第9話(前編)

 少し暑くなってきた5月。

 さえずり学園芸能科の生徒は新人戦を終え、ゴールデンウィークを楽しみ、次なるステージに備えます。しかしアイドルといえばライブであるように、学生といえばテストです。

 たとえ新人戦でどれほど活躍しようとも関係ありません。学生である以上はテストを受けなくてはならないし、最低限の点数も求められます。

 中間テストの最後の科目が終わると、1年A組はにわかに活気づきます。思い出せなかった答えを人に聞いたり、遊びに行けることを喜んだり、おおむね楽しそうです。学校机をみんなで囲んで予定を相談したり、窓を全開にしてよっしゃー! と叫ぶ男子もいました。

「お、終わった……」

 そんな教室の中で、すずめ忠太ちゅうたはしょんぼりとした表情で言いました。

「どっちの意味で?」

 斜め前の席の鳩井はといほがらがおふざけで聞くと、

「どっちも」

 との返答。

「ボクがあれだけ教えたのに……?」

 烏丸からすま一颯かずさは悔しそうです。彼は、忠太ちゅうたのためにテスト対策用のプリントまで用意しました。赤点を取れば補修で休みが減ってかわいそうです。あと、ユニットメンバーが馬鹿だと恥ずかしいという理由もあります。

「少しは鷹峰たかみねを見習ったらどうだ。……まったく、新人戦だけじゃなく、テストでも負けたら、お前はどこで勝てるんだ」

「え、なんだろ。サッカーとか?」

「なぁなぁカラス」

 青筋を浮かべた一颯かずさに、ほがらが声をかけます。

「みんな聞いてるし、効いてるぞ」

「は?」

 同音異義の言い回しに戸惑い、きょとんとします。みんな、というところに反応して教室を見渡すと――。

「そうだよな、俺ら新人戦でも負けて……」「頭もよくなくて」「顔も」「家柄とかもな」「はは……」

 クラスメイトの大半に効いてました。

「……悪かった」

「ま、期末テストはみんなでカラス先生に面倒見てもらおうや」

 さすがに気まずそうな一颯かずさを、ほがらがフォローしました。

 クラスメイトの1人が声を挙げます。

「そんなに教えるのうまいの?」

 その言葉には――すずめ忠太ちゅうたと同室であるクラスメート鷹峰たかみね千呼ちこ大雁丸おおがんまる大和やまとが答えました。

「ええとても上手です」

すずめが小テストで居残りさせられなくなったのは烏丸からすまのおかげなんだゼ……?」

 クラスメートたちが色めき立ちました。

「そりゃ本物だわ」「すげぇ」「頼む教えてくれ」「烏丸からすま塾だ!」

 一方で、

「そ、そんなに……? おれって、そんなに……?」

 クラスメイトから、これほど馬鹿だと思われていたことに、ショックを隠せない忠太ちゅうたでした。



 テスト期間中の授業は午前で終わり、昼からは自由時間です。

「みんな酷すぎない?」

「どうどう……」

 寮の食堂で昼ごはんを食べています。席が結構埋まっているので、外出してる生徒は少ないのでしょう。賑わっている理由は、今日のデザートが豪華だからです。お値段がお高めで有名なアイスが出てきます。芸能科男子の大半が釣れました。ちょろい。

 忠太ちゅうたもその1人なのですが、顔をしかめながら、テスト終了後の教室に文句を言っています。

「自己採点的にも、赤点は取ってないのに。……たぶん」

「そこは絶対と言ってくれ」

 SPARCRO スパークロ VISION ビジョンの3人は横並びになって仲良くアイスを食べています。向かいの席にはお世話になっている先輩の一人、鳴美なるみ瑠璃音るりおがいます。

「あー、いいね。いい会話だ。壁になってずっと聞いていたい……」

「壁に? まさか鳴美なるみ先輩、言い訳を黙って聞いてやると……? なんて心の広い」

 違うと思うぞ、とほがらはツッコミそうになりました。踏みとどまったのは自分が突っ込む必要がないと思ったからです。

(あれ?)

 しかしアテが外れました。

「おルリ先輩。クロツグ先輩は?」

「ああ、クロくんなら体育祭のことで用事あるんだって」

「体育祭?」

 きらん! と瑠璃音るりおの眼が光ります。

「そう、アイドルといえば運動会でしょ! アイドル様たちが跳んだり跳ねたり! 汗を流しながら、仲間との友情を育みあい、その姿がファンに観られてることを思い出し、恥ずかしそうにはにかむ、あの!」

 偏ってんな~、というのがほがらの感想。

 楽しそう、というのが忠太ちゅうたの感想。

 魅せ方も意識してるのか、さすが先輩! というのが一颯かずさの感想でした。

「やっぱりクラス対抗なんですか?」

 忠太ちゅうたの質問に、瑠璃音るりおは首を横に振ります。

「うちの体育祭は学科ごとにやるけど……、芸能科はクラスが男女別でしょ? だから男女混合の紅白戦なんだー。あ、正確には東西戦か。東軍と西軍に分かれて戦うんだよ」

「あ、女子ともおなじチームにいるんですね」

「そうそう。こっちも向こうもデビュー済みのアイドル様もいるし、結構気を遣ったりするんだよね……」

「その東軍西軍の分け方はクラス単位ですか?」

 と、一颯かずさが聞くと、また首を振りました。

「クラス関係なし。ばらばらだよ。それぞれの総大将がドラフト制で生徒を獲得していくからね」

 ドラフト制。

 つまり、自軍に欲しい生徒を指名してチームを作っていく。

「めっちゃめんどくさそうですけど」

 ほがらからすれば意味が分かりません。どう考えてもクラス縦割りでいいでしょう。アイドル云々を考えるなら、男女も完全に別にすればいいと思います。

さえずり学園の、芸能科の体育祭だからね」

「……と、いうと?」

 一緒に首を傾げる3人に、瑠璃音るりおは尊さを感じながら言います。

「先祖返りたちによる祭りであり、戦いなんだ」

 この言葉を言い終えたそのとき、

「おーほっほっほっ!」

 よく通る、女性の声が男子寮に響きました。位置関係的に、玄関か談話室でしょう。

「女子……?」

 不思議そうな顔を浮かべる1年生に、近くにいた先輩たちは苦笑いです。

「疲れてないなら見に行くといいぞ」

「面白くはあるからな」

 瑠璃音るりおもうんうんと頷きました。



 玄関に行くと、あたりには数十人の男子生徒が集まっていました。

「ごきげんよう! 男子寮の皆様!」

 開け放たれたドアから逆光が差し込み、一瞬眼がくらみました。さえずり学園芸能科の制服に身を包んだ女子生徒が、寮に入ってすぐのところで仁王立ちをしています。銀髪に縦ロール、口調も相まっていわゆる

「お嬢様キャラだ……」

「実在したんか」

「……デビュー済みの先輩すらキミたちは知らないのか? あの人は――」

 曲がり角から顔だけ出しているSPARCRO スパークロ VISION ビジョンを「お嬢様」はぐるりと顔を動かし見つけます。ぎょっとする間もありません。

「いかにも、わたくしですわ!」

 優雅に、それでいながら力強く、3人の方に歩いていきます。その姿は――、家のような、落ち着く雰囲気のヤドリギ寮には――、まったく似合ってませんでした。男子たちは全員すすっと道を譲りました。

「ごきげんよう! すずめ様、烏丸からすま様は西軍ですわね」

「西軍……?」

「ちゅーことは俺は東軍?」

「理解が早いですわね、鳩井はとい様。あの男が早めにピックしただけのことはありますわ」

 うんうんと満足げに頷きます。面食らっている3人のうち、西軍と呼ばれた忠太ちゅうた一颯かずさの手を取ります。

「お二人はこれから作戦会議がありますから、ともに参りましょう!」

「ちょっと待ったー!」

 そんな掛け声とともに瑠璃音るりおが登場します。

「いくら鴻戯 こうぎ先輩でも……、アイドルちゃんの手を握るなんて言語道断ですよ!」

「あら鳴美なるみ様。邪魔しないでくださる? これから西軍での作戦会議と親睦会がありますので」

「インタビューに握手会!? なお許せません!」

「おルリ先輩、言うてないです」

 やれやれと溜息をつくと「鴻戯 こうぎ先輩」は口を開きます。

「仕方ありませんわね。……出でよグッドルッキングガイ!」

 ぱちん、と指を鳴らすと玄関に2人の影が――。

「あ、あれは」

 震えながら瑠璃音るりおは眼を見開きます。

「ブラックスーツ姿のクロくんと荒鳶あらとびくん、だと……! ぐはっ」

 崩れ落ちる瑠璃音るりおほがらがなんとかキャッチしました。

 玄関先にいる夏焼なつやき黒嗣くろつぐ荒鳶あらとび可弦かいとは、言葉通りの黒スーツ姿です。フォーマルな格好に合わせて、髪も撫でつけられています。制服や衣装、私服、そのどれとも印象の違う姿です。

「そ、そんな、どうしてこんなことを」

 動揺する一颯かずさを見やると、黒嗣くろつぐは胸ポケットにあったサングラスをかけて一言。

「何も言うな……」

 SPARCRO スパークロ VISION ビジョンの目線が今度は可弦かいとに向かいます。

荒鳶あらとび先輩までスーツ着てどうしたんですか?」

「うるさいぞ、チュン太郎。俺だって好きでこんな」

「およしなさいな、荒鳶あらとび可弦かいと

 と「鴻戯 こうぎ先輩」が言うだけで可弦かいとはぐっと押し黙りました。

(まじか)

 それはほとんどすべての男子生徒の感想でした。

(トンビ先輩があんなにあっさり黙るなんて……、あれじゃあまるで)

鴻戯 こうぎの。来るなら来るでアポイントを取ってくれないか?」

 吹き抜けの2階から宇留鷲うるわしはじめが現れました。


「あら、宇留鷲うるわしの」

 扇子を開き、口元を隠すと「鴻戯 こうぎ先輩」は流し目ではじめを見上げます。

「高いところがお好きなのはお変わりないようで」

「これは失礼」

 はじめは吹き抜けの手すりを片手で飛び越え、しっかり受け身をとって着地しました。あたりにいる男子生徒たちから、ええ……? というドン引きの声が聞こえました。そのまま「鴻戯 こうぎ先輩」の前まで歩いていきます。

「女子が無断で男子寮に来るべきじゃないな。風紀委員長ともあろう者がその振る舞いでは、生徒会としても困ってしまう」

「おーほっほっほ! 知ったことではありませんわ」

「あのな」

「せっかくの体育祭ですのに、規則に縛られるなんてつまらないでしょう」

「一応、保守派だよな?」

「ええ、一応」

 こんなやりとりを尻目に、忠太ちゅうた一颯かずさに問います。

「こうぎせんぱい、はどういう――?」

鴻戯 こうぎめぐみ先輩。3年生。デビュー済み。七大名家の次期当主」

「ほぼワシ先輩じゃん」

 ほがらがそう言うと、はじめめぐみも、とっても嫌そうな顔をしました。

「一緒にしないでくれ」

「一緒にしないでいただけるかしら?」

「へーい……」

 SPARCRO スパークロ VISONの3人は瑠璃音るりおの腕を取って、引きずりながら後退します。フローリングにがつがつと瑠璃音るりおの踵がぶつかりますが気にしません。黒嗣くろつぐの口が音もなく「ルリがすまん……」と動くのを忠太ちゅうたは見ました。

 めぐみが首を傾げます。

「あら、すずめ様と烏丸からすま様はこちらに来て頂かないと」

「ここは男子寮だ。あまり勝手な真似は――」

 ぱちん、とめぐみが指を鳴らします。

 すると忠太ちゅうた一颯かずさの肩に、後ろから手が置かれました。

「え」

「ちーすっ、お二人さん。うちのボスと来てもらおうか」

早座居さざい先輩……?」

 ちゃらい先輩こと、早座居さざい早輔そうすけが後ろにいました。能力弱化の力を持ち、過去には黒嗣くろつぐの能力の修行にも付き合った生徒です。

 はじめの眼が早輔そうすけに向きます。

「……」

「そう睨まんでくださいよ、生徒会長。おれっちは風紀副委員長なんすよ? んじゃ、2人とも行こっか」

「ちょっ」

 忠太ちゅうた一颯かずさの肩をぐいぐい、めぐみの後ろに連れていきます。力強いだけではなく、手慣れていると感じました。

「ご苦労様ですわ。あとは――、朱凰すおう紅蓮ぐれん!」

「お、ワシもじゃったか」

 人込みの中からひょっこりと顔を出した紅蓮ぐれんは、そのまま軽やかな足取りでめぐみの元に駆けつけます。そして右手を差し出すと、棒つきキャンディを一つ渡されます。ささっと包装紙を破り、飴を口にします。

「うむうむ、分かっとるのぉ」

 横に来た紅蓮ぐれんの裾を、忠太ちゅうたが引っ張ります。

「……朱凰すおう先輩もこっちなんですか?」

「まぁ、片割れが東軍なんじゃから仕方あるまい。やつは生徒副会長じゃしなぁ」

「片割れ? ていうか生徒会とか風紀委員とか関係あるんですか?」

 忠太ちゅうたの疑問に、にやりと紅蓮ぐれんは笑います。

「もちろんじゃ! クラス対抗でも紅白戦でもなく、東西戦と呼ばれるのはなぜじゃ? 東の宇留鷲うるわしと西の鴻戯 こうぎ、政事の生徒会と荒事の風紀委員会、さえずり学園の水と油」

 紅蓮ぐれんは高らかに言い切ります。

「体育祭はそういう祭りじゃ」

 忠太ちゅうたは、今は意識を失っている瑠璃音るりおの言葉を思い出します。


「先祖返りたちによる祭りであり、戦いなんだ」


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