第5話(後編)
新人戦まであと10日。
いつも通り
「この前ユニットメンバーの能力もコピーしたんですけど……」
「どうじゃった?」
ばりっと煎餅をかじった
「朗の能力はよかったんですけど」
と、
「ふむふむ、それで? 『リラックス』は?」
「怒った
「わっはっはっ」
「あまり笑っては気の毒ですよ」
とは言うものの
「……」
「そうだ!
「お口にあったかな?」
「美味しかったです! メンバーともまた行こうって」
「
「うん。あそこの3階は個室になっててね。静かに休みたいときにちょうどいいんだ」
デビュー済み在学生ユニットの中で、
例外もいますが。
「……ワシはあんまり誘われぬけどな」
唇を尖らせた
「静かに、休みたいときだから。遠慮して?」
にこりと
「かぁ~、生意気な。いつからこんな子になってしもうたんじゃ」
ずずっと茶をすすります。
「先輩たちって昔からの知り合いなんですか?」
「僕たちの付き合いは入学からだよ」
「ワシと
この言葉に
「どうして気になったんですか?」
「
いやまさかそんな、と
「テレビでも楽しそうですよね! クイズのやつとか!」
(そうだよね、テレビぐらい観るよね……)
簡潔にいえば、仲良し営業です。
このことは関係の深い相手しか知りません。
(一応、王子様系(笑)で通ってるしなぁ……)
「
「あはは、
このこの〜みたいな感じで
「せっかくだしワシも連れて行ってくれんかのぉ。そのてぃーるーむとやらに」
くそが図に乗るなよじじい、とは言えません。
「予定が合えばね~」
「明日は全員オフじゃろ」
「え」
そんなバカな。
「……オレたち、キャンセルになった」
「私と
もろもろの調整の結果、取材はナシになりました。
その結果、明日は4人全員オフです。
「では決まりじゃのう」
ユニット水入らずで楽しんできてくださいね!
翌日。新人戦まであと9日。
ヤドリギ寮からほど近い商店街に、
あいにくの雨とはなりましたが、商店街の端にさえ着いてしまえば、アーケードなので傘もなく楽に歩けます。悪天候も関係なしに、多くの人でにぎわっていました。
最近は再開発も進んでおり、新しい店も多くあります。
「……はぁ」
「しけた面をするものではないぞ」
素顔を晒し、声は抑えず、
だから一緒に歩きたくないんだよ、と改めて思います。
「……アイドルの自覚ある?」
「そういうおぬしは島民の自覚が足らんぞ。ここはワシらにとっての『ほーむぐらうんど』なんじゃから。安心して過ごせばよい」
「確かに、商店街ぐらいでならいいかもしれませんね」
とマスクを外しました。
「
「……」
こくり、と
「ばからしくなってきたな」
「して、どこじゃ?」
もう待ちきれない様子で
雨音を聞きながらゆっくり歩いて、お店に着きました。
「ここだよ……」
「いらっしゃいませ」
「予約の
若い男性店員はくすりと笑いました。
「もちろん分かってますよ」
そりゃそうだ、と恥ずかしくなりました。
「アイドルとしての自覚が、なんじゃって?」
「うるさい」
有名人ですので、変装していなければ誰だって分かります。
「お部屋にご案内する前に、店長がぜひご挨拶したいと。いかがされますか?」
「……はい」
ただ一つの欠点を除いて。
奥にある「STAFF ONLY」のプレートがかけられた扉が開きます。そこから、ちょび髭を生やした男性が現れました。
「皆様、お久しぶりです……。そして、ああ!
スライディングしながらすごい勢いで、
「ふむ。店名の『しらぬい』は
「はっ! 私、
(じゅうて……なんだって?)
遠縁なんだろうということしか分かりません。
「くるしゅうない。では部屋に案内するがよい」
「ははーっ!」
何事かというお客さんたちを尻目に、
(く、くそじじい)
「では、ごゆるりと」
そう言い残すと店長は音もなくいなくなりました。
個室は広く、クリーム色の壁、床はえんじ色の絨毯が覆っています。ラウンドテーブルの真ん中にはケーキスタンドが置かれ、紅茶からは静かに湯気が立ち上っていました。
いずれも店長が自ら手際よく用意したものです。
なおすべて無料だそうです。
「やれやれ、これも人徳かのぉ」
「ワシの愛くるしさのなんと罪深いことか」
「しかし気が引けますね。
「何を言うか、
それもそうですね、と
「気にしなくていいよ。……また来ればそれで十分お礼になるでしょ」
それぞれがリラックスして紅茶を、ケーキを楽しみます。食事制限のあれこれは、あとで
「しかし随分と洒落た店を知っておるのぉ」
「お前さえいなければな……」
「ここは本当にちょうどいいんだ。人の視線もないし、店員も放っといてくれるし」
「ほかのお店では難しいですよね」
「そうなんだよ! うじゃうじゃ人が寄ってくるから、おちおち本も読めしない」
「有名税ってやつじゃなぁ」
「だれが払うかそんなもん」
ばんっ。
力強く本が閉じられました。
「なんでわざわざ来たんだよ……行きつけの店ぐらいあるでしょ」
「そう邪魔者扱いするでない。おぬし、
爛爛とした瞳に、自分の顔が映っていました。
「大方、先祖返りとしてではなく、一般人として生きればよいとでも考えとるんじゃろ?」
図星です。
ちらりと横目に
「だって」
「……オレは悪くないと思ってる」
そんなわけないと言いそうになりました。しかし、
(僕のとは違って)
夫婦は、一人息子が先祖返りとして目覚めたことを大いに喜びました。そして政府・学園側のルールに断固反対しました。特に「能力の私的利用」について。
いわく、息子の才能をどう使うかは自分たちの決めることだ。
いわく、息子の財産を国が奪う道理はない。
いわく、息子を使うことで得られたはずの利益について補填するなら検討する。
両親と黒服の大人たちの話し合いを、当時中学生だった
(
そんな
「
「心配しなくとも雀くんは明るい子ですし」
自分以外のメンバー全員に言われると、さすがに杞憂かと思えました。それでも不安がまるっとなくなるわけではありません。
「今はよくてもこれからは?
どこに行っても、王子様であることを期待される自分のように。街中を歩くのに変装して、それでもバレて絡まれて。鍵をかけて閉じこもらなくては、素の自分には戻れない。
「静かな不自由が続くだけだよ。それは幸せなことなの?」
ティールームに静寂が訪れます。
だったら努力なんてせずに、凡庸な「先祖返り」でいた方がましではないでしょうか?
押し黙る
「何を言っておる。おぬしはあやつの保護者か? 小僧っ子が」
「おぬしが不安に思おうと、統が気にかけようと、関係ない。
「それができたら苦労は――」
「必要な苦労なら買ってせい。いらん苦労でも、押し売られたなら、なんとかせい。勝ち取りたいものがあるならの」
そして、カップに残った紅茶を一気に飲み切ります。
「未来は切り開いていくものじゃ」
「いつの時代もそうじゃった。
転生を繰り返す雌雄の鳳凰、その片割れ。
「じゃから
たまに休んで、友だちとお茶して、また忙しい日々に戻ります。
(
悩むことも、壁にぶつかることもあるでしょう。
そこからどうするかは彼自身が決めることで、
「どうじゃ? 気は軽くなったかの」
笑顔の
「……説教臭いし、年寄り臭い」
「なんじゃとぉ!」
地団太を踏むを
「まぁまぁ」
「離せ
このやかましい騒ぎを
黒いマスクを下に下げ、紅茶を少しだけ飲みます。そしてマスクを戻し、その内側でぼそりと一言。
「落ち着く……」
4月の終わりも近づいてくる、ある雨の日のことでした。
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