精霊剣士の冒険譚～雇われ冒険者は世界を救う～

第6話 C級冒険者（元A級）

「はい、確かにポイズンフロッグの討伐部位ですね」

　サディールまで戻った俺達はすぐに冒険者ギルドに向かった。そして討伐成功の報告と討伐を証明する部位の提出をしている。

　ポイズンフロッグの場合は証明部位は目玉。これは二つで一セット扱いだ。

　大体その生物が一つ、もしくは一セットしか持ちえない物が証明部位になっている。

　ちなみに、原則討伐系の依頼を受けた冒険者は、該当の魔物を討伐した場合には、すぐに最寄りのギルドに寄る事になっている。

　これは依頼の受諾が重複しない為の処置で、討伐成功が確認された場合、ギルドの情報網で即座に別の全てのギルドに討伐された事が伝達され、貼り出されている依頼から外される。

　毎度この情報伝達の早さは異常だと思うが、そこはギルドならでは何かしらの仕組みがあるんだろうな。

「確認しました。確かにポイズンフロッグの目玉ですね。ありがとうございます」

　片目から鑑定用のルーペを外しながらエスタさんがそう言い、綺麗な姿勢での会釈をする。

「あぁ。じゃあ報酬を頼む」

「はい、では隣のカウンターへどうぞ」

　そう言ってエスタさんはいつも通りの人の良さそうな笑顔を浮かべながら、木の札を差し出してくる。それには依頼の貼り紙に振られた番号と同じ数字が刻まれている。

　これを報酬を受け取る為のカウンターに持っていけば、依頼の報酬がもらえるって訳だ。

　エスタさんに言われて向かったカウンターには、整えられた金色の長髪とその美貌が人目を引く美女が座っていた。

　報酬カウンターの受付係であるエミリアだ。

「あら、いらっしゃいアルス」

　俺の姿を見て笑顔で呼び掛けてくるエミリア。

　まるで友人に話し掛けるようなフランクな感じの対応だが、これが良いという冒険者も多い。エスタさんなんかには時々お小言を言われているみたいだが。

　……にしても、相変わらず男性に好かれそうなプロポーションをしているなぁ。受付係の制服がパツパツだ。主に胸部が。

　そんな彼女だが、俺としては、まず金髪じゃなく黒髪の方が好みなんで、仲良くはしているが特別好みって訳では無いけどな。性格もわりとお喋りで、長く話してるとやかましい事この上無いし。

「エミリア、これを頼むよ」

「はいはーい。あら、塩漬けになってたポイズンフロッグの依頼、解決したのね」

「あぁ、この二人と一緒にな。」

　そう言って後ろに控える二人に目を向ける。

　二人はエミリアに見惚れていたようで、話を振られて急にあたふたしだす。若いねぇ。

「ふふふ、また雇われたのね？」

「まぁそういう事だな」

「じゃあ今回もいつも通りね？」

「あぁ、それで頼むよ。いや、少し多めで良いな」

「了解よ」

　いくつかのやり取りをした後、エミリアが席を立ち奥に向かう。

「……いつも通り？　多め？」

　俺とエミリアの会話を聞いていたカイルが疑問の声を上げる。

「あぁ」

「そのいつも通りってどういう……」

「まぁあんまり気にするな」

「はい、お待たせ」

　そんなやり取りをしていると、エミリアが報酬の銀貨が入った袋を持って戻ってくる。

「ありがとう。それじゃあ俺はこれでな」

　その袋を素早く受け取った俺は、そのまま二人に別れを告げて報酬カウンターを後にする。

「え、ちょ……」

「アルスさん！？」

　後ろから二人の声が聞こえてくるが、まぁあとはエミリアが上手くやってくれるだろう。

　俺は振り返る事無くそのままギルドを後にした。

「さて、と」

　冒険者ギルドを出た俺は、サディールの街をうろついていた。

　サディール市街は他の都市よりもしっかり整備されていて表通りの華やかさ等からとても芸術的だとか言う奴も居るけど、実際そこに住んでる者としてはあんまりそんな感じはしない。

　むしろ一本路地裏に入れば、貧困層の住人や、行き場のない子供達がその辺にごろごろ居る事などを知っている身としては、表面的な部分だけを見て何が芸術的だと思う気持ちすらある。

「依頼を達成した後、すぐにギルドで飲む一杯が美味しいんだけどな」

　別に依頼を達成した後だからして、あのままギルドで仕事終わりの一杯をいただいていても良かったんだが、今回はそうはいかないちょっとした事情があった。

「あいつ等みたいな新米だと、色々と金に困る事も多いからな。まぁ、ポイズンフロッグは無事倒したし、あのまま冒険者続けるかは解らないが」

　歩きながら、誰に言うでもなく呟く。

　時々俺の呟きに反応して振り返ったりする通行人も居たが、自分に関する事ではないと解るとすぐに興味を失い視線を俺から外す。

「ともあれ、今日はどっか別の所で一杯」

「アルスさぁん！」

　急に街中に響く、最近よく耳にした聞き覚えのある声に振り向くと、そこには肩で息をしながらこちらに向かって走ってくるソマリアとカイルの姿があった。

「おー、どうしたんだ二人とも」

「どうしたんだ、じゃないですよ！」

「そうだぜ！　これってどういう事なんだ？」

　そう言ってカイルが手にした袋を俺に向けて差し出してくる。

　その袋の大きさは、先程俺がギルド内で受け取った、依頼の報酬が入った袋のざっと三倍はあった。

「どうって、報酬だろ？」

「ちげぇ！　中身の事を言ってんだよ！」

　エミリアに伝えた通りにしてくれているなら、俺の依頼報酬が入った袋よりもカイル達の受け取った報酬の入った袋の方が、見た目の差通り、中身が三倍くらいは入っているはずだ。

「エミリアさんから聞きました。僕達みたいな新人冒険者と組む時は、報酬は三分割って言って、実際はこんな風に組んだ相手の方に多く渡してやる事が多いって」

「エミリア……あのお喋りめ」

「あと、『俺は酒が飲める金だけあれば後は良い』とか言ってたとかってのも言ってたぞ、エミリアさん」

「ったく……そんな口が軽いからエスタさんに怒られるんだぞ？」

　俺はこの場に居ないエミリアに悪態をつきながら頭を掻く。

「三分割だから、間違いないだろう？」

　そう、俺が言ったのはあくまで三分割。

　三等分じゃないから、どう分けるにしても、三人で分けたなら、それは三分割になるって事だ。

「だけど……」

「それに、誰にでもそうしてる訳でもない。お前達の話を聞いたうえで、俺が勝手にそうしただけの事だ」

　そう、新米だからって言って誰彼構わずこんな風にしてやってる訳じゃない。今回に関して言えば、カイルの話を聞いて、そうしてやろうと思ったからそうしたまでだ。

「あ、あと……」

「ん？　なんだ？」

「アルスさんは元A級冒険者だったって本当ですか？」

　まったく……エミリアのやつ、何処まで話したんだ？

　Ａ級冒険者。

　それは冒険者として生計を立てる者ならほとんどが目指す一つの到達点。

　もっともA級が最上ではなく、一応その上にS級ってのもあるが、その辺りになると、もうそれこそ伝説級の活躍をした冒険者にしか与えられない名誉の称号みたいなものだったりする。だから、冒険者はほぼ皆A級になる事を目指す。

　勿論ただ名誉の為だけとかじゃなく、A級になると王族や貴族と関わりを持つ事が出来たり、そこに至るまでの実績を評価されて、冒険者であり続ける限りは毎月のように少なくない報奨金が支給されたりとか、そういった特典とか恩恵とかがあるってのが大きな理由。

　変な話、A級になってしまいさえすれば、降格でもしなければ一生遊んで暮らせるくらいの利益がある。

　実際俺も、雇われてまで冒険者なんてのを続けちゃいるが、一生毎日浴びる程エールを飲んで暮らせるだけの貯蓄はあるしな。報奨金にはほとんど手を付けて無いし。

「あぁ、本当だ。まぁ色々あってソロの冒険者になっちまったんで、依頼が受けられずに降格降格で、今はC級になってるけどな」

「ソロ……そうか、それでこういう雇われるって形で冒険者を」

「そうだ。ソロじゃ依頼は受けられないからな」

　ソロ、つまり一人での依頼受諾禁止……これは冒険者ギルドが出来てだいぶ経ってから決められた規約だ。

　この規約が出来る前はソロでも依頼を受ける事が出来たんだが、討伐とかの命の危険が付きまとう依頼を受けたソロの冒険者が、討伐に失敗して死んでしまった場合、ギルド側には遂行中なのか失敗しているのか解らなくなるため、最低人員を二人以上として、少しでも生存者を残せる形にして、失敗した場合の報告率を上げさせる為に、この規約が施行された。

　決して冒険者の安全を考えて作られた決まりではないんだが、結果として負傷して自力で戻ってくる事が出来なくなった冒険者を、パーティー内の別の冒険者が搬送して一命を取り留めたなんて事例も少なくない数あるため、ギルド側としても冒険者側としても、双方に利の有る規約として今も遵守されている。

「そうなんだなぁ……でも、アルスさんすげーのな。元はS級にもなれるんじゃないかってパーティーの中核メンバーだったんだって聞いたぜ！」

　……あいつ……今度ギルドで会ったら、人のプライベートをあれこれ喋るなと、強く言っとかないとな。

「でも、そんなアルスさんみたいな人がどうしてソロに……？」

「そういえばエミリアさんも、そこは知らないって。なんでなんだろうって言ってたなぁ」

　とりあえずエミリアには口が裂けても言えないな。

　他人に知れ渡ろうものなら、俺だけじゃなく、あいつ等にも関わってくる事だから、尚更な。

「……色々あんだよ、大人にはな」

　そう言って俺は二人の頭をぐりぐりと荒っぽく撫でつけ。

「とにかくまぁ、早い所村に戻って妹さん達に元気な姿を見せてやれよ」

　くるりと二人に背を向け右手を上げてその場から立ち去る。

「あ、あぁ！」

　カイルの元気な声を背中に聞きながら。