第6話(後編)
新人戦まであと7日。
「デビュー済みユニットのみが出演する春の祭典……」
「DAY1は男子、DAY2は女子。男子からは
「スズメ、カラス。屋台が出るらしいねんけど……小銭は持ってきたか?」
のん気な
「遊びに行くんじゃない」
まぁまぁ、と
学園ドームに向かうバスの最後列で、3人は今日のライブについておさらいしています。いかにもローカルっぽい緑の椅子にちょこんと座っています。右端の窓際から
「1年生くんたちは元気だねぇ」
「おれっちたちもフレッシュさなら負けないぜ?」
「はいはい……」
5人座れる最後列はもちろん、通路の補助席もすべて埋まっています。
「芸能科はすし詰めにされる運命なんか?」
「座れるだけましだと思うことにしよう」
「カラスも前向きになったなぁ……」
「今日までの10日間は無駄じゃない。ここからの1週間でさらに勝つためのプランを明確にする。そのためにも今日は――」
「タカをよく観る」
「そうだ」
新人戦を目前にライバルの「本番」を観られるのは幸運なことです。
「今日のおれたちはスパイってことだな」
なぜか楽しそうな
「しかしなぁ、カラスよ。タカに実際勝てると思うん?」
「なんだ、レッスンの成果に自信がないのか」
「そのレッスンが問題なんよ」
「ダンスの振りひとつとっても覚えが早い。んで、その分余った時間をクオリティアップに使う。しかも、あの人たちは人一倍練習する」
「……早々に
生来の才能に加え、環境や努力によっても磨き上げられた実力者3人です。
スタートの差は圧倒的だと言えるでしょう。
「でもだから勝てないってわけじゃないじゃん?」
けろりと言ってのける
「スズメはそういうとこあるよな」
「言っておくが、
「100倍……」
どう考えても不利、ですが。
「ま、今更か」
「今日のライブも楽しみだなぁ」
「スズメって」
「こういうところがあるな」
2人のつぶやきは、再びフライヤーに目を落とした
「推しと、同じ、ステージに……」
「昨日から言ってるけどよぉ……デビューした時点で分かってただろ?」
スプリングライブは毎年のイベントで、新年度になった時点で、出演者が決まります。昨年度にデビューした
「許されることなのか、それは……」
「いいんじゃねーか。同じアイドルなんだし」
「そう、僕はアイドル」
「ああ」
「クロくんもアイドル……あと顔がいい」
「……ありがとな」
「じゃあいったんセーフか……」
「……そうだな」
理解はできませんでしたが、セーフならいいか、と思いました。
「おやつぐらいええじゃろ!」
との言葉に
「もう少しで衣装にこぼすところでしたよ」
横で、まったく興味がなさそうに
「子供じゃないんだから我慢しなよ……」
さらに
「
と苦言を呈しました。
「う、うぐぅ」
もはや
「あいわかった! もう楽屋で、きな粉餅は食わぬ!」
そりゃそうだろ、
「細かい修正点は以上だ。質問は?」
ライブの演出等に関する修正点を一気に説明し、
「あるわけねぇ、そうだろチビ?」
年上の幼馴染からの問いに、
「うん、大丈夫」
(俺は今日も、
仲間からの期待にも、家族からの期待にも、ファンからの期待にも、そしてなにより。
(俺自身の期待にも絶対に応える)
それが
学園ドームはアイドルの登場を待ちわびる観客のざわめきに包まれています。
暗転。
ざわめきが歓声、絶叫、拍手に変わり、すぐにライトが9人のアイドルを照らします。
流れる音楽は校歌とも称されることのある楽曲。
『さえずり』
共通衣装に身を包んだアイドル達が、歌い、踊り、ファンたちを歓喜の渦に誘います。
「みんなおなじ衣装だ! いいなぁ~」
「よく見ろ、それぞれ違う装飾が施されている」
「マイナーチェンジで個性だしてんねぇ」
続けて披露されたのは『第77期新人戦課題曲』と『第76期新人戦課題曲』。
前者は、2年生(77期生)に1年生の
後者は、3年生(76期生)の5人。4人組の
「トンビ先輩とクロツグ先輩ほぼ喧嘩しとらんか?」
「
「3年生ってやっぱすごいなぁ~」
そしてMCを挟んでユニット楽曲へ――。
「他のユニットと一緒にステージ立つのすっげえ楽しそうじゃない?」
ライブが終わり、
近くまでバスで移動して、そこから歩いて寮に向かっています。日はすでに沈み、町は閑散としていました。商店街の方も店じまいは早めなので、もう静かです。春の夜風に当たりながら、3人はライブの感想を言い合っていました。
「俺たちもデビューしたら機会あるんちゃう?」
「だろうな。デビューすれば『HINAGA』はもちろん、文化祭での『YONAGA』でも共演するだろう」
春のライブイベントとは違い、秋の文化祭では芸能科全員がステージに立ちます。デビュー済みかどうかで見せ場の多さは変わりますが、多くの1年生にとって新人戦に続く大きなチャンスです。
「無論、ボクらはデビュー組として――」
なんて話していると、ヤドリギ寮の坂道に差しかかりました。いつも通りの勾配で、でも最近は登るのも苦じゃなくなってきました。
(慣れるもんだなぁ)
と、
「タカは、すごいぞ」
出し抜けに
「どうしたの、
「いや、一緒に練習してて思ったんよ。才能とかセンスとかじゃなくて、努力の量も質もハンパじゃない」
正直、
しかし実際に
「積み上げてきた物が違うと思った」
「
よもやと思いながらの
「別に諦めたわけじゃないぞ。ただ、タカは世間知らずの坊ちゃんってわけでも、才能だけの軟弱ものでもないってことが改めて分かったって話」
「当たり前だろう、なにを今更」
「そうだよ。
あっさり言ってのける2人を見て、
「せやんなぁ」
(何が嫌って)
ほんの2週間近くにいただけで、
(そんなことに慣れなくていいのに)
寮の扉を開けば、明るい光が3人を出迎えます。それとともに食欲がそそられるにおいもしました。調理スタッフの方たちがご飯を作って待っています。
(まぁ、俺が作るか)
よく食べるので、最低限の料理はできます。もっぱら食う専門ですし、その方が好きですが……おなかを空かした弟妹のために作ることもありました。
(外でたくさん疲れても、家に帰ればメシがある。それが一番だよなぁ)
その日、
ちなみに味は好評でした。
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