第2話(前編)
入学式を終えた金曜日の夜。
ヤドリギ寮201号室に
「先祖返りには特殊な力がある」
新人戦対策会議――、の前に
「特に、鳥の先祖返りは影響力の大きさから重宝される。そして生徒全員が鳥の先祖返りなのが芸能科だ」
と端的に言われても、頭が追いつきません。
「……何が分からないんだ?」
「全部!」
「そもそも鳥の先祖返りってことは、おれたちの先祖は鳥なの?」
回転する椅子でぐるぐると回りながら、
「生き物はもとをたどれば1つなんよ、スズメ……」
「特殊な力ってなに?」
今度は
「ボクの能力は音響調整だ。実演する」
ラー、とロングトーンが響きます。途中で音質が変わりました。ただの寮の一室ではなく、コンサートホールで音を出しているような、明らかな変化でした。
「マジック……?」
「まぁ魔法みたいなもんよな、実際」
「芸能科のみんなはコレができるの?
「俺の能力はリラックス効果だから、カラスとは違うなー」
「
その言葉に
「え、知らない」
「……今朝もらった診断表に記載があるはずだ」
引き出しを開けて、中を漁りました。診断表にはざっと眼を通しましたが、身長が伸びていて嬉しい、ぐらいしか覚えてません。
「あった。これの――、ここか」
以下のように記載がありました。
『TBsp.スズメ(Passer montanus) Ef.共鳴(能力のコピー)』
(これは――かなり貴重な能力のはずだ)
「きみは――、いやなんでもない」
「どうよ、大体分かったか?」
「なんとか……」
「とはいえ、考えなくてはならないことはまだある」
なにが? という顔をする2人に、壁に貼ってあるカレンダーを指さします。
「来週から、レッスンが始まる。一応聞くが、歌やダンスのレッスンを受けたことは――」
2人とも首を横に振りました。
「カラスはあんの?」
「ボクもない」
「ど、どうする? 明日から練習する? 走り込みとか」
この言葉に、
(スズメよ、休みは休もうぜ……)
「月曜の課題曲の発表までは、自主練習で構わないだろう。それに、月曜のレッスンではトレーナーからのフィードバックもある。それを受けて今後の戦略を決めていこう」
休み明けの月曜日、朝からレッスンが始まります。
もちろん内容は、新人戦の課題曲の練習です。午前にボーカル、ダンス、午後はステージについて取り組み、課題を見つけていきます。ガイダンスだけではなく、簡単な実践とフィードバックもあるので1年生は浮足立っているようです。
まずはボーカルレッスンです。
声だしから始まり、最後に1人ずつ1番だけ歌うことになりました。
「音を取ることよりも人前で歌うことに慣れるつもりでやってみよう」
クラスメイトが順に歌っていきます。
そして、
「スズメふぁいとー」
という
よく通る声で歌い切りました。
「
先生に会釈して、席のほうに戻ります。
「意外と緊張したかも」
「やるやんスズメ。俺もがんばらんと」
続く
「
「あざーす」
歌詞もメロディもしれっと覚えていますし、アクセントのつけ方もきれいです。全体的な印象はそつがない、といったところ。
「
「ありあり」
2人の会話には混ざらず、
「次はカラスの番か」
「曲は覚えた。問題ない」
この発言の通りの結果でした。
歌詞間違いもないですし、音も外れてません。しかし感情も抑揚もない、平坦な歌声でした。ロボットのように歌い切りました。
これには先生も、
「逆にすごいな。……修正はじっくりしていこうね」
と苦笑いです。
ミスをしたり、緊張したりということならまだしも、本人はいたって堂々としていました。こうなると指導しようにも、かえって難しいようです。
「意外な弱点発見」
「そう? 真面目な
「くっ……」
続くのはダンスレッスンです。
歌よりも『とりあえずやってみる』のハードルが高く、振付を中々覚えられない生徒もいました。しかし、覚えることに関しては
「OK! リズムも取れてるし、正しく踊れてるよ。ちょっと固いからもっと大きく体を使っていこう」
「はい! ありがとうございます」
お礼を言って、
「……サビ前の手の動きってどんな感じやっけ」
「んじゃ、おれが先に踊るな」
自信なさげな
そして、
合ってるし、上手い。
「Good!
「はい! サッカー部と剣道部と、美術部でした」
先生は『美術部』のところでちょっとウケました。
「あんだけぴょこぴょこ跳ねても崩れないのは、体力あって、体幹もいいからだな」
戻ってくる
「スズメ、覚えられたんか……?」
「……いろいろな部活をした分、見て覚えるのは得意なのかもな」
「うへー、俺も続かんといかんやつか……」
ぶつくさ言っても朗の番です。
「んー、振りはちょっと怪しい、くらいだけど……、なんかリズム合わないね。
というものでした。
「はーい……」
とぼとぼと戻ります。
「
「スローテンポなら、あるいは――。しかし課題曲がある以上、なんとかしなければな」
「へーい」
昼休みを挟んで、午後は町のイベントホールに行きました。
実際のステージ上の動きを学びます。立ち位置の目印とか、ライトが暑いとか、初歩的なことから教わります。
「新人戦はWeb中継される。カメラへのアピールの出来は、結果に直結すると思え」
先生が配った紙には、曲のどのタイミングでカメラが切り替わるのか、その画角はどんなものなのか、が記載されています。
「人数によって変えてある。ユニットのやつらはカメラも意識してセンターを決めたほうがいいぞ」
カメラにどう映るのか、体験することになりました。
3人でステージに立ちました。歌を口ずさみ、軽く踊ります。手元の紙を見て、カメラを見て、と忙しなく眼を動かさなくてはいけません。
「えーっと、
「はい!」
残りの2人は「これ横ピースもすれば引き出し倍じゃね」「
初日のレッスンが終わり201号室に戻ると、
「今日のフィードバックを元に戦略を決めるぞ」
「俺は腹減ったぞ、カラスよ」
うつぶせになった
「分かった。食べながらでいい」
何もわかってない、と思いながらも黙ります。カロリーがもったいないからです。
「まず、これが1‐Aの評価だ」
「
しかし、ボーカル、ダンス、ステージパフォーマンスの3項目で、高評価がない生徒も多くいます。3人の成績はむしろ前向きな結果です。
「それぞれの強みを活かすのがベストだ」
「センターは
「お、おれ?」
「中央でダンスをメインに任せる。カメラへの立ち回りはボクが教えるし、いくつかのタイミングでわざと
「いやいや待て待て」
「あくまで『今』苦手ってだけだろ、これから練習していけば――」
「時間がない」
新人戦までは1か月。思ってるよりもすぐだ、ということは、
「逆にいえば、1か月はあるんだ。じっくりやろうや」
「勝ちたくないのか?」
「そりゃあ勝ったら嬉しかろうけど」
「きみには才能がある」
ストレートな誉め言葉に、
「――だから、もっと頑張れやって?」
「いや。だからきみは努力しないんだろう。ボクたちと違って、努力しなくてもできるから」
「そんなこと、思ってない」
「まぁまぁ、2人ともとりあえず落ち着けって」
控えめなノックが聞こえました。
返事をすると、
「あの……戻りました」
「オウ。帰ったぞ。なんか話してんなら出るけどよ――」
「構わない。ボクはもう出るところだ」
2人の横を通って
この日はこれ以降、
日々のレッスンはうまくいったと言えるでしょう。3人とも確実にレベルアップしました。気まずい空気は解消できませんでしたが。
そして、練習漬けの1週間がようやく終わると思われた金曜日のこと。
「土日もやるんか……?」
商店街の『食い倒れMAP』と書かれたチラシを片手に、
「当然だ。新人王に一番近いのは、あの
この1週間で、
差を埋めたければ、あるいは差をつけたければ相手が休んでいるときこそチャンスだと
「でもさ、
「そうだそうだー」
しかし
「ボクは勝つために――」
「なーんでそんなに焦るのかね。なにも命がかかってるわけじゃなしに」
あくまでのんびりした言いように、
「……」
「
「――ああ、そうだな」
思わぬ言葉に驚きました。
「……命が、か。……その通りだ」
それだけ呟いて、
「……カラス、どしたんかな」
「分かんない、けど」
(怒ってる顔じゃなかった)
どちらかといえば何か諦めているような、そんな表情でした。
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