第13話 ある女の視点(3)


 依頼で指定した場所へ向かう途中の、ある日の夜。

 アルス様と私は、それなりに見晴らしの良い場所で、焚き火を囲んで野営をしていた。


 気にしていた事も解決して心のモヤモヤも治まり、雑談に興じながらしばらく過ごし、今は依頼の打ち合わせ中。

 私は水龍が本当は居ないのを知ってるからあんまり緊張はしてないけど、アルス様はもしもを考えて慎重になっている。真剣に依頼に向き合うアルス様も良い……


「なら、とりあえず俺がまず滝壺付近へ降りるから、シルフィは安全が確認出来てから降りてきてくれ。周囲の地形はすり鉢状になってるから、一旦降りるとなかなか抜け出すのは困難だしな」

「あら、私は一緒でも大丈夫よ?」


 真剣な表情のアルス様に合わせて、私も真剣な表情でそう言うと、アルス様は首を横に振って。


「雇い主を危険に晒す訳にはいかない」


 じっと私の目を見てそう答えた。


「……それって、私が危険な目にあわないようにと心配してくれてる?」

「あぁ」

「そう……」


 アルス様が私を心配してくれてる……アルス様が私を心配して……


「くふっ……くふふっ……」


 そんな状況に思わず変な笑みがこぼれる。そうなってしまう事は予想済みだったのでアルス様から顔を背けつつ……うん、大丈夫、気付かれてないはず。

 そんな楽しいやり取りを交えながら、夜は更けていった。




 最初の頃のようなモヤモヤを発生させる事も無く、道中は順調に進み、そして数日後。

 私達は依頼で調査を指示された(と言うか私が指示した)滝に来ていた。


「それじゃあ事前の打ち合わせ通り、まずは俺が行くから何かあればフォローを頼む」

「解ったわ……気をつけて」


 そう言ってアルス様が滝の方へ向かうのを見送る。

 後は水龍を模したウンディーネを出現させて、アルス様が本当にあのスキルを使えるかを確認するだけ。

 そして、実際に目にして確かめてからが、私に課せられた使命。


 一人になった私は、ふっとあの日を思い出す。


 遠見が出来る城の一室で、水晶玉越しに初めてアルス様を見た時の事。その時のアルス様は、精霊を三体も従えて、巨大なドラゴンを仕留めていた。

 その姿を見た瞬間、私に生まれて初めての感情が走った。

 ドラゴンを斬り伏せる勇姿、その凛々しいお姿。その全てがきらきらと輝いて見え、まるで物語の中から飛び出した王子様のように映ったのだ。

 あの時、私はアルス様に一目惚れしてしまったのだ。


 剣を振ってドラゴンの血を振り払うアルス様。

 何事も無かったかのようにドラゴンの死骸に背を向け歩き出すアルス様。

 そんなアルス様に飛びつく女性……いやあんた誰!?


 後に色々と調べて、その女性がアルス様の妹だと知ってほっとしたり、アルス様の持っているスキル精霊従技が、長年求めていたスキルである事を確認したり、アルス様の好みの女性のタイプを探ったり(黒髪の女性らしい)、とにかくアルス様に関する事は調べられるだけ調べた。

 それは、私自身の為でもあったけれど、何より国王であるお父様からの厳命があったから。


 『齢三十前後の精霊を従える事が出来る人間を探し出せ』……それがお父様から私へ与えられた王命。

 私には兄と姉と妹が居るけれど、その中で私に白羽の矢が立ったのは、きっと私が人間を嫌っていないからだろう。


 そんな訳でアルス様の調査は順調に進んだのだけれど、ただ一つ気掛かりだったのは、ここ数年のアルス様の様子を観察していると、ある時期を境に精霊を一切使役せずに魔物を退治していた事だった。


 もしかしたらスキルを使えなくなったのか、それとも使わない事情があるのか。事情があるとしても、それは映像しか移さない水晶玉越しでは解らなかった。


 ならば、直接会いに行って確かめればいい。

 そんな建前……もとい、理由を胸に、私は直にアルス様に会って確かめる事にし、今に至る。

 決して生アルス様を見たかったからではない、決して。


「……そろそろ頃合いね。行きなさい、ウンディーネ」


 此処までの経緯を思い返しながら、アルス様がちょうど滝の傍へ着いた頃合いを見て、私は宙に手をかざし、契約している水の精霊ウンディーネを呼ぶ。


 伸ばした手のひらに小さな魔法陣が浮かび上がり、その先の虚空に水で出来た小人のような存在が現れる。

 その小人はくるっと踊るように回ったかと思うと、姿形を水の龍に変えて水場に飛び込んだ。後はこの滝の水を吸収して水龍に見せかけられるくらい巨大化してくれるでしょう。


 さて、それじゃあアルス様がスキルを使えるかどうか……試させてもらいましょうか。




 瞬殺だった。

 それどころか、ウンディーネと対峙した際のアルス様の様子からして、一目見ただけで水龍ではないと見抜かれていたようだ。

 そしてその後の精霊従技。

 簡単に呼び出しはしたけど、ウンディーネはそんなに簡単に契約したり呼び出せる精霊じゃない。それをあんなに簡単に従えるなんて。


 あっさりとウンディーネを従えた際のアルス様の鮮やかな手際、表情……あと、ウンディーネが擬態した水龍へ剣を向けた際のたくましい二の腕と胸板を思い出す。

 ウンディーネと視界を共有していたから、そんなアルス様を真っ正面から見られた訳で……役得役得。

 私はウンディーネ越しに見たアルス様の姿を反芻しながら、アルス様が降っていった斜面の先を眺めていた。


「……はっ、いけないいけない!」


 先程見た光景に浸っていた私は、視線の先から聞こえる足音で我に返る。アルス様が戻ってきちゃう!

 それに、最後にウンディーネの視点から見た感じからすると、多分私が今回の一件を仕組んだ事がばれてるんじゃないかしら、これ……


 さすがにいい気はしないわよね……騙されてた形になる訳だから。どうしたら良いかしら。本当に今でも精霊を従えられるか試さないと駄目だったとはいえ、こんな事で嫌われたりしたらそれこそ生きていけない!


 そう言えば東の地の文化に、最大級の謝罪の意を示す作法があったわね。

 確か正座って形で座り込んで、上半身を低く低くして、頭を下げるくらい低くして……


「……なぁ」

「はい」

「なんであんた、土下座してるんだ?」


 そして、私は土下座でアルス様を迎えた。

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