第9話(後編)

 生徒会室にて。

 生徒会長こと宇留鷲うるわしはじめは、友人の淹れたお茶を飲みます。

「さすがだ」

「たまには珈琲じゃなく緑茶もいいでしょう?」

 鶴雅つるがみことは嬉しそうに言いました。制服の上に割烹着を着ています。見慣れた格好です。はじめから見て左手側に座っています。

 ここ、さえずり学園高等部の生徒会室は、応接室のような部屋になっています。責任者が座る椅子には、はじめが座っています。そしてデスクを挟んだ向かいにはテーブルとそれを囲うソファがあります。ソファに座るのは主に3年生たち。

「それはみことが淹れたお茶だからでしょ」

 と笑うのは神気煌耀シェンメイが1人、鶯原うぐはら春音しおんみことの隣で、得意満面です。

「確かに。鶴雅つるがの腕がいい」

 と頷くのは、赤髪の女子生徒。はじめから見て右手側に座っています。

「……っすね~」

 とか細い声で言った鳩井はといほがらは、女子生徒の左隣にいます。

(誰この人!? てか俺はなんで呼ばれたん!?)

 知らない人、わけのわからない状況でした。鴻戯 こうぎめぐみが男子寮に現れたあと、はじめに呼ばれました。扉を開いたら先輩ばかりで大いに驚きました。そして説明は特になく、言われるがままに席に座り、お茶を飲み、せんべいを食べています。

 ばりっといい音がしました。

「にしても、宇留鷲うるわしさぁ」

「ん?」

荒鳶あらとびくん取られちゃったのは痛手なんじゃない? 早めにピックすると思ってたけど」

 春音しおんの指摘はもっともだと、ほがらは思いました。

(ドラフト制は、欲しいやつをさっさと選ぶに限る)

「ま、そういうこともある。ユニットを全員揃えるのは難しい。千呼ちこが取られなかっただけありがたいよ」

紅蓮ぐれんあきも向こうだもんね……」

「毎年のこととはいえ、寂しいものですね」

 ほがらにとって、忠太ちゅうた一颯かずさと(体育祭とはいえ)敵になるのは初めてのことです。寂しいというよりは、この島に来て以来の静けさを感じています。

「と、ところで宇留鷲うるわし先輩」

「どうした鳩井はとい

「あの、そのー、こちらの方は」

 妙に見覚えのある気がする赤い髪の女子生徒。謎です。

「ああ、言われてみれば初対面か。では紹介しよう」

 こほん、とはじめは咳払いします。

「我らが生徒副会長、朱凰すおう紅霞こうかだ」

「よろしく頼む、鳩井はとい君」

朱凰すおう――、朱凰すおう!?)

「スオウってもしかして、え、姉弟ですか?」

「……のようなものだ」

 赤い髪、どことなく感じる神秘性はなるほど紅蓮ぐれんに通じるものがあります。それでいながら冷然とした、紅蓮ぐれんとは似ても似つかぬ態度。

(あとシンプルに背が高い)

 ともすれば中学生にも見える紅蓮ぐれんとは対照的に、大学生や社会人と言われても納得のいく大人びた容姿をしています。

「して、宇留鷲うるわし。この鳩井はとい君の様子を見る限り、詳細を語るべきだ」

「そうだな。みんなも改めて聞いてくれ。今日、ここに集まったのは他でもない。体育祭のことについてだ。まず、芸能科の体育祭は『加護の能力を使うこと』がルールで認められている」

「え?」



 風紀委員室にて。

「そ、それは、大丈夫なんですか?」

 やけにゴージャスな内装の風紀委員室で、一颯かずさは思わず聞いてしまいました。

「大丈夫、とはどのような意味でしょう?」

 ティーカップを持ったまま、めぐみは微笑みます。座っている椅子は王様の座るようなデザインをしていて、彼女の持つ雰囲気によくあっています。両隣には黒スーツのグッドルッキングガイこと、荒鳶あらとび可弦かいと夏焼なつやき黒嗣くろつぐが控えています。

「能力によっては事故につながるのでは」

「もちろん一部の能力には制限があったり、禁止もありますわ。夏焼なつやき黒嗣くろつぐ暁烏あけがらすあきがいい例ですわ」

 黒嗣くろつぐの能力は「物理攻撃」です。声さえ届けば「相手の骨をへし折る」ことすら可能な攻撃性を持ち、それを見込まれ風紀委員会に誘われたこともあります。

暁烏あけがらす先輩もですか?」

 と忠太ちゅうたが疑問を口にすると、

「当然だ! あの暁烏あけがらす先輩だぞ!」

 と一颯かずさは言いました。ここにいる面々がこれまで見た中で、一番パワフルな一颯かずさでした。

「お、おう!」

 負けじと忠太ちゅうたも強く頷きます。もちろんなんのことか分かっていません。

「しかし能力の利用がありなら、戦略が必要ですね……」

 このつぶやきに、めぐみは拳を握りながら同意します。

「その通りですわっ。昨年の体育祭ではあの男にいいようにやられましたが、今年はそうはいきません。こちらにはジョーカーがいるのですから」

 その視線の先にいるのは、すずめ忠太ちゅうた

「お、おれ?」

「そうか! すずめの『共鳴』なら」

「ええ! 少なくとも一方的に能力を使われることはあり得ませんわ。だって、こちらはコピーすればいいのですから」



「でもスズメがコピーしても下位互換になるだけなんじゃ?」

「こちらは『どの能力をどのタイミングでコピーするか』を考慮しなければならない。その時点でかなりのロスだよ」

 はじめは大きく溜息をつきました。

「今年はことごとくピックが被らなかったからなぁ」

「被った方が良かったんですか?」

 この疑問には隣のソファに座る、紅霞こうかが答えます。

「選んだ生徒が被っていれば、じゃんけんで決めることになるんだ」

 紅霞こうかの言葉に、むしろ疑問が深まりました。

「じゃあ、結局運なんじゃ……」

宇留鷲うるわしの能力は『集中』だ。自分自身に能力を作用させ『集中』することにより、動体視力や反射神経を高め、相手の手を見切ることができる」

「そ、それは……」

 言葉に詰まるほがらに、はじめはふっと笑います。

「大したことじゃない。実際勝率はせいぜい8割――」

「ず、ずりぃ……」

「ず……?」

 ぴたっとはじめの表情が固まります。

「は、鳩井はといくん。そ、そういう言い方は――」

宇留鷲うるわしも頑張ってるから、ね」

「生徒会長の任は宇留鷲うるわしにふさわしいと思う」

「え? あ」

 はじめの表情が微動だにしないことにほがらは気づきました。

「責任重大っすもんね! よ、生徒会長!」

 しばし沈黙。

「……そう、責任は重い」

(よかった戻った)

 弛緩した空気で生徒会室が包まれます。

「万が一負ければ、生徒会執行部は総解散だからな。俺も任期を待たず辞任だ」

「え」

「例年のルールなんだ。そして執行部を明け渡すというのは、在校生の一生を左右し得る」



「そもそも本校における生徒会長は、先祖返りの次期リーダーと言えますわ」

「そうなんですか?」

 きょとんとした忠太ちゅうたとは違い、一颯かずさははっとした表情になります。

烏丸からすま様はお分かりのようですわね」

「生徒会執行部とわざわざ仰ったので」

 まったく察していない忠太ちゅうたの二の腕をつつきます。

一颯かずさ先生、教えて」

「生徒会執行部は、選挙によって選ばれる生徒会長と副会長、そして会長と副会長に選ばれた役員で構成される」

「ふむふむ」

「そして生徒会は――全校生徒から構成される」

「ふむ?」

 つまり。

さえずり学園のすべての生徒は生徒会に所属している。つまり生徒会長は、6歳から18歳までの生徒児童3万人以上のトップだ」

 3万人。

 改めてすごい人数だと忠太ちゅうたは思いました。しかも全員小中高生なのです。その中からたった一人選ばれる生徒会長というのは確かにすごいと思いました。

(さすが宇留鷲うるわし先輩)

「国内にいる、その世代の先祖返りが全員集められていますわ。すなわち生徒会長とはある一つの世代における頂点。卒業後も影響力を持ちます」

「その結果、数年にわたって同じ派閥が生徒会長を務めることになれば」

 数年から十数年、果ては数十年と『さえずり学園の元生徒会長』の称号を持つ人材を独占できれば。

「もちろん、国の行く末も変わりますわ」

「なるほど!」

 忠太ちゅうたは元気に返事をしました。内容は分かりませんでした。



 生徒会室にいるほがらはなおさら自分がここにいる意味が分かりませんでした。

(なんで俺は呼ばれたんやろ)

 そんなほがらの内心を見透かしてか、

鳩井はといのリラックス効果はこういう集団の競争で役に立つ」

 とはじめは言いました。

「適度な緊張を生み出すために使えば、味方へのバフになる」

「なるほどね。鴻戯 こうぎが言ってた『鳩井はといくんを早めにピックした』っていうのもそういうところを踏まえてなわけだ」

「ああ、俺の『集中』と合わせれば味方のパフォーマンスが上がることは間違いない。集団戦向きの能力だよ」

「……能力バトルものの話してます?」

 はじめ春音しおんは目を合わせました。

「当たらずとも」

「遠からずかな」

「さいで」

(住む世界が違うんよ……、いや今となっては俺もこっち側なんか?)

 鳩井はといはお茶をすすりながら遠い目をしています。故郷の兄弟たちは元気でしょうか。



「今年はわたくしたち西軍が勝利し、執行部も風紀委員会も掌握いたします」

 爛々と眼を輝かせるめぐみ

 一方、傍に控える可弦かいとは内心で呟きます。

(ハジメのバカが俺をさっさと取らねぇせいだ……チビチコは東軍なのに)

 また、同じく傍に控える黒嗣くろつぐには気がかりことがあります。

(ルリが迷惑かけてねぇといいが)

 体育祭というだけでテンションの高い瑠璃音るりおですが、恵のせいで西軍の正装はスーツです。昼間も男子寮で倒れてましたし、心配です。

「なんで西軍はスーツなんですか?」

 藪から棒にとはまさにこのこと。忠太ちゅうたが質問しました。

「あら、簡単なことですわ」

 めぐみはいつも通り悠然と答えます。

「映えますもの。グッドルッキングガイが」

 黒嗣くろつぐは、心の中の瑠璃音るりおがサムズアップした気がしました。



 かくして。

 さえずり学園芸能科の体育祭・東西戦。

 その火蓋が切って落とされようとしているのでした。



「しかし暇じゃなぁ、あき

「……ウン」

 作戦会議に速攻で飽きた紅蓮ぐれんは、あきを伴って商店街を散歩しています。行き先があるわけではなく、ただの暇つぶしです。

「おぬしは力も使えんし、退屈じゃろう」

「別に」

「たまには我を出したいとは思わんのか?」

 あきは黙って歩きます。


「運命の導き手たる、八咫烏の先祖返りよ」


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