第8話(前編)
新人戦の中盤。
ア・カペラ。元は「礼拝堂風に」や「聖堂風に」という意味を持っています。今日では、無伴奏の「合唱」のことを示すことが多いでしょう。しかしもともとの意味を思わせるほどに、
救いを求める人々の前に、天使が現れたとしたら。
誰もが歓喜し、大粒の涙を流すでしょう。
そんなことを考えさせるほど、強烈なパフォーマンスです。
高校一年生にして絶対の力を持つ
言葉にするなら「敵わない」でしょう。
そう思わなかったのはほんの一握り。
その一人である
「すごい……おれもあんな風に――」
周りの一年生がぎょっとする中で、ユニットメンバーの2人だけが平然としていました。
「あれに勝つのがボクたちの目的だぞ」
「スズメもカラスも強気よなぁ」
島外からの入場規制もあり、空席の目立つ
すぐに、
「おかえり、
「……っ! ありがとうございます、
ステージ上では目立たなかった汗を拭い、
「やっぱり
「――夢中」
驚く
「ああ、いえ。――僕の能力は『夢中』なんです。誰かに聞いたのかと思って、驚いてしまって」
「初耳」
くすりと
教室や寮とおなじ調子で会話をする2人とは違い、舞台裏は緊張感に包まれています。音や光の効果を借りずに、ステージに立つなんて信じられませんでした。これまでのレッスンでは、むしろ音楽や照明との相乗効果を活かすことを教わったのです。そんな彼らにとって
どうしようもない敗北感を覚えるのも致し方ないことでしょう。
発端が
「やっぱり出るのやめときゃよかった」
と、誰かが言いました。
全員の視線が向く先にいたのはB組の生徒でした。彼もまたアイドル衣装を着て、ステージに立ちました。ちょうど、
「負けんの分かってて、しかも差を見せつけられて、晒しものにされて、挙句の果てに憐れまれるなんて――、最悪だ」
「そんな言い方……」
「落ち着けって」
わらわらと人だかりができます。
「俺らもよくやったじゃん」
「それにお前は
「実際、アレのあとにやんのはきついよな」
空気は重く、ほとんどの生徒はうつむいています。一度も口を開かない生徒もいますが、内心では共感しています。自分たちはよくやった、順番にも左右される、心がくじけても仕方がない。とにかく、このライブが早く終わることを祈っています。
「ちょいちょい、顔色悪いぞ」
(僕のパフォーマンスは完璧だったはず……)
しかし現実には、級友たちの落ち込む姿が広がっています。
「……僕は、どうすれば」
小さく漏れたつぶやきに、
「
と、件のB組の生徒が言いました。
「だいたい! お前はもうデビューしてんじゃねぇか。なんで比べられなきゃいけねーんだよ。……そっちのが上に決まってんじゃん」
沈黙。
しかし
「タカはめっちゃがんばっとる。一緒にレッスンしてたから分かる。そんで、めっちゃがんばっとる人間が、めっちゃかっこいいってのは、普通のことなんよ」
「そもそも
諭すような口調の
「んだとオイ――」
「まぁまぁ」
さすがにまずいと思った
「とりあえず落ち着こう」
「お前らだって、どうせ敵わないだろ!」
「叶えるよ」
入学式で初めて見たライブ、先輩たちのステージ、ついさっきの
いつかやりたいと思ったそのすべてを。
「叶えるよ、今から」
屈託のない笑顔で、
「次は
「委縮してないといいけど」
「せんじゃろ、どうせ。
「
最前列のど真ん中に座っているのが
「しっかし、鷹のあとはパッとせんかったのぉ」
遠慮のない
「やめなさい。あなたにそんなことを言われてはなおさら落ち込むことになるでしょう」
「でもまぁ、悪いけど光るものはなかったよね」
いつもは反目しがちな
「実力差があるとはいえ、折れるのはね」
「……ウン」
興味のなさそうな
自分の輝きが、他人の輝きを奪うこともある、ということに
そしてその自覚がない2人組、
「クロくん、ペンラの色変えとかないと」
「……あいつらって色とか決まってんのか」
「大丈夫、
いたずらっぽい笑みを浮かべた
「デビューしたら、か。いいな、どの色か教えてくれよ」
「さぁて、踏ん張りどころだぜ。カズサ」
期待に満ち満ちた目をステージへ向けます。
それとは違う、品定めするような目があります。
芸能科男子デビュー組のもう一つのユニット、
ふぅ、と小さく
「普段の実力の半分も出せてない生徒が多いな。特に、チコのあとは」
「ハッ、そりゃそうだろ。あんだけカマしゃ大抵の連中はついてこれない」
圧倒的な実力者を前にして、自分とは違うと切り離し、諦めるのか。それともなんらかの勝算を見出し、挑むのか。
「鳩ポッポがどっち側かは分かんねーけどな」
その言葉に、
「――チコのライブのあと」
思い起こされるのは、劇的なアカペラパフォーマンス。
「ほかの1年生は見所を作れなかった。新人戦の山場は終わった、と。誰もが考えている。感情曲線の谷なんだよ、この時間は」
ライブの山場は終わり、観客の気持ちが昂るのは次の日か、はたまた今日の帰り道の感想会か。すでにピークを超えて、より深く底に向かう観客のボルテージ。
「そこから飛べるか?
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