第5話(前編)
新人戦まであと17日。
旧温室――
さっそく
「まさか能力を使ったことがないとはのぉ……」
「お前さん、先祖返りの自覚はあるのかい?」
「あんまり……」
先祖返りのことすら最近知った
「そもそもどうやって使うんですか?」
いざ聞かれると困りものです。
よって、
「やってみるのが一番じゃな」
というのが結論でした。
「いやいや何も
そう言ったのは
「しかしのぉ、では誰をコピーする?」
うぐっと声に詰まった
その横、背筋をぴんと伸ばして座るのは、静かに「拒否」の微笑みを浮かべる
そしてもう一人。
「……オレも無理」
「おぬしたちでは使ったあとの言い訳が面倒じゃろう? ではワシしかおらん」
となれば、
「
「実演しよう――」
すると、
ばちん、と。
地元の記憶でした。
遠くに見えるのは山と空だけで、あたりは田畑のみ。ひび割れたアスファルトの道路は熱く、パンクした自転車を押していると、汗がぼたぼたと落ちていきます。都会に比べて視界は広いはずです。空気だって澄んでいるといいます。
(でもどこにも行ける気がしない)
暑い空気を吸い込むと、すぐに吐き出します。
そんな、なんでもない夏の記憶を思い出しました。
「おう、どうじゃった。故郷の記憶を思い出せたかの?」
「は、はい! すごかったです!」
あまりにも鮮明な記憶でした。劇的ではないけれど確かにあったある日のこと、はっきりと思い出しました。そして思い出した記憶とはあまりにも違う光景を見やります。温室と、熱帯植物群と、4人の先輩たち。
「これが
「そうじゃ。ワシの能力『記憶の想起』じゃ」
どんな記憶でも思い出せますし、どんな記憶を思い出させるか、も決めることができます。勉強でも探し物でも便利に使うことができます。
たとえどれほど古い記憶だったとしても、思い出すことができます。
「では、次はお前さんの番じゃな」
「でも、やり方が」
戸惑う
「この場には何人いる?」
「もう1人おると思え」
「も、もう1人?」
怖い話でしょうか?
「そうじゃ。……そこの木にでも腰掛けて、少し高いところから見守っている」
「お前さんがミスをすれば慌てるし、上手くやれば手を叩く。音に合わせて身を揺らし、歌を小さく口ずさむ」
もしそんな観客がいるのなら。
「歌え」
一生懸命、歌わなくては。
太陽の光じゃない、なにかの光が
スポットライトみたいに、主役を照らすみたいに、力を貸してくれるみたいに。
心強い、と
ばちん、と。
それは、およそ100年前。
目の前の男は
「ご老体。思えばずいぶんと世話になりました」
「なんじゃあ急に」
ビヤホールに呼び出されたかと思えば、相手は似合いもしない洋装で待ち構えていました。これじゃあ自分が時代遅れみたいじゃないか、とちょっとむかつきました。
「彼岸の頃には軍人です」
淡々と男は言いました。
酒を飲む人々の喧噪が遠ざかったかのように、その言葉が届きます。
「……学生にでもなればよかろうに」
「そうもいきません。わたくし、いやしくもあなた様のご指導ご鞭撻を承った身ですから。お国に返さなくては。ああ、借りたものは返せ、というのもあなた様の教えでしたね」
「ワシに返せ」
「おや、十分返したものとばかり。浅草ではそれはもう――」
「うるさいのぉ!」
「
と、声をかけられハッとしました。時は現代、場所は人工島にある部室です。
心配そうな
「うむ……、きちんと思い出せたぞ」
この返事を聞いて
「ちなみにお前さん。なにを思い出させようと思った?」
「え、ああ――」
はしゃいだことを恥じるように、
「なんか、こう、気持ちがあったかくなる記憶です!」
「そうかい」
「
光、は確かに見えました。不思議と安心感のある光でした。スポットライトに照らされたような感覚です。あの、光はいったい何なのでしょうか。
「はい! あれは、その――」
「おぬしの先祖。つまり、力の源じゃな」
「掴んだか?」
「はい。……大丈夫です、もう使えます」
「うむ。……では、今日はここまで」
「ありがとうございました!」
「さぁしっかり準備しましょう」
ガーデンテーブルに座ったまま、セットリストや演出などの予定の確認から始めます。テーブルには当日だけでなくここからライブまでの予定(
「もう2週間ないのか……近いような遠いような」
「私たちなら十分な時間でしょう。ですが、油断は禁物ですよ」
「分かってるよ」
2人のやり取りをよそに、
「……腹でも痛い?」
「ん? なぁに、元気いっぱいじゃよ」
その声に、
「
「だね。いい歳なんだからストレス溜めると縮むよ? 寿命」
「なんじゃいなんじゃい。そんなにワシが心配か? 愛いやつらじゃの~、このこの~」
頭を撫でようと身を乗り出しました。伸ばした手を、
「なにをするかっ」
「で、おじいさん。なにを思い出したの?」
座りなおして、ふぅむ、と考えました。
(ま、構わぬか)
いずれにせよ
「最近のこと、だいたい一〇〇年ぐらい前のことなんじゃが――」
「昔でしょ、おじいちゃん」
出鼻をくじかれ、憤慨しました。
「何を言うか! すでに文明開化しとるんじゃぞ!」
「文明開化って」
「
これだから、みたいな目を向けられます。いったい生涯で何度この目を向けられなくちゃいけないのか、
「うるさいうるさい年寄り扱いするな!」
暴れていると、ぽん、と肩に
「……まぁよい」
咳ばらいをひとつ。
「よいか。先祖返りの能力には必ず前例がある」
血脈を辿れば「能力をもった先祖」が必ずいます。最初に能力を持った存在、いわば「始祖」だけは例外ですが。
もちろんこのあたりの事情は多くが知るところ。
3人は黙って続きを待ちます。
「ワシが思い出したのは一〇〇年ほど前、直近で『共鳴』の能力を持っていた先祖返りのことじゃ」
この発言には驚きました。
「では雀くんは――」
「うむ。『再来』として期待されていると見て間違いないじゃろう。なにせ――」
「なにせ、そやつは『歴代最強の先祖返り』とさえ称されたのじゃからな」
「そんな漫画じゃあるまいし」
「事実じゃからのぉ。あやつは『十つの能力を同時に模倣、行使』できたからのぉ」
「じゅ、十個って……」
ひとつの能力でも、内容によっては国を揺るがしかねません。
それらを
「もしかして雀くんの指導が
「
なるほど、と
「つまり
「じゃろうなぁ」
(でも、
もしこのまま能力を伸ばしていけば、しがらみが生まれるでしょう。大きな力に寄せられる期待や関心は、身勝手で無責任なものです。
(こんな考えは嫌だけど……)
いっそ「能力を使いこなせない」ということにすればいいのではないでしょうか。そんな
「
「今年は男子が
「……頑張ろう」
「うん。そうだね」
暗い顔をして考え事をする
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