第4話(前編)
新人戦まであと17日。
(なるほど、
温室の外の壁に耳をつけるようにして声を聞きます。
「
「うむ、くるしゅうない」
(
「いいなぁ
「……寮でやりゃいいだろ」
「だって恐れ多いし」
隣にいる
なぜこの3人が怪しげな張り込み(?)をしているかというと言うと――、ほんの1時間前とのこと。
「
と、
「
いまいちピンとこなかったので聞き返してしまいました。
「そうそう」
「理由だけお聞きしてもよろしいですか? もちろん、不満があるわけじゃないです!」
特に気にした風もなく
「メンバーの理解のためだよ。烏丸くんは
「……はい」
プロデュースといってもそれが新人戦までなのか、そのあとも続くのか本人にも分かりません。新人王になったらさすがに解散はしません。組むメリットの方が多いですから。もちろん例外もありますが。
「
同じ教室にいるからこそ、だと思いました。自分たちもクラスメイトも、同じユニットで集まりがちです。
「普段とは違う2人を知るチャンスだと思うんだよね」
(つまり
アイドルとして、プロデューサーとして、外部の人と関わってるところを見ろ、と。客観視し、分析することが新人王獲得に繋がる、そういうことでしょう。アイドル研究部の部長の言うことですし、説得力があります。
(もっと仲良しになったら、もっと尊いもんなぁ……)
ぐらいの考えです。
「つっても、
「その通り、だから張り込みする」
「は?」
「ええと、張り込みというと……」
「クロくん、あんぱんと牛乳買ってきて」
そして温室に行きました。
「
「ありがとうございます。えっと、お代は……」
「バカいうな、こんぐらい奢らせろ」
「ごちそうになります!」
受け取ったあんぱんをじっと見つめています。
「なんだ? ……こしあん派か?」
「いえ、これも買い食いなのかな、と」
真剣な表情に言葉が詰まります。
「まぁ……、そうなんじゃねーか?」
「これが、買い食い」
「……」
あんぱんから
張り込みとは言いつつ先方に話は通してあります。こっそり様子を見にくることは
(
なにか気配でも感じたのでしょうか。こちらが目を向けるとすぐに目が合いました。つくづく連絡しておいてよかったと思います。
(怒ったとこなんざ見たことねーが。それでも怒らせたくねぇんだよな)
「どう
「すごく参考になります」
そう言いながらメモを取っています。
温室の会話が聞こえてきます。
「ではワシの能力をコピーし、使うてみぃ」
「はい! ……で、能力ってどう使うんですか?」
「うむ! ……なんじゃってぇ?」
出鼻をくじきつつも、
「――
「みたいだな。共鳴つったか? コピー能力っつーことはコントロールできねぇとメンドそうだしな」
「リスクがある、と」
「別に腫物って言いたいわけじゃねーぞ」
「もちろんです。ただ仮とはいえ、同じユニットですから。未然に避けられるリスクなら」
メモとペンを持ってまっすぐに眼を向けられました。先輩として、いっそう微笑ましい気持ちになります。
「……気にした方がいいのは、コピーした能力を
「なるほど。ボクの音響調整だと容易にイメージできますね。
2人で同時に曲をMIXするようなものでしょう。それも歌い、踊りながら――。一颯自身も能力をまだ手探りで使っています。
「どんな能力も器用に使いこなせるならいいが――」
温室の様子を観ている限り、器用ではなさそうです。
「――地道にやってくしかねぇな」
「あ、あれでも
(雀のこと高く買ってんだな、こいつ)
横では
「尊いね、クロくん」
「……おう」
(こいつらの能力はライブでも使える組み合わせだ。ま、上が決めたって思うと気分はよくねぇけど)
「そろそろ
よいしょと
「そういえば、お2人はライブでは能力をどう使ってるんですか?」
道中で
「ん? 僕らは使ってないよ」
「そうなんですか!?」
芸能科の生徒は全員能力持ちです。パフォーマンスの際も、能力を使うことが前提とされます。
「てゆーか使えないんだよね」
「こいつは能力強化で、オレが物理攻撃だからな。客殴るわけにはいかねぇだろ」
「能力強化と物理攻撃……」
「まさか――、素のパフォーマンスであれほどのライブができるなんて」
「え、
「もちろんです。デビューライブのクオリティは圧巻でした」
「ありがとう! いやぁ~嬉しいなぁ」
またしても、1年生のときを思い出します。
(やっぱ、色んなやつがいるんだよな)
怖がる人もいますが、何も気にしない人もいます。利用しようとする人もいれば、ただ理解を示すだけの人もいます。
「
「あっはは!
「しゃーねぇとは思うけどな。あの3人に付き合わされちゃあ」
レッスン室では
ガラスドアから顔を離して、
「せっかく指導していただいてるのに……」
デビュー済みユニットは4月下旬のスプリングライブに出演します。練習で忙しい時期に、後輩ユニットの面倒を見るのは大変です。
「顔に出るぐらい可愛いもんだろ」
「しかしですね」
「マジでやる気ねぇーならサボるか、それとも手ぇ抜くかだろ?」
「それは、そうですが……」
「少なくとも手抜きにゃ見えねえが」
もう一度、中の様子を伺います。
防音から漏れてくる音は、アップテンポのダンスミュージック。シューズと床の摩擦の音が連続し、荒い呼吸も聞こえてきます。
「そう、ですね」
苦手で、しんどいことで、表情はゆがむけれど。
それでも続けています。
「
仕方ないから認めるか、という様子に、2人は笑います。
「それなりか」
「うんうん。それなりに、だね」
ちょっと耳が赤くなった一颯がそっぽを向きます。
「ボクらもレッスンに行きませんか?」
「そうだな、やるか」
すぐに
「では、行きましょう」
その様子を見て、さすがに照れすぎだと
「照れてる
「言うな言うな」
「ほれ」
「ありがとうございますっ」
その場に座り込んだまま、ペットボトルを受け取ります。水を取りに行くのもしんどいぐらい、疲れました。
(ボクとしたことが――、
「ごめん! 飛ばしすぎたよねぇ」
顔の前で手を合わせ、
「いえ、問題ありません」
2人組ユニット『
インタビューの時、
『できるだけ多くのファンに近くで観てほしいから』
だから、右から左まで、そしてできるなら客席まで行って、ファンサービスで盛り上げていく。この特徴はそのまま、
「お二人はさすがですね……」
「いやいや、
「ダメダメだなんて……だって新人王じゃないですか!」
第77期新人王は2人組。
「新人戦の後、
懐かしそうな口調で語ります。
「できるだけ早くクロくんと組みたかったんだけど……。あ、そうそう、昔のクロくんは尖っててね?」
「おいやめろ」
「は、はぁ……。ちなみどうして
2人は顔を見合わせ、頷くと、
「顔」
と言い切りました。
「入寮のときから顔いいねって言われた」
「言ったね」
「しかもこいつ
「したね」
「二番目はビジュアルだったか。顔とほぼ同じだろ」
「違うのだ」
「興味あんなら――」
それを見かねて、
「――話してやろうか? オレがなんでルリと組むことになったのか」
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