第3話(後編)
ドアには『アイドル研究部』と書かれた張り紙がしてあります。
部活棟の一室、そのドアの前で一颯は深呼吸をしました。その様子を見て、通りすがりの生徒たちは驚きました。あのアイドル研究部の前に、一年生がいます。
ノックをするとすぐに「入っていいぞ」と返事がありました。
「失礼します! 芸能科1年A組の
「おう、待ってたぞ。
「
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
すとん、と座ると緊張感がさらに増します。
アイドル研究部の部室は壁にも天井にもポスターが貼ってあります。左右の本棚にはすき間がありません。段ボールからはグッズがはみ出ています。研究の二文字に偽りなし、と重く捉えました。
「どーしたよ
「すみません、すごい資料の数だなと……」
この一言に
「ち、ちなみになんだけど。……
「推し、というほどのことは。でも先輩たちのことは皆さん尊敬しています」
模範的な回答です。
さらに、
「
と逆質問をしました。
このとき、
めぐり合わせに感謝しつつ、
「
指を組んで、神に祈るかのようなポーズでその名を口にしました。
「そういえば雑誌の表紙になっているのをこの間――」
スッ、とその雑誌が出てきます。目にもとまらぬ速さでした。
「
ファッション誌の表紙を飾る春音は、開襟シャツを着ていました。そこまで露出は多くないように思えますが、いつもは着ないタイプの服です。ファンは喜んだり叫んだりしました。
すごい、と
というのも『
この雑誌についても、
「
「
まずい、と思った黒嗣が止めに入ります。
しかし間に合いませんでした。
「オーケー任せて僕は1人を選べと言われたら
この日、
校舎から寮の方に向かう途中で右に曲がります。手入れされていない道で、しかも林の中を行くので、ちょっと不安になります。夜だったら肝試しに使えそうなぐらいです。
(道、合ってるよな? 一本道だし、最悪引き返すけど……)
数分歩くと、建物が見えました。入り口前に誰かいます。
「こんにちは、
「お疲れ様です!
小走りで駆け寄ります。
「どうぞ中へ。わざわざ来てもらってすみません」
「いえ、おれ歩くの好きなので。……でも、なんで温室集合なんですか?」
「ここは
(部室?)
聞こえた言葉を想像しても、温室とは結びつきませんでした。ガーデニング部とかでしょうか。
「デビューするとユニット用の部屋がもらえるんですよ。生徒はみな、部室と呼びます」
「すげー……」
子供部屋を兄弟で使っていた忠太にとって、羨ましい限りでした。それも温室のような大きな部屋、というか建物をゲットできるなんて。
わくわくしながら歩いていると、先輩たちが見えました。
「お疲れ様です!
「おう。元気じゃの~」
「こんにちは」
「……お疲れ」
正方形のテーブルを二人掛けのベンチが囲っています。机の向こう側のベンチに
手前の席に座ります。
「今日からよろしくお願いします!」
「ええ、こちらこそ。……
「別に、今日は顔合わせじゃろ。そもそも寮で何度も見かけとるし」
いわれてみれば、と
「確かに……寮で顔合わせじゃダメだったんですか?」
思わず、
「なんていうか、意外に鋭いタイプなんだね」
寮で顔合わせも、ダメではないですが。あけすけなのはちょっと、という事情があります。一応の気遣いとして、部室に来てもらうことになったのでした。
「まぁ、ワシみたいな人気者は大変なんじゃ」
「なるほど」
雑な言葉に頷く
(素直で元気でいい子なんだろうけど、このじじいとの相性はどうなんだろう)
(じじいはある意味、この学校で一番人間離れしてるしなぁ)
「レッスンって何するんですか? 歌とかダンスとかですか?」
「そうですね。ただそれ以外も教えるように、
この言葉に、むくりと
眠そうなのは変わらずですが雰囲気が変わっています。
「お前さんは自分の『加護の能力』を知っとるか?」
「共鳴、です」
「ん。では使うとどうなる?」
「他の『能力』をコピーできます」
「なるほどのぉ……。お前さんはまず、己が何者かを知らねばならんな」
この後、詳しい話は長くなるので明日から、ということになりました。ついでに軽く歌やダンスを見てもらってアドバイスをもらいました。
(なんで初日からランニング……?)
ジャージに着替えてこい、と
「タカ、いつもこのペースなん……?」
「ええ。……あっ、慣れるまでペースを落としてもいいと思います。あとから追いつけば大丈夫ですから」
走らないという選択肢はないようです。
「おい鳩ポッポ」
先行していた
「お前何センチだ」
「27です」
「靴じゃねーよっ! 身長!」
もちろん分かっていましたが、わざとごまかしました。猫背がちの
(でも逆にめんどいか)
正直に答えます。
「173です」
「トンビ先輩は大きいですね~」
「ったりめーだ。つーかチビよりでけぇんだから、お前の方が歩幅あるだろ。ちゃっちゃっと走れ」
はっと
「もしかして、僕に合わせて……?
「タカ……、俺のこと嫌いなんかな」
「
しかし後ろにいる
「ワシ先輩……こんなに鍛える必要あります?」
「はっはっは。そう言いたくなる気持ちも分かるよ。だが実際のライブでは歌って踊るんだぞ。これぐらいのペースなら、それこそ鼻歌を歌うぐらいの余裕がないと、自分がしんどくなる」
「自分が?」
「仲間の力になれないのはしんどいさ――、いつか分かるよ」
似つかわしくない、なんて思いました。とてもじゃないですが、この先輩が力になれないことなんてないでしょう。逆ならまだありそうですが。そのメンバーも
知ったようなことを言うのも気が引けます。別のことを口にしました。
「あの2人とは長いんですか?」
「お、余裕が出てきたか?」
いっちゃう? みたいな感じでペースを上げられそうだったので、慌てて言葉を続けます。
「しんどさを紛らわせたくて……」
「そうか? ああ、そうだよ。あの2人とは小さいころから友だちで、兄弟で、仲間だ」
ランニングのあと、筋トレしたり、プロテイン飲んだり、ステップを叩き込まれたり、楽譜の読み方を教えられたり、色々ありました。
この日、
少し時を遡り、お昼休みの生徒会室でのこと。
部屋の中には、
『
という頼みでした。
「
「ですね。一年生の子たちを手伝うのはもちろん構いませんが……、あなたの案だと、このユニットを優遇してると思われてしまいますよ」
二人の言葉を受け、頷きます。
「責任は俺が取る。もちろん理由も全部話すさ」
もちろん
嘘はつきません。
「
「
「別に、いいっスけど」
こほん。
「普通に考えれば気落ちした一年生こそ手伝うべきでしょう。前向きに、それこそ路上ライブするような子たちは心配ないのでは?」
「もちろん、一年生全体をサポートするさ。でもこのユニットはお前たちに頼みたいんだ。そして、できれば本人たちには事情を伝えたくない」
そう伝えると、2人は目を合わせました。
「というと?」
「学園側からの期待値だよ。特に
「……あんま言いたくねーっスけど。多かれ少なかれ、誰でもそうなんじゃ」
「
ぎょっとした
「いくらなんでも遅すぎるでしょう。下手をすれば進路がもう決まっていたのでは?」
「幸い、なんて言いたくないが。芸能科男子は定員割れしていたし、
なので
「そんなにすげー『能力』なんスか」
「共鳴、と呼ばれる。コピー能力だ。ほとんどの場合『能力強化』より重宝される。……なにせどんな希少な能力でも、頭数を増やせるわけだからな」
「で、あれば。
「ある種の引き立て役だろうな。コピー先にしては、あの2人の『能力』査定は低いからな」
学園側にとって本命は
そういう考えがあるのは間違いないでしょう。
「新人戦での成果、上級生とのつながり、そういうものが彼らを守る盾になる」
「やりますよ。オレ自身、そういうのはうんざりなんで。ルリも、なんだったら喜びそうだ」
続いて
「そうですね。上級生の務めを果たしましょう。特に、
と承諾しました。
「ありがとう。……ほかのみんなにも伝えてくれ」
こうして上級生の思惑を知らないまま、
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