第9話 看過出来ない疑惑の発生と怪しい雇い主


 翌日。

 俺達は水龍の依頼をこなすため、目撃されたと言う場所を目指し街道を歩いていた。

 天気がとても良く、依頼で無ければこのままピクニックにでも行きたいような日和だ。

 ただ、俺とシルフィの間の雰囲気はそんな天候とは対照的なもので……


「確か場所は山を越えた先の海岸沿いだったっけか?」

「えぇ」

「水龍を発見した人の証言からすると、目撃された時間帯はまちまちみたいだな」

「みたいね」

「そう言えば正体が水龍じゃ無いとしたらなんだろうな……」

「さぁ」

「お、この干し肉美味しいな」

「そう」


 ……話が弾まねぇし、空気が重てぇ……

 その癖、何でか何度も俺の方をじーっと見つめてきやがるし、アルマイト商店を出てから頻繁に髪を弄っちゃ止め弄っちゃ止めしてるし……何か思うところがあるんだったら、いっそはっきり言ってくれた方がすっきりするんだが。


 結局、依頼に関する話ですら続かないので、話し掛けるのを止め、そのまま無言で道を行く。ある意味水龍を討伐するよりも、やりにくさが半端ないな。


「……ねぇ」

「ん?」


 そんな状態で黙々と歩き続けてどれだけ経ったか。

 最低限の相槌だけを打ってきたシルフィが、不意に俺に話し掛けてくる。


「アルスは少女趣味なの?」

「おいこらまて急に何を」


 盛大にずっこけながらも突っ込みを忘れなかった俺を褒めてくれ。急に何を言い出すんだこいつは。


「違うの?」

「違うわ!」


 真顔で聞き直してくるシルフィに思わず大声を上げてしまう。いけないいけない、この前カイル達に大声出すと危ないって言ったのについ。


「違うのね」

「あぁ。ってかなんでそう思った?」

「ほら、街で必要な物を調達する時に寄った道具屋さんの女の子と、やけに親し気だったから」

「あー……リーシャか。あいつは可愛い妹みたいなもんだからな。もっと小さい頃から知ってるし。ある意味家族みたいなもんだ」


 そう説明をする俺の言葉を聞きながらうんうんと頷くシルフィ。これで誤解は解けそうだな。


「なるほど」

「解ってくれたか」

「小さい頃から育てて今に至ると」

「え?あぁ……まぁ、そういう感じ、かな?」


 気になる言い回しをして、何故かまだジト目でこちらを凝視してくるシルフィ。そんな様子に首を捻りながら答えると、また沈黙が生まれる。なんか気まずいな、この雰囲気。


「……えっと、そういえば今回の依頼なんだが」

「えぇ、何か気になる点があったかしら?」


 妙な雰囲気に耐えきれず話を振ると、先程よりかは機嫌が良い様子でシルフィが答える。なんで急に機嫌が直ったんだろうか?それともそう見えるだけか?

 前々から思ってたけど、女性ってのはよく解らないな……


「この調査対象が本当に水龍だった場合、間違いなく激しい戦闘になるだろうし、そうなると自衛手段が必要になるが……シルフィは大丈夫なのか?」

「ふぐぅ!」

「!?」


 変なうめき声を上げたかと思ったらいきなり鼻血を噴き出すシルフィ。なんだ?新手の魔法攻撃か何かか!?


「お、おい、どうかしたか?」

「……何でもないわ、大丈夫」


 いや、絶賛鼻から血が出てるけど……本当に大丈夫かこいつ。

 俺の視線の先を察したのか、シルフィは慌てて血を拭い咳払いを一つする。


「一応風と水と土の魔法は高ランクまで使えるわ」

「なるほど、それなら堅いな」


 風は汎用的な魔法だが、水と土の魔法は防御に優れた物が多い。それの高ランクが使えると言う事は、自衛手段としては十分だろう。


「って事は、俺はアタッカーに専念出来るって訳だな」

「そうなるわね。貴方の方こそ大丈夫かしら?」

「あぁ、俺はこれがあれば大抵の物は切れるからな。大丈夫だ」


 そう言って俺は腰に差した剣に手をやる。装飾は地味だが、この剣はそんじょそこらの市販品なんぞ比べ物にならない業物だったりする。


「それなら安心だわ。よろしくね」


 そう言って早足になるシルフィ。最初はどうなるかと思ったが、さっきまでの話しにくさはだいぶ抜けたかな?

 多少は解れた場の雰囲気に安堵しながら、シルフィに置いていかれない様に、俺も歩く速さを上げる。


「ふふ、ふふふ……」


 先を行くシルフィに近付くと、今度は何故か嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 ……本当に女性ってのはよく解らないな。

 そんな事を思いながら、俺はそんな彼女の様子を眺めていた。




 その後は多少態度が軟化したように見えるシルフィと、他愛の無い雑談をしながら街道を行き、日が完全に暮れる少し前に適した場所を探して、そこで野営をする事とした。

 そして今、俺とシルフィは、焚き火を囲みながら水龍調査の打ち合わせをしていた。


「……で、昼間確認出来なかったところなんだが、今回の調査の結果、水龍じゃ無かったとしたらどうするんだ?」

「それは有り得ないわ」

「ふむ……最初に声を掛けられた時もそう言ってたが、何か確証があるのか?」

「えぇ、そう。理由は言えないけど、水龍が居るのは確かよ」

「……そうか」


 ぱちぱちと音を立てて燃える焚き火を見つめながら答えるシルフィ。その火に照らされた横顔は確信に満ちた表情をしている。彼女がそこまで言い切れるのは何故なんだろうか。

 まだ多少疑問が残るが、雇われた以上は、依頼を達成する事と、雇い主を危険に晒さないのが、俺の個人的な信条だ。


「なら、とりあえず俺がまず滝壺付近へ降りるから、シルフィは安全が確認出来てから降りてきてくれ。周囲の地形はすり鉢状になってるから、一旦降りるとなかなか抜け出すのは困難だしな」

「あら、私は一緒でも大丈夫よ?」


 そう言うシルフィに俺はかぶりを振って答える。


「雇い主を危険に晒す訳にはいかない」

「……それって、私が危険な目にあわないようにと心配してくれてる?」

「あぁ」

「そう……」


 小さくそう呟いたかと思うと、ぷいっと逆の方を向いてしまうシルフィ。また何か彼女の機嫌を損ねてしまったのだろうか。

 俺がそんな風に思っていると……


「くふっ……くふふっ……」


 なんか変な笑い方で笑ってる……今の会話に笑う要素あったか?

 ますます掴めなくなる雇い主の情緒に、俺は困惑する事しか出来なかった。

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