瑠璃は脆し
三鹿ショート
瑠璃は脆し
これまで悪意に触れたことがないのではないかと思うほどに、彼女は他者というものを警戒していなかった。
己の美しさを自覚せず、相手が自分に好意を抱いているのではないかと思ってしまうような言動を繰り返していたために、勘違いをした人間たちから愛の告白をされたことは、一度や二度ではない。
そして、断る度に、彼女はその誘惑するような態度を責められていた。
心ない言葉に傷つき、涙を流す彼女を、何度慰めたことだろうか。
だが、それは彼女に対して私が恋愛感情を抱いているためではない。
幼少の時分から親しかったために、妹のような大事な存在として考えていたからだ。
だからこそ、彼女のことが心配で仕方が無かった。
いっそのこと、家に閉じ込め、他者と触れ合うことを止めれば良いのではないかとさえ考えたこともある。
しかし、彼女は私の考えを受け入れることはなかった。
何故なら、彼女は孤独というものを嫌っていたからである。
多忙である両親から愛情を注がれることがなかったことが影響しているのだろう。
私が存在している限り、彼女が孤独と化すことはないのだが、どうやら彼女は、私のことを生活必需品のようなものとして考えているらしく、存在していることが当然であるために、数に入れていないようだった。
喜ぶべきかどうか、悩ましかった。
***
何度傷つけられようとも己の態度を改めることがないことを思えば、彼女は愚かである。
彼女が涙を流す姿を見たくはないのだが、そのような人間でなければ、彼女は彼女ではなく、そして、彼女は私の忠告を受け入れるつもりはない。
ゆえに、何時の日か、取り返しがつかないような事態に遭遇してしまうのではないかと、私は気が気でなかった。
私は自分のことを彼女の保護者のような立場だと考えているのだが、他の人間にはそのように見えていないらしく、交際しているのかと問われたことは、数多い。
そのたびに、私は彼女と恋人関係と化した姿を想像しては、永遠に訪れることはない未来だと否定していた。
その言葉を聞いた後、それならば自分と交際してほしいなどと告げてくる異性が現われたこともあるのだが、私が受け入れることはなかった。
私は、彼女のことが放ってはおけなかったのである。
私の言葉に、とある異性は、顔を顰めながら、
「そのような思考を抱いているのならば、あなたは彼女の奴隷として、一生を終えるのでしょうね」
私は、笑いながらその言葉を否定した。
何時の日か、彼女のことを任せることができる人間が現われると考えていたからだ。
子どもが親の庇護下から離れていくように、彼女もまた、私から離れる日が訪れるに決まっているのだ。
だが、眼前の女性は、私の言葉を信じようとはしていなかった。
***
彼女にとって初めての恋人は、私の目から見ても問題が無いような人間だったために、彼ならば彼女のことを任せることができると考えた。
肩に手を置き、彼女を幸福にしてほしいと告げると、彼女の恋人は笑みを浮かべながら頷いた。
それから私は、失った彼女との時間を埋めるかのように、一人の女性と交際を開始した。
恋人の我儘に辟易することもあったが、それは彼女という素晴らしい人間を見ていたことが原因だということに、やがて気が付いた。
大多数の人間は、時に美しく、時に醜く生きるものなのである。
常に善良なる姿を見せるわけではないのだ。
私は己の思考を反省し、恋人を心の底から愛することを決めたのだった。
***
彼女と過ごす時間が消えてから半年ほどが経過した頃、彼女が恋人の手によってその生命を奪われたという報道を目にした。
いわく、彼女があまりにも隙だらけの姿を見せるために、常に気を揉んでいたのだが、精神的な疲弊があまりにも大きくなってしまった結果、その原因たる彼女を排除すれば、誰にも奪われることはなく、自分が苦しむこともなくなると考えるようになってしまったらしい。
しばらく彼女の顔を見ていなかったとしても大きな問題を抱えたことはなかったのだが、永遠に会うことができないと分かった途端、私はその場に崩れ落ちた。
それほどまでに、彼女という存在は私にとって大きなものだったのだ。
このような未来を迎えてしまうのならば、彼女を自宅に閉じ込め、高価な宝石を一人で眺めて愉しむように、私だけが彼女のことを一生に渡って愛し続けるべきだったのである。
私は、毎日のように彼女を思って泣き続けた。
愛想が尽きた恋人が去ったとしても、私は謝罪も別れの言葉も告げることなく、ただ彼女に頭を下げ続けた。
瑠璃は脆し 三鹿ショート @mijikashort
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