3 部誌
あたしと悦子さんは1学期に赤点があったので、夏休みにアルバイトできず経済的余裕がなく、結局夏休みにやったことはただただ課題と文芸部の部誌の原稿を進めることだけだった。
夏休みのある日、悦子さんに誘われて悦子さんのお家にお邪魔した。悦子さんのお家は、なるほど親の残したお金でなんとか生きていけるのも納得、という大きな家だったが、外壁はツタに覆われてお化け屋敷同然だったし、お家のなかで実際に暮らすのに使っている部分はごく狭い。
居間から見える庭には見事な石灯籠があったが、庭木は最低限の手入れしかされておらず、地面をツルニチニチソウに覆われていて、立派な庭、という感じはしない。
悦子さんはコーヒーとルマンドを持ってきて、二人でコーヒーを飲みルマンドをぽりぽり食べつつ、夏休みの課題を進めた。
「あとでわたしの書庫、見ていかない?」
「書庫スか。どんな本があるんスか?」
「昔の有名な作家の全集から始まって、流行作家の作品とライトノベルを手広く。宮部みゆきは『ドリームバスター』の続きを書く気はないのかしらね」
宮部みゆきについては全くもって同感であった。
それはともかく悦子さんの書庫は文学史の研究に使えるのではなかろうか、というラインナップで、それに加えて流行作家何人かの作品が初期のものからずらりと揃っていた。悦子さんは真面目に、これらを血肉にしてきたのだろう。
悦子さんは今も公募に毎年チャレンジしているのだそうだ。
◇◇◇◇
夏休みが終わって、久々に学校にやってきた。夏休みの間文芸部は各々原稿を書いているだけなので学校に来てやる活動がなかったのだ。
悦子さんは部誌用に15万字の超大作を書き上げていたが、流石に全てを部誌に載せるわけにいかなかったので、部誌には抄録ということになった。
あたしはそもそもなんとか一万字で完結したものを絞り出せた、という感じ。他の部員もそんな感じだった。
学園祭の1週間前、刷り上がった部誌が届いた。部室は色めきたった。素晴らしく分厚い部誌だ。それが200部もある。すげー。
これがぜんぶはけるらしいのだから学園祭というのは恐ろしい。他の部員が模擬店やら学年の出し物やらに出動せねばならず、部誌の頒布はあたしと悦子さんがやることになった。
文芸部員だけ先に一冊もらえたので、悦子さんの作品を読んだ。なんというか中毒性のあるお話で、読み終わって部誌を置いて、その3分後にはまた部誌の悦子さんの作品を開いていた。
というわけで学園祭の本番がやってきた。初日の土曜日の前夜祭はそれなりに楽しみ、日曜日には校舎の隅っこで部誌の頒布をした。なんと1部100円だ。悦子さんの作品が100円で読めるというのは破格だと思う、と悦子さんに言った。悦子さんは高校生みたいに、いや高校生なのだが、とにかく若い女の子みたいにはにかんだ。
部誌の頒布をやっているのは美術部展の向かいの倉庫みたいな部屋だ。いちおう「文芸部部誌1部100円」の看板は出ているのだが、他校生や中学生はなかなか近づいてこない。おいおいお前らどうした。どんどん買えよ。
「そうだわ、学園祭限定のジャンボどら焼き買ってこなきゃ!」
悦子さんが立ち上がって席を外した。近くの和菓子屋が学園祭限定で売っているジャンボどら焼き(校章の焼き印入りで、中にはあんこだけでなく餅とバターもたっぷり入っている)を買いに行くらしい。悦子さんがいなくなったとたん他校生や中学生が群がってきて、部誌はどんどん売れていった。
悦子さんが戻ってくるころには、部誌ははけてしまっていた。悦子さんからジャンボどら焼きを受け取る。行列だったらしい。
「やっぱりおばさんが売ってると気持ち悪いのかしらね」
「そんなことないっスよ。たまたまっス」
ジャンボどら焼きを頬張る。たいへんおいしい。悦子さんもジャンボどら焼きをおいしそうに食べていた。
ジャンボどら焼きでお腹いっぱいになってしまった。部誌がぜんぶはけた、と先生に伝えて、他の部活の展示を見て回ることにした。向かいの美術部展はなかなかのオタク的アート揃いだ。
科学部では園芸部と共同で作ったハーブの匂いつきのせっけんを売っていた。一個買う。悦子さんも買う。科学部のメガネ男子は園芸部のそばかす女子と嬉しそうな顔をしていた。
ほかの、ステージ系の文化部の発表はきのう前夜祭で観ている。料理部がタダで振る舞っているというドーナツも気になったが、ジャンボどら焼きでお腹いっぱいだ。悦子さんと、校舎の隅っこに行って、作品の感想をやり取りすることにした。
悦子さんは、あれだけ名作を山のように読んでいるのに、あたしの作品を手放しで褒めてくれた。
あたしも、悦子さんの作品の、言語化しづらい面白さを頑張って伝えた。
最高に楽しい学園祭だった。
そして学園祭のあと、悦子さんは学校に来なくなった。(つづく)
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