第7話(前編)
新人戦まであと1日。
高いところにある壁掛けの大きなテレビに映っているのは、ゴールデンウィークの特集です。おでかけスポットや名物料理、おすすめのお土産などが紹介されています。しかし、明日のことを考えると頭に入ってきません。生徒たちは、木製のシンプルな椅子や赤い三人掛けのソファ、人をダメにするクッションなどに腰かけながら、ぼーっとテレビを眺めています。
「もう明日かぁ」
いつも以上に気の抜けた声でした。
「準備万端だ」
涼しい顔で
「ようやくステージに立てる……」
「よかったなぁ、スズメ」
「すげぇ他人事だけど、
「そうだぞ
とは言いつつも、緊張するよりは―いと思う
「へーい」
生返事をしながら、
そんなときです。テレビに有名なアイドルが出てきました。
「なぁカラス、あの人って学園出身?」
「ああ、芸能科OBだな。
「じゃあおれ達の先輩ってこと!? すげぇ~」
テレビに映るアイドル、
「おれ達もテレビに出たりするのかなぁ」
「……新人戦で勝てば、可能性は上がる」
新人戦での勝利は、デビューに至る王道です。
それはそれとして、
「めっちゃ人気で、名家の出で、なんかワシ先輩みたいだなぁ、この人」
「言われとておるぞ、
湯呑をちゃぶ台に置きながら、
「ま、経歴は似てるかもな。今のところ」
テレビに映る
苦難も覚悟のうえで、新しい道を作り上げていくつもりです。
そんな覚悟を知ってか知らずか、
「かかっ、今のところか。それはよい」
と、皮肉めいた物言いをされました。
「……
「はて? ワシもおぬしもまだ未成年の小僧っ子じゃろうて。
今世の
「なぁに気にせずとも。人の道は、その者だけの道じゃ。多少似ても、同じにゃならぬ」
そもそも
「ありがたいことで、退屈とは
「俺としては重なりすぎていて困りものだけどな」
直近で言えば、
「男子寮に来てくれたのがせめてもの救いだったか……」
遠い目をする
「かっかっかっ、女子寮じゃったら
「だろうとも。はぁ、本当によかった……」
「七大名家はさすがだねぇ」
と
「はっ、別に俺にとっちゃどうってこともねぇけどな」
ダイニングテーブルを囲むのは
「七大名家の英才教育がやべぇってのは知ってるが、
話題は七大名家やそれに連なる家の教育についてです。一般家庭出身の
「つーか、滝行って実在するのか……」
レッスン用の山があることも、その山の滝に打たれる修行があることも信じられませんでした。何時代?
「おいおい、滝に打たれたこともねぇのか?」
「なにそのマウント」
「僕としては、入学してからレッスンを始めたお二人のほうがよっぽどすごいと思います」
「そう言われると照れくさい気もすんな」
と
「こういうユニット合同ライブまたやりたいなぁ……」
「夏合宿でやんだろ、どうせ」
「全員俺がぶっ飛ばしてやるぜ」
「カ、カイトくん……、そんな言い方」
先日のライブの話をしたり、今後のライブについて盛り上がったりした4人でした。しかし不思議と明日の新人戦の話題はありませんでした。それぞれ思うところがあったのか、それとも結果についてもう予想ができているからなのか。
本人たちしか知りえないことです。
「前日はいつもこんな空気だね」
と
新人戦の前日、談話室には1年生が多くいます。部屋にいても明日のことを考えると落ち着けません。それにルームメイトがライバルであることも多く、ちょっぴり気まずいのです。さりとてユニットだけでどこかに集まると、やっぱり明日のことを考えずにはいられない。
結果として、談話室という「関係ない人もいるところ」にみんな集まります。他愛のない話し声や興味のないテレビの音が、緊張をほぐしてくれると信じているのです。
「分かります。ほのぼのしてるようで、全員よそよそしいと言いますか……」
「全員、固い」
リラックスしようとすると返って緊張してしまうというのは誰でも経験のあることでしょう。1年生の多くはまさにそうでした。新人戦以外のことを考えようとするあまり、新人戦のことばかり頭に思い浮かんでいます。
「なんとかしたいところですが……」
「無理」
きっぱりと
「僕もそう思う。それこそ、新人王になった先輩からのアドバイスだ……とか思って、みんなもっと緊張するよ」
「そうですよね……お茶を淹れても萎縮されてしまいそうですし……」
溜息交じりの
「
「む、毎年だなんて。2回目ですし、来年はありません」
3年生である以上、新人戦を控えた後輩を見て気をもむのも今年が最後です。
「
「うん」
実際、OBによる新人戦ウォッチパーティは人気コンテンツで、来年になれば、
もし選ばれたら、と思うと、胃痛に苦しむ自分がありありと想像できました。
「ぜひ代わっていただきたく……」
「そう言わずにさ、いいリアクション期待してるよ」
「……オレには無理。任せた」
今年の新人戦のことだけでも気苦労が絶えないのに……と
一昨年は
(せめて悔いの残らないように……)
談話室から出て、
(いよいよ明日)
早く寝なきゃと思いつつ、エネルギー発散のために歩いています。もう暗く、春とはいえ冷えるので、明るい道を選び、しっかり防寒しました。寮から坂道を下り、芸能科校舎の方に向かいます。
月と星と、まばらな街灯が
3月、人工島に来てから、色んなことがありました。
そのすべてを振り返るには、通学路は短すぎます。
(3人のままやりたいなぁ)
しかし大きな壁があります。
「
「
こっちはこっちで驚きました。
「何してんの?」
「……少し1人になりたくて」
「そっか」
じゃあ長居はしないほうがいいか、そう思った
「少し話しませんか?」
と
「おっけー!」
そういうことならお構いなく。
「
「うん?」
「いえ」
きっと「何の先祖返り」なのかも気にしないのでしょう。
純粋さが、無知ゆえならば。
何も語るまいと思いました。
「明日は、お互いがんばりましょうね」
「おう!」
それから2人はとりとめのない話だけをしました。
それとも、絶対に負けないという自信か。
新人戦まであと1日。
春の夜のことでした。
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