第11話 ある女の視点(1)
私シルフィが、やや重たい頑丈そうな扉を押し開けると、目の前には酒場と見間違うような、酒盛りを楽しむ人々と、飛び交う喧騒という光景が広がっていた。
此処はサディールの冒険者ギルド。そんな騒々しい冒険者ギルド内を目を凝らして眺める。
(居た、見つけた。間違いない)
目当ての人物が目に留まると私の胸が弾む。
あの方がアルス様……アルスラーン・サヴァイド様。精霊を従えて操れる、精霊従技という特別なスキルを持った剣士。
よく誤解されがちだけど、魔法とスキルは似て非なるもの。
魔法は習得しようとすれば、才能がある人なら誰でも習得出来るのに対して、スキルは持って生まれて来ない限りは基本的に後天的に習得する事は出来ない特別なもので、スキルを持って生まれてくる人間はとても希少らしい。
そんなスキルの中でも、精霊従技という特別なスキルを持っているアルス様が目の前に居る。その事に私の胸は否応無しに高鳴る。
「相席良いかしら?」
そんな動揺は隠しながら、私はアルス様に話し掛ける……話し掛けちゃった、話し掛けちゃったわ!
こ、これで断られたら年単位で立ち直れないかも……
「ん?……構わないよ」
よっしゃー第一関門突破ー!
……こほん……落ち着いて私?
「ありがとう」
内心は表には出さないようにし、私は努めて冷静な様子を装い、アルス様へお礼を言ってすぐ横の椅子に座る。
いやぁぁ!アルス様が近いぃぃ!
「貴方、雇われ冒険者のアルスよね?」
「そうだが」
「私はシルフィ。ちょっとした討伐の依頼があって、貴方を雇いたいんだけど」
「……へぇ?」
「……」
……あれ、私今何してるんだっけ。
憧れのアルス様を前にして、少し意識が飛んでたわ。
例えば悟りを開くってこういう事を言うのかしらと、自分でも妙な事を思いながら、今ここまでの会話を思い返してみる。
うん、大丈夫、変な事は言って無いはず。意識飛んでたのもばれてないはず。
「依頼の内容は……」
しっかり気を持たないと、と気持ちを新たにして話を進めようとすると。
「ちょっと待ちなねぇちゃん!」
「うるせぇな。酒にお前の唾が飛んで入ったらどうするんだよ、ギラン」
「黙ってやがれ! お前にゃ話してねぇ!」
いかつい体格の、斧を背負ったスキンヘッドの変な男が絡んでくる。
は?何この男。
「よぉねぇちゃん! そんなソロのはみ出し者を雇うくらいなら俺を雇った方がよっぽど役に立つぜ!」
やけに喚いてうるさい下品な男ね。
せっかくのアルス様との語らいの時間を楽しんでるところに入ってくるなんていい度胸だわ。アルス様もこんな風に言われたらきっと怒って……って何食わぬ顔でエール飲んでるー!?
そ、そうか。これは試されてるんだわ。こんな粗野な男位は自力でどうにか出来ないと、話を聞いてはもらえないって事ね!
「ごめんなさいね。私はアルスさんに用があって、貴方には無いの。売り込んでくれるのはありがたいけど要らないわ」
「そんな事言わねぇで仲良くしようぜ! なぁ!」
いやぁぁっ!?
なんで突き放してるのに蛙みたいな気味の悪い笑顔を浮かべてんのこいつ!?
「悪い事は言わねぇから俺にしときおわっ!?」
こっちくんなぁ!
ドタンッ!
男が手を伸ばしてきたのに思わず反射的に反応して、風の精霊の力を借りて男をひっくり返してしたたかに床に打ち付ける。
「風か」
そんな私と男の様子を見ていたアルス様がぽつりと言う。
今の一瞬で風の魔法を用いた事を見抜くなんて流石です、アルス様!
「えぇ」
あぁ、なんでこんな素っ気なくしか返事出来ないのわたしぃぃ!?
緊張し過ぎにも程があるわよ!?
「……それで、どうかしら。貴方を雇いたいって話」
とにかくここからよ、ここからリカバリーすれば良いだけの話よ。
私は一息入れて落ち着いた後、先程この転がっている男のせいで途絶えてしまった話を続ける。
「討伐対象によるな。何を狙ってるんだ?」
「これよ」
依頼書をアルス様に見せる。内容は水龍の討伐。
一応調査となっているけど、そもそもこの水龍は、私が水の精霊であるウンディーネを使役して、アルス様が滝に近付いた時に水龍を模して出現させるものなので、もしも他の人が依頼を受けたとしても発見出来ないものになっている。
ちなみにこの依頼は偽名を使って私自身が今日出したばかりの物だったりする。
そうそうこんな依頼が出たりしないしね。
「……はっ? ……水龍だと?」
この反応は、喰いついてくれたのかしら?
「そうよ、水龍討伐。お願いできるかしら」
ぽかんとしているアルス様の表情がなんだか可愛らしい。そんな事を思いながら私は平然と答えた。
その後、無事にアルス様に一緒に依頼を受けてもらえる事となり、アルス様は依頼の準備をするというので一旦ギルドで別れた……ように見せて、こっそり着いていっている。
ちなみに姿はアルス様からは見えていないはずだ。風の精霊であるシルフが隠してくれているからね。
それにしても、街中をこうしてアルス様と並んで歩いていると、デートみたいね。ううん、これはもう実質デート。地元判定で行くならデートだわ。
「水龍、水龍なぁ」
うきうきとした気分でアルス様の隣を歩いていると、何やらアルス様が呟いているのが聴こえてくる。
「調査か……」
あ、あれ、なんか乗り気じゃない?
というか困らせちゃってるのかしら!?
「あら、乗り気じゃなかった?」
テンパってしまった私は、身を隠してる事を忘れて思わず声を掛けてしまった。
「おわっ! ……どっから出てきたあんた」
全く気配を感じないところにいきなり声がしたら、それはとてもびっくりすると思う。だからアルス様がびっくりしたのは仕方ない事だと思う。
そしてそんなアルス様がまた可愛い……って、気を抜いたらまた時間が飛んでしまうわ。危ない危ない。
「何処からって、ずっと居たわ」
どうやら私がシルフを使って姿を消していた事まではバレてないみたいだし、私はしれっとそう答える。
「じゃあなんで一旦別れたんだよ」
「それは」
言えない。
アルス様を横で眺める為だけにあそこで別れたとか言えない。
「貴方が逃げ出さないか確認するため。一回自由にさせてどうするか見たの」
違うのぉ!
信用してない訳じゃないのぉ!?
動揺しパニックになった私は、内心でそんな事を叫びながら、大仰に髪をかき上げて胸を張りとても失礼な事を言ってしまう。
「一回引き受けた依頼はちゃんと果たすよ」
そう答えるアルス様は、見た感じでは気分を害したような様子はなかった。
「そう。なら良いのだけど」
良かった。アルス様が気を悪くしていないみたいで本当に良かった。
こんな失礼なやり取りしかしてない女にアルス様優しい……と言うか、私だってこんな冷たい反応なんてやめてアルス様と仲良くキャッキャウフフしたいのよ!
まだ目的を果たせてないから仕方ないのだけど……
「あー……今から道具屋に行って準備をする予定なんだが来るか?」
「そうね。せっかくだから私も行くわ」
はい、本当のデート来ましたこれ。デートよね?
デートのお誘いで良いわよね?
うへへへ……
心の中で変な笑い声を上げながら、アルス様のありがたい申し出を承諾した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます