第8話 水龍討伐依頼?の準備


「水龍、水龍なぁ」


 シルフィとはギルドで一旦別れた後、街を歩きながら俺は独り言ちる。よりにもよってなんて依頼を受けてるんだあのシルフィって女。


 水龍って言えば、本当ならA級冒険者のパーティーが討伐に当たるような危険な魔物だ。それもある程度連携もしっかりした熟練のパーティーでないと討伐は難しいだろう。

 それを俺みたいなソロの冒険者なんかを雇って……他に誰かに声を掛けた感じでも無いしなぁ。まぁ、別に倒せない訳ではないが……


 色々と考えながら、とりあえず目的地へ歩き続ける。

 さすがに水龍はこの前のポイズンフロッグみたいな魔物とは格が違う。ある程度準備を整えて挑まなければ、こっちが討伐される側になる。

 そんな訳で今は、依頼の準備をするため、街の道具屋に向かっているところだ。


 それにしても、少々気になるのが……


「調査か……」


 シルフィが持っていた依頼書の内容が、水龍の討伐じゃなく調査だという事。


 勿論、実在するなら被害が出る前に討伐した方が良い強力な魔物であるし、討伐に関する記載も確かにあるんだが、依頼の内容はあくまで調査が主体。むしろ討伐に関しては、『なお、水龍と確認出来た場合は可能であれば討伐されたし』の一行しかない。

 だらだらと長く水龍の特徴が書かれた文章の最後の一行だけだ。この部分だけを見て討伐依頼と勘違いしたなんて事は無いだろう、さすがに。


 ともあれ、調査って事はまだ水龍と確定してる訳じゃないって事だ。

 ウォーターワームかもしれないし、何らかの自然現象を見間違えたなんて可能性もある。なので、本当に水龍だった場合と、そうでない場合の二種類の準備と対応が必要になってくる。なかなかに面倒くさいんだ、この手の依頼は。


 だが、シルフィは何度聞いても水龍『討伐』の依頼だと言っていた。

 何か、水龍が実在するという根拠でもあるんだろうか?


「あら、乗り気じゃなかった?」

「おわっ! ……どっから出てきたあんた」


 急に横に現れた気配と、耳元でささやかれた事に動揺して変な声が出てしまった。横を見れば、いつの間にかシルフィが並んで歩いていた。


「何処からって、ずっと居たわ」

「じゃあなんで一旦別れたんだよ」

「それは、貴方が逃げ出さないか確認するため。一回自由にさせてどうするか見たの」


 髪をかき上げながら、しれっと答えるシルフィ。

 こいつ、良い性格してやがる。


「一回引き受けた依頼はちゃんと果たすよ」

「そう。なら良いのだけど」


 そう答えて俺から視線を外し正面を向くシルフィ。その横顔からは何を考えているのか全く見当がつかない。


「あー……今から道具屋に行って準備をする予定なんだが来るか?」

「そうね。せっかくだから私も行くわ」


 せっかくだからじゃねぇよ、そのまま隠れてついてくる気だったんだろうが……なんて想ったが、口には出さず胸に秘め、「あぁ」とだけ返事をして道具屋への道を急いだ。


 そんなやり取りを経て、シルフィと共に歩く事数分。

 大通りから少し路地裏に入ったところにその店はあった。

 店の入り口に掛けられた看板には、アルマイト商店と書かれている。


 扉を開けて中に入ると、扉の内側に取り付けられた鈴がからんころんと綺麗な音を鳴らす。店内には商品棚に様々な商品が整然と並んでいる。そんな店の奥の方に設置された、会計用のカウンターから一人の少女がひょっこりと顔をだす。


「いらっしゃい……ってなんだ、アルスさんか」

「なんだってのは随分だな、リーシャ」

「へへへ、ごめんよ」


 人懐っこい笑みを浮かべて謝るリーシャ。ここの店主の娘だ。赤色のつんつんした髪が印象的な、わりと可愛い方に入るだろう元気娘だ。


「アルス、この子は?」

「あぁ、この店の娘さんでリーシャって言うんだ。たまにこうして店番してるんでその時に話したりしてるんだよ」

「……そう」


 何故か少し不機嫌な様子のシルフィ。急にどうしたって言うんだろうか。まぁ考えても思い当たるふしは無いので気にしないでおくか。俺のせいと言う訳ではないかもしれないしな。


「リーシャ、これからちょっと依頼で調査……下手したら討伐に行くんだが」

「へぇー、今度は何を討伐に行くの?」

「水龍」

「ぶほぉ!?」


 さらっと告げる俺と対照的に、盛大に噴き出して動揺した様子でオロオロとするリーシャ。


「水龍ってあの水龍!?」

「あぁ、あの水龍」

「バッカじゃないの!? アホなの!?」


 いや、別に馬鹿でも阿呆でも無いんだが……


「まぁ、前に何度か討伐した事あるし行けるだろ。そもそも今は調査段階でまだ水龍と決まった訳でも無いしな」

「そ、そうなの?……わかった、ちょっと待ってて」


 まだ不安そうなリーシャだったが、すぐに気を取り直した様子で、店内の商品棚をあちこち巡り、いくつかのアイテムを抱えて再びカウンターに戻ってくる。


「それなら、はいコレ。一応説明しとくね。小瓶のは水の中でも呼吸が出来るポーション。水龍が居るのが深い水場でも、これを飲んどけば溺れる事は無いわ。こっちの魔術符は雷属性のね。これを起動して相手に投げるとすっごい雷が落ちるよ。水属性の水龍相手にはうってつけ。それから……」


 淀み無く手にしたアイテムの効能を説明してくれるリーシャ。こういう姿を見ていると、さすがは道具屋の娘だなと思う。


「って感じだよ。本当に水龍だったとしてもこれだけ揃えておけば申し分ないはず。全部で銀貨十枚で良いわ」

「あいよ。いつもありがとうな」

「へへへ、毎度ありぃ」


 俺がアイテムと引き換えに銀貨十枚を渡すと、それを手にしたリーシャは満面の笑みを浮かべる。


「それじゃあ、また来るな」

「うん」


 購入したアイテムを袋に入れて、店の扉を開き外に出ようとすると、入ってきた時と同様に鈴の音が鳴る。設置位置が近いのもあって、店内側で聴くとちょっと頭の中に響くな。


「……ねぇアルスさん」


 俺の耳に、頭上で鳴り響く鈴の音とは別の音が入ってくる。振り返るとリーシャが不安気な表情を浮かべて俺の方を見ていた。


「ん?」

「その……無事に帰ってきてね? 僕、待ってるからね?」

「あぁ、ありがとうな」


 珍しくしおらしい様子のリーシャに俺は破顔して答え、店を後にした。


「……」

「どうした、シルフィ?」


 店を出てからずっと俯いたまま、落ち着か無さそうに黒髪の先を指でくるくると巻絡めているシルフィが気になり、声を掛ける。


「ライバル」

「へ?」


 それだけ呟いてすたすたと先に歩いていってしまうシルフィ。その表情は先程見せた物より更に不機嫌になっているようだった。

 店内でもほとんど無言でずっと俺とリーシャの顔を交互に見てるだけだったし、一体何なんだろうか。


「あ、おい。置いていくなよ」


 呆気に取られている間に随分先の方へ行ってしまったシルフィの後を、俺は慌てて追いかけるのだった。

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