第21話 嵐の後の嵐
ウルガンディが去った後、地獄絵図とも言える状況が展開されていた。
見当通り、此処ら一体に集まっていた魔物達はウルガンディに統率されていたようで、奴が逃げ去った後、魔物達は皆我に返ると共に、今度は本能のままに互いに争い始めたからだ。
数百……いや、千にも届くか。それくらいは居る数の魔物の争いなんて、見るのも勿論だが巻き込まれるとなれば、それはもう堪らない。命が幾つあっても足りない。
「オウル! このままじゃ俺もお前も、お前の群れも危険だ! 離脱するぞ!」
『承知した!』
俺はオウルの背に乗ると、先程ウルガンディとの戦いで行ったウンディーネの使役を行う。
といっても、今回は敵を傷付ける訳じゃない、むしろ身を護る為の行動だ。
俺はウンディーネの力を借りて、俺とオウルの体表に魔力の水の膜を張る。
この膜、見た目はただの薄い水の膜だが、精霊が作り出した物だけにちょっとやそっとでは傷付いたり割れたりする事は無く、その強度は、怪力で知られているマッドグリズリーが、その強靭な腕で渾身の一撃を放ってもびくともしないくらいに堅い。
『我のつやつやの毛が……!』
「えぇい! それくらいは我慢しろって!」
突然水に覆われて濡れた事で、オウルが悲鳴のような声で念話を送ってくる。
……こんな時に毛づやを気にしてる場合か。
「まぁ、ともかくこれで大体の魔物の攻撃は防げるはずだ。魔物が行きかう中でも突破できるはずだ」
『……ならばアルス、一つ良いか?』
「ん?」
『救える限りの同胞は救いたい』
この混戦状態の中でのそれはつまり、自ら魔物同士の争いの中に飛び込んで行くと言う事だ。
普通なら自殺行為とも言えるし、どれだけ俺やオウルが頑張っても、救えないウルフ達も出てくるだろう。
『頼む』
だが、だからといって見捨てるという選択肢を選ぶのも少々目覚めが悪い。
それに、オウルが居なければこの疑似氾濫とでも言うべき状況を、食い止めるどころか察知できなかっただろう事もある。
ならば、出来るだけオウルの希望には報いてやりたい。
まぁ、ウンディーネの力で張ったこの水の膜があれば大丈夫だろう。
といっても、この水の膜で周りを纏っている間は、ウンディーネへの結構な負担が続くので、そう長く張り続けるってのも出来ないんだがな。
「……解った。ただし俺とお前の命が優先だ」
『それで構わぬ。我とてこの状況を理解はしている』
「あぁ……じゃあ、行くぞ!」
『応!』
そして俺とオウルは血みどろになって争い合う数多の魔物の中に飛び込んで行った。
数刻後。
「なんで二人ともそんな無茶するんですか!」
俺とオウル、そして救い出したオウルの同胞のウルフ達は、崖の上で竜巻を維持していたシルフィの元へ帰り……怒られていた。
オウルや他のウルフ達は皆お座りポーズで耳を下げてうなだれている。
なんだか悪戯をして怒られてる飼い犬って感じで可愛いな、こいつ等。
「アルスさん! 聞いてます!?」
……そういや、俺も怒られてるんだった。
「いや、あのままだとオウルの仲間がやられそうだったし」
「そうだとしても! 自分からあの中に突っ込んでいく人がありますか!」
シルフィが崖下を指差す。
そこには無数の魔物の死骸が転がっていた。
折り重なったりしていて正確な数は解らないが、数十体……いや、百体分くらいあるかもしれない。
「我ながらよくもまぁここまでやったよなぁ」
「そうですね……ってちがーう! そういう事じゃないです!」
一回納得してから突っ込んでじたばたと暴れるという、器用で慌ただしいムーブを見せるシルフィ。
まぁ確かに、あの数の魔物の中を、切った張ったしてるのを見せられたら、平静じゃいられないか。心配するのも当たり前と言えば当たり前か。
「あー、シルフィ?」
「……なんですか?」
「心配かけてすまない」
「……解れば良いんです、解れば」
頭を下げて素直に謝ると、まだ少し膨れっ面だが、多少は落ち着いた様子でシルフィが答える。
……まぁ、とりあえず……これでお説教の時間は終了かな?
そんな風に思いながら、俺は先程シルフィが指していた、崖下の惨状に目をやる。
「それにしても、こいつ等……何の為にこんなに集められたんだろうな」
「そういえば、結局目的は解りませんでしたね」
『……あー。少し良いか?』
俺とシルフィが崖下を眺めながらそんな話をしていると、お座りポーズのままのオウルが、申し訳なさそうに右前足を上げて話し掛けてくる。
「どうした? オウル」
『いや、救出したウルフの中に、あのウルガンディとかいう魔族の独り言を聞いていたという者が居てな。何でも近くの人間の住処を襲うだとかなんだとか言っていたそうだ』
「近くの人間の住処……ラディスン村か? でもそれにしてはこの規模は……」
「あの村でしたら、ここまでの魔物は必要ない気がしますね」
確かに交通の要所の一つではあるが、ラディスン村自体は難攻不落の要塞という訳ではないし、ここまでの数の魔物を揃える必要は確かに無いだろうな。そうなると……
「……なぁ、その街の名前か何かは聞いてなかったのか、そのウルフは」
『ふむ、確認してみようか』
オウルがウルフの群れの方へ振り向くと、一匹のウルフがオウルの傍に寄っていく。
ウルフがオウルに寄り添い、それから二匹が微動だにしないまま、少しの時が流れる。
きっと念話ででも話をしているのだろうな。
『……なるほど』
「解ったのか?」
『いや、人語は聞き取るにも馴染みが無くてうまく覚えていないようだったが』
「そ、そうか」
申し訳なさそうに伝えてくるオウル。まぁウルフだしな、仕方ないか。
『なんでもサデルーだかサディルだか言っていたらしいが』
「……もしかして、サディールか?」
オウルから伝えられる言葉に、嫌な予感がしながらその名を口にすると、先程オウルに近付いていったウルフが天を仰ぎ大きく吠える。
『それだそうだ』
大体こういう時の嫌な予感ってのは当たるよな。
俺はこめかみを抑えながら、そう思った。
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