第8話(後編)
スクリーンに映るのはトリを飾るユニット。
「みなさん、はじめまして! せーのっ」
「
「皆さん、今日はおなじ曲ばかりで疲れましたか?」
きりっとした顔で言う
間髪入れず、
「ほな、最後はぱーっとみんなで歌いましょ!」
そして
「ミュージックスタート!」
高らかに音楽を始めます。
音楽の開始とともに、3人はステージを降り、観客にもマイクを向けます。
しかし。
(やりたいことは分かるが――、そううまくはいかないだろう)
VIPルームから
(それに、歌って感動させるよりも、歌わせて感動させる方がはるかに難しい)
歌うというアクションを起こさせても、それがいい感情体験になるかは分かりません。歌うことが好きな人ばかりでもないですし、その技量もピンキリです。そういう意味では、自分たちの才能や努力で完結するパフォーマンスの方がよほど楽でしょう。
盛り上がりつつも、どこかアイドルと観客がズレたままライブが進みます。
もうすぐ、曲の1番が終わってしまいます。
(ちょっと甘かったか)
と、考えるのはなんと
(見に来た人たちが顔を上げてくれるようにと思ったんだけど……)
実際、顔は上がりました。
(2番で流れを変えなきゃ)
アイコンタクトをほかの2人と交わします。まったく予定してなかったことをやるけれど、構わないか、という意思確認でした。返答は2人とも「OK」です。
観客席のど真ん中の通路を走り抜け、ステージに飛び乗り、そのまま勢いを落とさず舞台裏へ向かいます。観客も、VIPルームで見守る先輩や教職員も、級友たちも、
舞台裏の37人の1年生全員と目が合った気がしました。もちろん気のせいでしょう。そこのライトは弱く、メインステージから漏れ出る光で、影ができる場所です。全員の目がはっきり見えるなんてことはありません。
「歌おう! いっしょにやろう!」
胸を張って言う
が、すぐに。
「何言ってんの……?」
「いや会場にいる全員で歌おうと思ったんだけど、やっぱお客さん恥ずかしいみたいでさ。でもさ――」
船に乗った日。迷子の男の子は、一緒に歌を歌って元気になりました。
「みんなで一緒に歌えば恥ずかしくないかなって」
「……知らねぇよ」
はき捨てるような声がします。
「お前らの自己満足になんで付き合わなきゃいけねぇんだよ」
「つか俺らの出番終わってるし」
「感動ごっこじゃん、きも」
否定の言葉が続く中、
(僕のせいだ――)
この
(そのせいで
手を抜くべきだったなんて思いません。観客のために完璧なパフォーマンスを提供するのはアイドルの責務です。絶対に譲れない点です。しかし結果として、笑えなくなってしまった人がいるのも事実です。
(みんな、よくしてくれたのに)
自分のようなハズレに、親切にしてくれました。寮でも、教室でも、町でも、おなじ芸能科の生徒として仲良くしてくれました。特に、
「もう一回やったらいいじゃん。パフォーマンス」
「なにを――」
「もっかいアピールできるじゃん。それにさ、それにさ」
あはは、といつも通りに笑います。
「ぱーっと歌ったらすっきりするじゃんね!」
お気楽な調子の
「カラオケかよ」
「いいじゃん、カラオケ好きだろ?
「なんで名前……」
「え、寮で自己紹介したじゃん。あとあれ、歯磨き粉借りた」
あっけからんと
「ぼっ!」
と
「ぼ、僕も、……落としたペンを拾ってもらいました」
沈黙のあと、爆笑が起こりました。
「そんだけかい!」
「
「それな」
「おいコラ適当言うな」
「てゆーかおい、もう2番始まってんじゃん!」
37人が走り出します。ライトが眩しくて、隠れる場所がなくて、最高の自己表現ができるステージへと向かいます。
足が動かなかったのは
(僕は――)
「行こう!」
それもほんの一瞬のこと。
曲はCメロからラスサビへ――。
GW真っ只中。新人戦の翌日。
新人戦を終え、1年生たちはもう気を抜いていました。新人戦のフィードバックのために、芸能科校舎に登校していますが、午前のみで解放されます。入学から1か月、寝ても覚めても新人戦のことを考えていました。もちろん本番で悔しい思いをした生徒も多くいます。しかし最後にぱーっと歌ったことで、なんとか引きずらずにしみました。
1年A組の教室では騒々しい朝の光景が広がっています。
「ネットでは賛否両論だな」
「自分たちのユニットのみで完結させるべき、共感性羞恥、子供の遊びの発想、といった酷評もあるが、感動した、観ててしんどかったけど最後に救われてよかった、といったものもある」
「なあカラス先生、賛否の賛が弱くね?」
「やめろ。……こういう意見もある。
「せいひつ、とは?」
「静かってことやな」
漢字も意味も分からなかった
「オウ! 俺もそう思うぜ。おめぇらと
「ありがとうございます。……でも」
「次は負けませんから」
周りの4人はさすがに驚きました。
第78期芸能科男子新人王・
「ストイックよなぁ、タカは」
「ボクらの立つ瀬がない気がするが」
「ほんとにね。おれたち負けたんだけど」
第78期芸能科男子新人戦第2位・
「圏外だった俺のことも気を遣ってくれていいんだぜ?」
第78期芸能科男子新人戦新人王・
第78期芸能科男子新人戦第二位・
「楽しみだなぁ、合宿」
5月になったばかりでも、風はすでに熱気を帯びています。夏の近づく空を、小さな鳥が気持ちよさそうに飛んでいました。
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