第5話 討伐の効率論


「まぁ、冒険者の仕事なんてこんなものだよ」


 帰路。

 良く晴れた天候とは裏腹に、まるで狐にでも化かされたかのようにぼーっとした

、曇り空の様なの二人を見兼ねて、声を掛ける。


「危険を冒すのが冒険者なんて言う奴も居るけどな。一流の冒険者は、効率を求めるもんだ」

「効率ですか?」

「あぁ」


 俺は先程の一戦の様子を思い出しながら、相槌を打つと共に空を見上げる。

 本当によく晴れた良い天気だな。これが雨とか降るような天候だったら、ポイズンフロッグの討伐ももう少し難航しただろうし、運にも恵まれたな。


「さっきのポイズンフロッグの倒し方、覚えてるか?」

「アルスさんと俺で奴の注意を惹きつけて、その隙にソマリアが魔法をぶっ放して、ソマリアに注意が向いたらアルスさんがあいつの動きを封じて、俺が奴の口の中を切り落とす……だよな」


 カイルがポイズンフロッグの倒し方を復唱してくれる。

 昨日色々指導して以降、何気に俺の呼び方が最初の頃のオッサン呼ばわりから名前呼びになってる辺り、調子が良いと言うか微笑ましいと言うか……なんて言ったらそれこそオッサンっぽいか。


「そうだ。一回俺かカイルに注意を向けさせるのは、ソマリアが安全に魔法を放つため。次は逆に魔法を放ったソマリアを囮にして、その隙に俺があいつの攻撃を妨害しかつ動きを止める。最後はバランス崩した奴の口の中へカイルが剣を突き入れて、奴の舌やら口の中やらを切って、口の中に体液……毒をあふれさせる」


 ポイズンフロッグの体液はそれ自体が毒を持つ……それは血液も同様。

 なので、口内を傷付けて口の中で多量の血を流させれば、どうしても自身の血を飲み込む事になり、結果自分の毒が自分の身に回って終わり。

 何の事は無い、要は自滅だ。


 とは言え、奴が自分の毒を体内で処理出来ないと知ってる冒険者は、実はわりと少ない。

 俺も昔パーティーでこいつを討伐した際に観察していて、偶然発見したような感じだったからな。


「……って言っても、このやり方はあくまで倒す為だけには有効なんだが、薬によく使われるポイズンフロッグの目玉や、食用になる肉目当ての場合は厳禁なんだけどな。全身に毒が回るから、目玉とかは薬に出来なくなるし、肉も喰えなくなっちまう」


 『ポイズンフロッグの身体は捨てるところ無し』なんて言われるくらい、目玉や舌や水掻きや全身の肉は様々な用途がある。

 けれども、この方法以外で討伐しようとすれば、剣士なんかの近接職種にとっては体表の毒がとても邪魔で、また耐久力もかなり有るからちょっとやそっと傷付けたくらいじゃ倒せないし、先程は潰したジャンプからの巨体を生かした押しつぶしとか、あるいはジャンプしてそのまま逃げ出したりと、色々厄介な行動をしてくるので、こいつの討伐の依頼はあんまり人気無いんだよな。


「まぁでもお前等は倒したかっただけみたいだしな。別に今回の攻略法でも問題は無いだろ?」

「あぁ、助かったぜアルスさん」


 おーおー、出発の時にはあれだけ噛み付いてたカイルからお礼の言葉が出るとはねぇ……なんて、口にしたら本人の気を損ねそうな言葉は胸に秘めつつ。


「と言う訳で、魔物一つ相手するにしても、用途によってやり方が変わってきたりする。だから、状況を見て対処法を選んで見極めて出来るだけ被害を抑えて目的を果たす。これが効率って訳だ」


 学校とかの先生ってのはこんな感じなんだろうな。そんな風な事を思いながら二人へ話を続け結論を伝える。

 二人は真剣な様子で俺の話を聞き、また頷いたりしている。そんな二人の様子を見て満足した俺は、ここで当初から気になっていた話題を振ることにした。


「……で、なんであんなにポイズンフロッグを討伐したかったんだ?」

「それは……」


 俺の問い掛けに、口を開きかけたソマリアがカイルの方をちらっと見る。

 視線を向けられたカイルは無言で頷く。

 その様子を見て、ソマリアは俺の方へ視線を戻した。


「この付近に小さな村があるんです。僕達はそこの村の出身なんですが、あのポイズンフロッグが居た湖は僕達の村の水源になっていたんです」


 ……なるほど、何となく話が見えたかな。


「けど、あのポイズンフロッグが居座るようになってからは、水源として使えないどころか、ポイズンフロッグが出たって解るまでの間に水を口にした村人が、毒で何人も寝込んでしまって」

「多少は水で薄まってるだろうけど、あいつの毒は強力だからな。そうなるか」

「……俺の」


 ソマリアの説明に納得していると、話を聞いている間、ずっと俯いていたカイルが顔を上げてぽつりとつぶやく。


「俺の妹も、体調を崩して寝込んじまって……こんな事態だから水を他所から買わなきゃいけないから、村にも余裕が無くてさ。今は村長が好意で薬を分けてくれてるけど、それももう限界って話を村の大人達がしているのを聞いて、それで俺……」


 カイルの動機は、村の為ってよりも妹の為ってところか。


「なるほどな。それで、ソマリアの方はカイルに付きあって……って感じか?」

「はい……僕の家族は幸い被害を免れたんですが、村全体のピンチですし、何よりカイル一人だと何するか解らなかったんで仕方なく」

「なんだと、人を暴れ馬みたいに言うなよ」


 いや、ギルドでの君の行動は紛れもなく暴れ馬以上だったけどね。


「そういう事だった訳か。ならまぁこれで一件落着だな」

「はい、ありがとうございます。」


 ソマリアが俺に頭を下げ、怒った様子で彼に喰って掛かっていたカイルも、それに倣って一息遅れて頭を下げる。


「別に気にすんな。後輩の面倒を見るのも先達の務めってな」


 片手をひらひらと振りながら軽い調子でそう言うと、二人が顔を上げる。

 二人はさっきとは打って変わって、この今日の空のように晴れ晴れとした表情をしていた。まぁ、この初心者君達にとって良い経験になったんじゃないかな。


 そんな風に思いつつ、二人の様子を微笑ましく眺めながら、俺はまた別の事を考えていた。

 そういえば、あいつは……あいつ等は、元気にやってるだろうか。

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