかあれ。なんか遠吠えしてるやつとか居るし。


『あの魔族は我が同胞を傷付けた。そして今回のやり口を見るに、今後も再び傷付けるかもしれん。そうであろう?』

「確かにな」

『であれば、奴が次に何をするか動向を探っておけば、同胞達が犠牲になる前に対処できる。今の話を聞くに、お前達はあの魔族が狙っていると思われる町へ行くのであろう?』

「あぁ、そういう事になるが……」

『ならば奴に関する何かしらの手がかりがつかめるかもしれん。上手くすれば奴自身と会える可能性も……という訳だ』


 オウルの言う事は解る。解るんだが……お前さんの後ろでウルウルした眼でお座りしているウルフの群れの視線が痛い。今後ウルフを討伐する時に思い出して、倒すのを躊躇ってしまいそうなまである。


『そしてアルス、お前は我の主となれ』

「……は?」

『一緒に戦って確信した、お前は我より強いとな。強い者に従うのは別におかしな事では無かろう?』

「いや、そう言われてもなぁ……」


 自然界とかなら、そりゃそうなんだろうけど……


『それに何より、お前達には我が同胞を助ける為に協力してもらった恩がある。その恩を果たす為にも、今度はお前達に我が協力しようと思うのだ』


 そう言って真剣な眼差しで俺の眼を見てくるオウル。

 それは最初出会った時のような試しの視線では無く、信じる者へ向ける信頼の視線だった。

 ……ただ、お前、大きさがなぁ……


『あぁ、お前の考えている懸念は解るぞ。少し待っていろ』


 オウルは俺やシルフィや他のウルフ達から少し離れ、天に向かって一鳴きする。

 すると、みるみる内にその身体が縮小し、普通のウルフと変わらないサイズにまで小さくなってしまった。


『このサイズなら心配無いだろう?』

「お、お前……そんな器用な事が出来るんだな」

「身体の大きさを変えられるウルフが居るなんて……私も初めて見ました」


 俺とシルフィが驚く様を見て、鼻をふんっと鳴らしてドヤ顔のオウル。

 その反応は少々憎たらしいが、ブンブン振られている尻尾がとても可愛気があるので、まぁ良しとしよう。


『人間は服従した魔物を従えると聞く。あとはその様にしたら良いだろう』

「確かにそういう例も無くは無いが……あれはテイマーとか、そういう専門職のやつだから出来る事で、そうでない人間には」

「いえ、出来ますよ?」

「そう、出来……え?」


突然のシルフィの言葉に、思わず彼女の方へ振り向く。

そんな俺を、シルフィはさも当然と言った表情で見つめている。


「本来、テイマーと呼ばれる職種の方々も、その職だから出来る訳では無いんです」

「……と言うと?」

「魔物を従わせるというのは、従わせたい魔物の魔力よりも、保有している魔力量が多ければ可能なんです。あとは従わせる側と従う側に同意があれば、テイマーでなくても従属させる事は出来ますよ」

「それ、初耳なんだが……」


 世間一般では、テイマーでないと魔物を使役出来ないというのが通説だ。

 しかしシルフィは人差し指を立てて自分の眼前に掲げ、チッチッチッと言いながら左右に揺らしつつ、俺の言葉に答える。

 どうでも良いが、その仕草がちょっとしゃらくさい。


「そうですね、アルスさんの周りでは知られていないかもしれません。ですが私の国では、魔物と契約する事は一般市民でも行っている事ですので」


 そういやシルフィってエルフだったっけ。すっかり忘れていた。

 アルカネイアは森林地帯が多いからか、主に森を住処にする魔物の数も多いと聞く。

 エルフは自然を尊重する種族だったはずだし、住居も森のすぐ傍や森の中だったりするから、魔物による被害を抑える為にも、そういう技術が発達していてもおかしくはないのかな。


「魔力の感知や把握に疎い人間では、テイムする際の状態を正しく理解していないだけです。あ、でもアルスさんは疎くないですからね? 悪口言ってる訳じゃないですからね!?」

「解ってる。解ってるから続きを」


 自身満々に語り出したり、急に変な所で気にしたり、忙しいやつだなぁ。

 そんな風に思いながら、俺は話の続きを催促する。


「コホン……要は、同意があって魔力を通わせて契約すれば、テイマーでなくても従わせる事は出来ます。ただし、その際に主側の魔力量が、従わせたい魔物の魔力を下回っていると、破裂します」


 破裂って、こわっ!?

 思ったよりヤバい事だったんだな、魔物との契約って。


 実は魔力という物は、人間や魔物、あとエルフや魔族……他にも幾らかあるが、大体の種族は生まれながらに持っていて、少しでもあれば魔法を行使する事は出来る。

 ただ、その総量で扱える魔法や威力等が決まってしまうため、魔法使いなんかは魔力を鍛える修行や訓練なんかをするんだよな。

 テイマーの修練にも魔法使いの修行法が取り入れられてるのは、もしかして魔力の総量を増やす為って事なんだろうか……テイマー自体が希少な職種なのもあり、門外漢過ぎて俺も詳しくないから何とも言えないけどな。


 ちなみに魔力ってもの自体も謎なものではある。

 体内に作ったり貯めておく器官なんてものは無く、瞑想だったり持ってる魔力を使い切るまで使い続けると言った、伸ばしたり育てる方法は確立されているものの、いまだにその実態が掴めないものだったりする。

 そのため、魂が魔力に変換されてるんじゃないかとか、生物に備わっているのではなくて大気中に常に存在していてその都度利用しているのではとか、果ては前世での善行や悪行で決まるなんていう突飛な意見まである。


「それから、私から見る限りですが、アルスさんの魔力は確かにオウルさんの魔力より多い……いえ、多いなんてものじゃないですね。アルスさんにはアレのおかげでウンディーネも居ますから」

「あぁ、なるほど」


 オウル達の手前、俺のスキルの事をややぼやかしながら行われるシルフィの説明を聞きながら、俺は過去の精霊達との契約を思い出す。


 精霊との契約って言うのは、爆発したり破裂したりする事は無く、契約した精霊の魔力も、全てでは無いが自分の魔力に取り込む事が出来る。その代わり、契約を解除してしまうと精霊から貰った魔力も無くなってしまう。


 魔物を従わせたり、魔物と契約した事なんて経験は無いが、精霊なら何度か契約した事があるからな。破裂するかもってのは別として、感覚的にはあんな感じだろうか。


「つまり、テイマーは魔力量が多くないとなれないっていうのは、それが原因なのか」

「そうですね。あと、人間が扱う術式だと、従わせると破裂するような相手は従わせられないような保護処理がされているみたいですね」

「そうなのか」


 保護処理か……多分、昔不慮の事故で死んだテイマーとかが沢山居たからなんだろうな。

 俺もそれなりに冒険者を長くやっているが、まだまだ冒険者絡みで知らない事もあるもんなんだな。


『……なぁ?』

「ん?」

「え?」


 話し込む俺とシルフィに、横から不意に声が掛けられる。

 その声の主の方へ視線を向けてみると。


『それで、我はいつまで待っていれば良いのだろうか?』


 とても困ったような顔で、姿勢正しくお座りした状態で待機しているオウルが居た。

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