第12話 ある女の視点(2)
姿を消さずにアルス様と並んで街を歩くという、降って湧いたような幸運を噛みしめながら行くこと十数分。アルス様と私はアルマイト商店と書かれた看板が掲げられている店の前に立っていた。
アルス様がその店のドアをゆっくりと開くと、綺麗なドアベルの音が鳴る。
慣れた感じで中に入っていくアルス様に続いて店内に入ると、そこはまさに店という感じの内装だった。
店の真ん中に小さなテーブルがあり、そこと壁に備え付けられた商品棚。その商品棚に並ぶ様々な商品。置いてある品それぞれ全てに値札や説明書きがあるところを見ると、各所に置かれているこれらの品は全て売り物なのだろう。
私はその品数に呆然とする。祖国で一番大きな道具屋と同じか、ひょっとするとそれ以上の品揃えだわ、これは。
「いらっしゃい……ってなんだ、アルスさんか」
店内を見回していると、店の奥から先程のベルの音に負けない良く通る声が聞こえた。その声の主を探ると、店の奥にあるカウンターから此方を見つめている少女が一人。
「なんだってのは随分だな、リーシャ」
「へへへ、ごめんよ」
リーシャと呼ばれたその少女は、可愛らしい笑みを浮かべる。
短髪の赤髪が良く似合っている、愛くるしいという表現がぴったりな女の子だ。
着ているのがつなぎの服なのが残念だわ。きちんとおしゃれしたらとっても可愛く化けるんじゃないかしら。
「アルス、この子は?」
何か嫌な予感がした私は、アルス様へそっと尋ねる。
「あぁ、この店の娘さんでリーシャって言うんだ。たまにこうして店番してるんでその時に話したりしてるんだよ」
「……そう」
その程度の付き合いの割には、とっても仲が良いというか、親し気と言うか。あの笑顔がいわゆる営業スマイルと言うやつなら良いのだけど。
「ばっかじゃないの!? アホなの!?」
二人の様子を交互に見ながら、拭えない不安感の正体を探っていると、不意にリーシャという少女の呆れたような声が店内に響いた。
どうやら水龍の依頼を引き受けた事に驚いているようだ。本当に水龍だったらかなり危険だから当然と言えば当然よね。
「まぁ、前に何度か討伐した事あるし行けるだろ。そもそも今は調査段階でまだ水龍と決まった訳でも無いしな」
「そうなの? ……わかった、ちょっと待ってて」
本気で心配しているのだと、一目で解るくらいに不安そうな様子のリーシャさんが、自身の両手で顔をぱちんとはたいて気合を入れ直した後、店内の商品棚から幾つかのアイテムを取ってくる。
「それなら、はいコレ。一応説明しとくね。小瓶のは……」
そして彼女は、すぐさま取ってきたアイテムの説明を始める。さすが道具屋の娘さんだけあって、その説明には淀みが無かった。
「……って感じよ。本当に水龍だったとしてもこれだけ揃えておけば申し分ないはず。全部で銀貨十枚で良いわ」
「あいよ。いつもありがとうな」
「へへへ、毎度ありぃ」
アルス様が銀貨を十枚差し出すと、リーシャさんはその銀貨を両手でしっかりと、大事そうに受け取る。その表情はどこか楽し気と言うか、嬉しそうと言うか……
「それじゃあ、また来るな」
「うん」
そんなやり取りをして、私達が店から出ようとした時。
「……ねぇアルスさん」
不意に後ろから声が掛かる。声の主はとても不安そうな心配気な表情でアルス様を見つめていた。
「ん?」
「その……無事に帰ってきてね? 僕、待ってるからね?」
「あぁ、ありがとうな」
アルス様が返事をすると同時に店のドアが閉まる。ドアが閉まる直前に隙間から見えたリーシャさんの表情はまるで……
「……」
「どうした、シルフィ?」
店を出てからずっと黙っていると、不意にアルス様が話し掛けてくれた。
でも私はさっき見たリーシャさんの表情が頭から離れなくて、落ち着かない時にいつもよくやる、髪の先を弄る癖を抑えられずにいて、思わず自分でも不機嫌だと解る位の口調で。
「ライバル」
とだけ返して足を速める。
だって、あんな顔を赤くして、まるで泣きそうな、恋人が危険な所へ向かうのを心配そうに見送るような、そんな表情をしているのを見てしまったら……ねぇ?
「へ? ……あ、おい。置いていくなよ」
置いてきぼりを喰らって慌てるアルス様の声を聴きながら、多分あの子の気持ちに気づいてないんだろうなぁと、そんな事を考えていた。
翌日。
私達は水龍の調査討伐……本当は水龍なんて居ないけど……に向けて街道を歩いていた。
道中アルス様が何度も様々な話題を振ってくれるけど、あの道具屋を出てから気分が晴れない私は、素っ気ない返事ばかり繰り返してしまう。
理由は解ってる、街を出発する前に寄った道具屋での、アルス様とリーシャさんのやり取りと、彼女のあの表情を見てから、心がモヤモヤとして困る。
わざわざアルス様の好みの色に変えた、この綺麗な黒色の髪の毛も、指で巻き過ぎて令嬢のイメージでよくあるドリルみたいになってしまいそうだわ。
……ううん、ちょっと待って。
そういえばそもそもアルス様の趣味ってどうなのかしら?
「……ねぇ」
「ん?」
「アルスは少女趣味なの?」
そんな疑問が浮かんだ瞬間、私は思わず口にしてしまっていた。
いやいや、いくら何でもその聴き方は無いでしょ、私!?
「おいこらまて急に何を」
ほら、アルス様滅茶苦茶こけてる!で、でも確認は大事よね……
「違うの?」
「違うわ!」
「違うのね」
ほっと一安心……とりあえずアルス様ロリコン疑惑は晴れそうね。
というか、もしアルス様がロリコンだったら、私の年齢的には絶望的だったから、そうじゃなくて本当に良かったわ。
だって私の年齢だと……いいえ、それは些細な事だわ。愛があれば何とでもなるはずよ、うん。
「あぁ。ってかなんでそう思った?」
あまりに唐突な質問をされた為か、アルス様が聞いてくる。そうよね、何でって思うわよね。逆の立場なら私でもそう思う。
「ほら、街で必要な物を調達する時に寄った道具屋さんの女の子と、やけに親し気だったから」
「あー……リーシャか。あいつは可愛い妹みたいなもんだからな。もっと小さい頃から知ってるし。ある意味家族みたいなもんだ」
その説明を受けて私はうんうんと頷く。
「なるほど」
「解ってくれたか」
「小さい頃から(恋心を)育てて今に至ると」
「え?あぁ……まぁ、そういう感じ、かな?」
とりあえず解った事、アルス様は鈍感。
そうなると、水龍騒動が無事に解決したら、すぐに率直に言ってしまった方が良いかしら。私と夫婦になってって。
「……えっと、そういえば今回の依頼なんだが」
この後の事をあれこれ考えていると、再びアルト様の方から話し掛けてくれた。
「えぇ、何か気になる点があったかしら?」
「この調査対象が本当に水龍だった場合、間違いなく激しい戦闘になるだろうし、そうなると自衛手段が必要になるが……シルフィは大丈夫なのか?」
「ふぐぅ!」
急にアルト様が私の顔を覗き込んできて、アルト様の顔が至近距離に迫ってきた事で、一瞬で頭に血が上った私は鼻血を吹いてしまう。
顔が近い!そういう不意打ちは本当ダメですってば!
「!? お、おい、どうかしたか?」
「……何でもないわ、大丈夫。一応風と水と土の魔法は高ランクまで使えるわ」
何とか冷静になって受け答えをする。と同時に鼻から垂れてる血を拭う。
まさか鼻血を吹きだすなんて思わなかったわ、それもアルス様の前で……あぁ、はしたないわ。
私は動揺を上手く隠して、その後は具体的な動きを詰めたりしながら、二人で街道をゆっくり歩いて行く。これはこれで散歩デートみたいで良いわね、なんて。
「ふふ、ふふふ……」
そう思い笑みがこぼれる私を、何故かアルス様がじーっと見ていた。
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