第2話(後編)
休日は、やはり羽を伸ばす生徒が多くいます。
ヤドリギ寮も朝から外に出かける生徒で賑わっていました。幸い今日は快晴で、春らしい暖かい日です。
「
きみたちは? という204号室の生徒に、
どうしたものか、と自室に戻ります。
「あれ、
「
寝っ転がったままの
「ええー……。誘ってくれればよかったのに」
「ケンカでもしたのか? アイツやけにコソコソしてたが」
(――よくないな)
このまま放っておくという選択はありえません。急いで寮を出ました。
向かう先は――。
「
「スズメか……、おっす」
商店街の駄菓子屋で、朗を見つけました。
「何買ったんだ――って」
小さいビニール袋には駄菓子が隙間なく入っています。でも
「今日、食欲ない」
(さすがに、昨日のことだよな)
クラスメイトで、ルームメイトで、ユニットメンバーです。生活のほとんどを一緒に過ごしてるので、
「あのさ、
(勝ちたくないの? は違うし、頑張りたい? も違うな。えっと)
いい感じの言葉が出てきません。
「スズメ、ちょい座るか」
噴水の横にあるベンチに2人で座りました。
「……俺さ。昨日言われたこと、図星やったんよ」
黙って続きを待ちました。
「努力しなくてもってやつ。いやダンス下手だけど、勉強とかさ」
「そっか。おれからすれば、普通に羨ましいけど」
「大したことせんでも点取れた。でもさクラスに1人は勉強めっちゃ頑張ってるやついるじゃん?」
「いたいた。おれは勉強苦手だし、ほんとすごいと思うよ」
そう言う
「中学で、推薦の話をもらった」
「それって」
「スズメの学校にもあった? 成績いいやつがもらえる推薦で、俺がもらった進学校への推薦は1枠だけ」
学校にもよりますが、この手の推薦は、通常の推薦や受験とは別に合格者を出します。推薦がもらえれば、その分、受かる確率は上がります。
少なくとも、
「さっさと高校決まったら楽だなと思って、考えときますーって言って、そしたら」
少し口を閉ざして、
「クラスのやつ、泣いてた。親と約束してたんだと。推薦取って、奨学金もらって、いい大学入って……」
「――
「ありがとな。うん、俺は悪いことしてない。でもな、そいつ良いやつだったんよ。ほんとに、良いやつだったから」
2人の横を子供たちが通り過ぎました。自転車を漕ぎながら、これから遊びに行くようです。休日をめいいっぱい楽しんでいる最中です。
横目に子供たちを見て、
「次の日、学園から話が来た」
「だから俺はここに来た。でも、そらそうよな。デビューできるかとか、新人戦とか、みんなで奪い合うんよな」
「なるほど……、と、そうだ用事ができた。
「もうちょい、ぶらついて帰る」
「おっけー、じゃ、また」
(命がかかってるわけじゃなしに――、なんて)
最悪だ、と思いました。大切なものなら他にいくらでもあります。
(あれじゃまるで。いや、お前と話すことなんてないって言ったのと同じだ)
さらに考えると、アイドルがやりたい、と純粋に思ってる人がやるべきではないでしょうか。あるいは自分よりもずっと才能のある――、
(俺は、臆病者だ)
噴水の音を聞きながら、
しかしどたばたと騒がしい足音が聞こえました。
「
「……え?」
さっきそこにいた先輩に聞いてきた、と
「だから、
屈託のない笑顔でした。
「――なんでそう思うん?」
「
もう全部解決だな、と笑う
「なんじゃそりゃ」
人のためを考えた結果、
このポジティブさは新鮮で、劇的でした。
(俺は――、頑張れない理由を探してばっかりで、頑張る理由を探したことはなかったかもな)
「
「ん?」
いつも通りのへらっとした笑顔で言います。
「
「おう! 分かった!」
そして翌日の日曜日。
寝込んでいることは他言無用だとルームメイトには頼んであります。ほら見ろ言った通りだ、と言われたくないからです。
(もっとも、口止めはいらないだろうが)
もう食堂での夕飯の時間も過ぎました。昨日の朝には
しかし5秒と考えられませんでした。
ドンドンと大きくドアが叩かれたからです。
「
「カラスー、出てこーい」
幸いというべきか、ルームメイトは今部屋にいないので、彼らに迷惑はかかりません。しかし、隣の部屋の住人はうるさく感じていることでしょう。
「何の用だ」
仕方がないのでドアを開けました。
すぐに
「庭に行こうぜ!」
「練習の成果を見せたる」
「はぁ……、ん? 練習?」
2人はなんだかにやにやしていました。
ヤドリギ寮の裏庭に来ました。
夕日が沈みかけ、電灯が光ります。その灯の下で、
「どうだ!」
見せられたのは、2人の練習の成果でした。
「カラス、スケジュールにこの時間にはこれをやるって細かく書いたろ。それ見ながらやってみた」
「でさ、どうだった?」
「……保護者はこういう気持ちなんだろうな」
2人は「うへー」「けっこういい感じだと思ったんだけどな」と座り込みました。
幼稚園での劇を思い出しました。
(あの日は、母さんが見に来てくれて――)
「
「でも、うた。まちがえちゃった……」
見せ場は、目を覚ました白雪姫のための合唱シーンです。
「気にしなくていいの」
「でも」
「お姫様に喜んでほしくて、小人さんたちは歌ったでしょう? 喜んでほしいって気持ちがいっぱい伝わってきたわよ」
ほら見て、と母親はカメラで撮った写真を見せました。
白雪姫役の女の子は、心から笑っていました。
「ね? だから一颯も、誰かに優しい気持ちを伝えてもらったら、ちゃんと受け取ってあげて」
へたり込んだ2人に近づきます。
「ボクは、目的があって入学した。正直……人には言いたくない」
「大切なことなんだろ?」
「それが分かってれば、俺は頑張れる」
2人が朝から晩まで練習していたのは、
「手伝ってよ――、
「カラスはそういうの得意だろ?」
「……いいのか、ボクで」
「おれたちの、プロデュース? みたいな? 任せた!」
万事解決、と言わんばかりの態度でした。能天気としか言いようがないと思います。2人で一緒に練習してきたのは事実です。お見舞いよりもずっと嬉しい思いやりでした。
「ボクと組む以上、勝ってもらうぞ」
まだへたり込んでいる
それを手に取って、
「そんで、カラス先生。こっからどうするん?」
「基礎練習はもちろん、経験不足を補うためにも手を打たなければ――」
「じゃあさじゃあさ、やってみようぜ!」
2人が首を傾げる中、
翌朝。
天気は晴れです。
ヤドリギ寮に、つんざくような音が響きました。
電子的な音でした。寮がまるごと揺れるような音量です。芸能科の人たちは、何の音なのかすぐ分かりました。スピーカーの音割れです。
誰かが外にスピーカーを持ち出して、うっかり音割れさせたのでしょう。
「しまった」
「
「これはこれでいい客寄せになるだろう。ボクの計算通りだ」
「しまったって言ってたじゃん!」
「スズメ、まずい」
「
「もう一杯、おかわりするべきだった」
「――っ、あ、と、で!」
3人がいるのはヤドリギ寮から芸能科校舎に続く道です。朝の通行人の数は、200人以上。多くは芸能科の生徒です。当然(芸能科の)先生の多くも、この道を使います
(やっべー。先生来ちゃうって)
こうなっては、やるしかありません。慌てて、メンバーに見やります。
「
「曲が始まれば、そこそこ落ち着くと思うぞ」
「
「ボクらの『能力』を忘れたのか。ここまで準備できれば十分だ」
「よし、やろう――」
音楽が始まります。『第78期男子新人戦課題曲』。そっけない名前ですが、アイドルの雛鳥たちの良さを引き出そうと作られた1曲です。
披露するのは、仮ユニット7番――、改め。
「『
太陽を照明に、街路樹をバックに、彼らのライブが始まります。
3人とも、ミスがたくさんありました。Cパートで音を外したり、転調のとき足がもつれたり。それでも最後まで観ていたいと、何人かの生徒が足を止めました。
ライブが終わると、拍手が送られます。
手をたたく人たちは、笑顔で
「ありがとうございました!」
3人で頭を下げます。汗が地面に落ちていきました。
そして、
「いいライブだった。ただ、俺の記憶が正しければ、無申請なんだが……。放課後、生徒会室で話を聞かせてもらっていいかな?」
生徒会長・
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