第9話(前編)
少し暑くなってきた5月。
たとえ新人戦でどれほど活躍しようとも関係ありません。学生である以上はテストを受けなくてはならないし、最低限の点数も求められます。
中間テストの最後の科目が終わると、1年A組はにわかに活気づきます。思い出せなかった答えを人に聞いたり、遊びに行けることを喜んだり、おおむね楽しそうです。学校机をみんなで囲んで予定を相談したり、窓を全開にしてよっしゃー! と叫ぶ男子もいました。
「お、終わった……」
そんな教室の中で、
「どっちの意味で?」
斜め前の席の
「どっちも」
との返答。
「ボクがあれだけ教えたのに……?」
「少しは
「え、なんだろ。サッカーとか?」
「なぁなぁカラス」
青筋を浮かべた
「みんな聞いてるし、効いてるぞ」
「は?」
同音異義の言い回しに戸惑い、きょとんとします。みんな、というところに反応して教室を見渡すと――。
「そうだよな、俺ら新人戦でも負けて……」「頭もよくなくて」「顔も」「家柄とかもな」「はは……」
クラスメイトの大半に効いてました。
「……悪かった」
「ま、期末テストはみんなでカラス先生に面倒見てもらおうや」
さすがに気まずそうな
クラスメイトの1人が声を挙げます。
「そんなに教えるのうまいの?」
その言葉には――
「ええとても上手です」
「
クラスメートたちが色めき立ちました。
「そりゃ本物だわ」「すげぇ」「頼む教えてくれ」「
一方で、
「そ、そんなに……? おれって、そんなに……?」
クラスメイトから、これほど馬鹿だと思われていたことに、ショックを隠せない
テスト期間中の授業は午前で終わり、昼からは自由時間です。
「みんな酷すぎない?」
「どうどう……」
寮の食堂で昼ごはんを食べています。席が結構埋まっているので、外出してる生徒は少ないのでしょう。賑わっている理由は、今日のデザートが豪華だからです。お値段がお高めで有名なアイスが出てきます。芸能科男子の大半が釣れました。ちょろい。
「自己採点的にも、赤点は取ってないのに。……たぶん」
「そこは絶対と言ってくれ」
「あー、いいね。いい会話だ。壁になってずっと聞いていたい……」
「壁に? まさか
違うと思うぞ、と
(あれ?)
しかしアテが外れました。
「おルリ先輩。クロツグ先輩は?」
「ああ、クロくんなら体育祭のことで用事あるんだって」
「体育祭?」
きらん! と
「そう、アイドルといえば運動会でしょ! アイドル様たちが跳んだり跳ねたり! 汗を流しながら、仲間との友情を育みあい、その姿がファンに観られてることを思い出し、恥ずかしそうにはにかむ、あの!」
偏ってんな~、というのが
楽しそう、というのが
魅せ方も意識してるのか、さすが先輩! というのが
「やっぱりクラス対抗なんですか?」
「うちの体育祭は学科ごとにやるけど……、芸能科はクラスが男女別でしょ? だから男女混合の紅白戦なんだー。あ、正確には東西戦か。東軍と西軍に分かれて戦うんだよ」
「あ、女子ともおなじチームにいるんですね」
「そうそう。こっちも向こうもデビュー済みのアイドル様もいるし、結構気を遣ったりするんだよね……」
「その東軍西軍の分け方はクラス単位ですか?」
と、
「クラス関係なし。ばらばらだよ。それぞれの総大将がドラフト制で生徒を獲得していくからね」
ドラフト制。
つまり、自軍に欲しい生徒を指名してチームを作っていく。
「めっちゃめんどくさそうですけど」
「
「……と、いうと?」
一緒に首を傾げる3人に、
「先祖返りたちによる祭りであり、戦いなんだ」
この言葉を言い終えたそのとき、
「おーほっほっほっ!」
よく通る、女性の声が男子寮に響きました。位置関係的に、玄関か談話室でしょう。
「女子……?」
不思議そうな顔を浮かべる1年生に、近くにいた先輩たちは苦笑いです。
「疲れてないなら見に行くといいぞ」
「面白くはあるからな」
玄関に行くと、あたりには数十人の男子生徒が集まっていました。
「ごきげんよう! 男子寮の皆様!」
開け放たれたドアから逆光が差し込み、一瞬眼がくらみました。
「お嬢様キャラだ……」
「実在したんか」
「……デビュー済みの先輩すらキミたちは知らないのか? あの人は――」
曲がり角から顔だけ出している
「いかにも、わたくしですわ!」
優雅に、それでいながら力強く、3人の方に歩いていきます。その姿は――、家のような、落ち着く雰囲気のヤドリギ寮には――、まったく似合ってませんでした。男子たちは全員すすっと道を譲りました。
「ごきげんよう!
「西軍……?」
「ちゅーことは俺は東軍?」
「理解が早いですわね、
うんうんと満足げに頷きます。面食らっている3人のうち、西軍と呼ばれた
「お二人はこれから作戦会議がありますから、ともに参りましょう!」
「ちょっと待ったー!」
そんな掛け声とともに
「いくら
「あら
「インタビューに握手会!? なお許せません!」
「おルリ先輩、言うてないです」
やれやれと溜息をつくと「
「仕方ありませんわね。……出でよグッドルッキングガイ!」
ぱちん、と指を鳴らすと玄関に2人の影が――。
「あ、あれは」
震えながら
「ブラックスーツ姿のクロくんと
崩れ落ちる
玄関先にいる
「そ、そんな、どうしてこんなことを」
動揺する
「何も言うな……」
「
「うるさいぞ、チュン太郎。俺だって好きでこんな」
「およしなさいな、
と「
(まじか)
それはほとんどすべての男子生徒の感想でした。
(トンビ先輩があんなにあっさり黙るなんて……、あれじゃあまるで)
「
吹き抜けの2階から
「あら、
扇子を開き、口元を隠すと「
「高いところがお好きなのはお変わりないようで」
「これは失礼」
「女子が無断で男子寮に来るべきじゃないな。風紀委員長ともあろう者がその振る舞いでは、生徒会としても困ってしまう」
「おーほっほっほ! 知ったことではありませんわ」
「あのな」
「せっかくの体育祭ですのに、規則に縛られるなんてつまらないでしょう」
「一応、保守派だよな?」
「ええ、一応」
こんなやりとりを尻目に、
「こうぎせんぱい、はどういう――?」
「
「ほぼワシ先輩じゃん」
「一緒にしないでくれ」
「一緒にしないでいただけるかしら?」
「へーい……」
「あら、
「ここは男子寮だ。あまり勝手な真似は――」
ぱちん、と
すると
「え」
「ちーすっ、お二人さん。うちのボスと来てもらおうか」
「
ちゃらい先輩こと、
「……」
「そう睨まんでくださいよ、生徒会長。おれっちは風紀副委員長なんすよ? んじゃ、2人とも行こっか」
「ちょっ」
「ご苦労様ですわ。あとは――、
「お、ワシもじゃったか」
人込みの中からひょっこりと顔を出した
「うむうむ、分かっとるのぉ」
横に来た
「……
「まぁ、片割れが東軍なんじゃから仕方あるまい。やつは生徒副会長じゃしなぁ」
「片割れ? ていうか生徒会とか風紀委員とか関係あるんですか?」
「もちろんじゃ! クラス対抗でも紅白戦でもなく、東西戦と呼ばれるのはなぜじゃ? 東の
「体育祭はそういう祭りじゃ」
「先祖返りたちによる祭りであり、戦いなんだ」
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