第6話(前編)
新人戦まであと17日。
(ワシ先輩の嘘つき……)
「だ、大丈夫ですか、
本気で心配してくれているのでしょう。
「ほっとけほっとけ。鳩ポッポはだいたいいつもそんなツラだろ」
呆れた声で言われてしまうものの、反論する余裕もありません。
(でも立ち止まったらダメだ……)
アーケードの下に広がる商店街には、おいしいものがたくさんあります。コロッケ、おにぎり、焼き鳥、お団子、いい匂いがあちこちから漂います。今日も今日とて、芸能科や隣の校舎の音楽科の生徒たちが、この商店街で買い食いをしていました。
「
「
「
「横の死にそうな顔のやつ誰?」
「知らん。お付きのものじゃない?」
いや誰がお付きのものやねん、とツッコミたい
(俺には無理! 絶対無理!)
ぐー、と大きくおなかを鳴らしながら、
(なんとか指導方針が変わらんかな。
「よし、昼にしようか」
と
「ワシせんぱいさいこ~!」
さぁ、本日のお昼ごはんは?
商店街から少し離れたところにある定食屋さんでした。道一本を越えただけで雰囲気ががらっと変わります。昔からの邸宅が多く、人で賑わう商店街とは違い、静かな空間です。ラジオから聞こえてくる音楽も流行りのヒットソングではなく、落ち着いたトーンの古い曲ばかりが続きます。
「ご馳走様でした。……い、生き返る~」
おいしくご飯が食べられるならなんでもオーケーです。
「本当に、いい食べっぷりだな。
「つーか食いすぎだろ……」
「あとで腹ァ痛くなっても知らねぇからな」
「だ、大丈夫だよ、カイトくん。
「……そうかよ。ま、食える時に食っとくべきだな」
右隣でぐっとこぶしを握る
「大した
お茶を飲んでいた
「いやいや、そこそこでいいです」
「なに、鍛えて損をすることはないさ」
「でもほら時間は有限ですし」
「うまくやりくりしないとな」
ダメだ逃げられない。
くぅっと頭を抱える
「この後はどうするんですか……?」
「休みだな」
「……へ」
「俺たちはもともと今日はオフの予定だったんだよ。それに、
「ワシせんぱいさいこ~」
そもそも
「なに、気にするな」
気づいてないことに、もちろん
「カイトはここからが本番だしな」
「ハッ、軽く捻ってやるよぉ」
ちょうどそのとき、ガラガラっと店の引き戸が開きます。
「へっ、来たか……」
何事かと思った
引き戸の向こうにいたのは3人の小学生でした。
それぞれのランドセルからリコーダー入れが突き出ているのが見えます。
真ん中で仁王立ちしてる子は、
「新顔か……」
まぁそうかも? と
「よしな。こいつはただの見物だ。今日戦うのは俺だぜ」
「ちょ、トンビ先輩?」
「まぁ落ち着け」
「ただ真剣勝負するだけだ」
「相手は小学生の
「いえ、それは……」
「おい鳩ポッポ」
「こいつらは小学生で、俺は高校生。だからなんだってんだ? 本気にならない理由にはならねぇだろう」
ぐっと押し黙るしかありません。
「……話は終わったか」
リーダー格の小学生が言うと、
「待たせたな」
「なに……では始めるか」
そうして
「
と、2人の声が重なりました。
「
「知らんが?」
うっかりタメ口で返してしまいました。
「まぁ無理もない。さえずりめんこはメジャーな競技だが、島の外で見かけることはほぼないからな……」
「そういうのをマイナーって言うんですよ」
「ルールは一般的なめんこと同じだから、簡単だ」
「知らんす」
そもそもめんこは名前は知ってるけどやったことない遊びです。一般的ではないです。ただ、なぜか目を輝かせている
「まず、それぞれ場札を1枚出す。そのあとは手番制だ。相手の札をひっくり返すか、枠線から弾けばいい」
床にはすでにめんこが二枚あります。これが場札です。そしてその周りには四角い枠線があります。
「え……」
もともとある枠線です。
厨房の方をちらっと見れば、ご高齢の店主(っぽい人)が鼻の下をこすっていました。
「若いころを思い出すぜ……」
さようで。
「シュッ!」
鋭い息を吐きながら、
男の子が眼鏡を上げながら呟きます。
「一手目は『風めくり』ですか……。
なにそれ技名?
つっこみたいことは他にもあります。
「めんこの絵って……」
「ああ、芸能科の生徒だな」
叩きつけられためんこには絵が書いてあります。芸能科の生徒、というか、
「なぜ?」
「『さえずりめんこ』とはそういうものだ」
「自分の絵が書いてあるめんこを叩きつける幼馴染ってどう思います?」
「採用されて誇らしいな」
二人のやり取りを聞いていた女の子が言います。
「はじめくんのめんこは重量級で、ひっくり返されづらいんだよ!」
「そっかー……」
「どう思うよ、タカ」
「実は先日、サンプルをもらいまして……。今度部屋でやりませんか?」
カバンからめんこを取り出す同級生を見て、
こんな感じで「小学生と本気でめんこ勝負する先輩を眺める」ことで休日の時間が過ぎていきます。
リーダー格の子を倒した後、眼鏡の子とおさげの子も倒しました。3タテです。めっちゃ勝ち誇ってました。悔しがる小学生の前で力強いガッツポーズを披露しました。
「俺に勝とうなんて10年早ぇ!」
「くっそー!」
負けた子たちは膝をつき、床を叩いて悔しがります。
見かねて
「トンビ先輩、大人げなくないですか?」
「まぁまぁ」
リーダーの子が声を上げます。
「泣くな2人とも! 次こそ勝ってサインをもらうぞ!」
「うん!」
「がんばりましょう!」
小学生たちが立ち上がり、引き戸を開けます。
「首を洗って待ってろよ!」
「ハッ、いつでも返り討ちにしてやるぜ」
(どっちもめっちゃコテコテやな……)
子供たちを見送りつつ、新たな疑問を
「サインって?」
「あの子たちとの約束だよ。自分に勝ったらサインをあげるっていう」
「それぐらい別に書いてあげればいいのに」
「サイン会は抽選だ」
くるりと振り返り、座ってる
「ファンの中にゃ遠くから来るやつも、寝る時間を削るやつもいる。俺は俺を安売りしねぇ。『
その瞳からは強い意思を感じました。
「だから、ガキ相手でも手は抜かねぇ」
それだけ言うと、
「カイトくん、それ、僕の……」
「やれやれ……。まっ、あの子たちの場合は2枚目だしな」
「ぐ、ハジメェッ! それ言うな!」
少しむせながら、
「2枚目?」
「あの子たちには、去年もうサインしてるんだ。2枚目が欲しいって言われたとき、カイトが『さえずりめんこ』で勝ったら、と勝負を持ちかけた」
こぽこぽとお茶が注がれる音がします。
「そういう意味では大人げないな。いくら練習相手が見つからないからって……」
「うるせぇ。絶対、今年中に勝ち越してやる!」
「カイト、お前に四天王はまだ早い」
「上ばかり見ていては足元がおろそかになる。自分のめんこを一度見てみろ」
「はぁ? ……なん、だと」
その様子を眺めながら、
「次の世代からの追い上げがあることを忘れるな」
「へっ、上等だぜ」
ゆらりと湯気が動きます。
「年齢も立場も関係ねぇ……俺がトップだってことを証明してやる!」
決意を新たにする
(今日もいい天気だなぁ……)
窓から見える空は快晴。鳥が高く飛んでいます。ラジオから流れるのは世の無常を歌う歌謡曲でした。
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