フロウ・ザット・エマージド

ヲトブソラ

フロウ・ザット・エマージド

 その日、崖から海に人が落ちたと警察と消防に連絡が入った。しかし、事故現場に向かう道で多くのモビリティが何かしらの不具合を起こし、現場に緊急車両が到着した時には通報から十時間が経っていたという大失態を演じる。それら汚名を即時返上すべく、船やAUV(自立型無人潜水艦)による捜索が夜通し行われ、明るくなり始めた朝になってアンドロイドが海底に一体沈んでいるのが発見されたのだ。

 バッテリーは空、セーフモードまで停止。通常ではあり得ない状態で回収され、加えて、海面に激突した際の衝撃で機能中枢が破損し、復元するにはそれなりの時間と税金がかかる。


 この“事故”にそこまでする意味があるのかを調べる、それが俺たちの仕事。


 部下数名とアンドロイドの“所有者登録”がされている家へと向かった。その“所有者”と連絡が取れず、チャイムを鳴らそうにも全ての電源がロストしており、ハッキングによる扉のロックも解除不能。そして、またしても失態を犯す事になったのが、誰一人として物理式の鍵を回す技術を持つ者がいなかった。管理人に問い合わせ、鍵を借り、扉を開けた瞬間に分かる、人間が死んでいる、という臭い。穏やかに陽の入るリビングで、ソファに深く座り絶命していた高年女性の遺体には、他殺だと分かる外傷が残っていた。彼女はAIやアンドロイドの人権を提唱した第一人者的学者であり関連の運動家でもある。


「政府諮問委員を勤め、国連で意見を求められた事もある」

「だけど、AIに人間の権利を認めたらモビリティのストが始まるって……」


 部下は安いニュースメディアかネットコミュニティで拡大解釈された情報を鵜呑みにしていた。恐れるなら自分で調べてみてから、正しく恐れれば良いものを自ら考える事を放棄している。この学者が言ったのは“悪行を行わせようとする人間をアンドロイドが拒否する権利”だ。さらにプログラムの改ざんからも守れるように、アクセス権を停止する事まで許される。それを“AIの人権”だと言った。


「そんな人がアンドロイドに殺害された可能性もある訳ですよね?」

「まだ分からんが、殺害……というより自殺幇助かもな」


 本来なら“三原則”に則りアンドロイドが人間を殺す事は不可能。そして、それが“所有者”が望みだとしても“三原則”で不可能となり、何らかの不具合でアンドロイドが殺人を行おうとしても監視システムサーバーに信号が飛び、サーバーからダウンさせられ、不可能。“所有者”がアンドロイドを傷付けようと行動したとしても、自動的に通報システムが作動するから、不可能。


「警部が気にしていた海に沈んでいたアンドロイドですが……」


 Gen3モデルアンドロイド。


 統一規格第三世代なんてものは骨董品レベルの旧式で、そのほとんどが別の製品に、何度もリサイクルされているであろう古い物だ。第三世代の“彼女”を構成している素材は、水に入ると水面に浮くだけの浮力がない。これも海に落ちる前に“三原則”が回避させる。


「海に飛び降りたのは、二人……」

「Gen9も所有登録がされていました」


 第三世代の“彼女”が“所有者”に危害を加えようものなら、第九世代アンドロイドの“彼”が止めて通報をするはずだ。それが何らかの影響で出来ずに“所有者”を殺害後、“彼女”と海に行ったとしても、今度は自身を守る“三原則”がある。しかし、状況からして二体とも“三原則”が働いていると認めるに苦しく、海に飛び込む。そんな奇跡みたいな事があるのか。


「“愛ゆえの逃避行”なんて事は映画じゃないですし、あり得ませんよね」

「……………あり得たとして、お前はどう思う?」

「まさか!“心”なんて大層なものがアンドロイドに?」

「俺には、この三人が心中したように思えるんだがなあ」


 第九世代の“彼”の筐体にはエマージェンシーセンサーとフロウ装置が備わっており、もし海などに転落すれば、海面にまで浮かぶだけの浮力が得られる。海で“彼”が発見されていないのは浮上し、陸に上がったからだと容易に想像出来た。しかし、遭難信号や緊急信号が発信されておらず、どこにいるのか分からない。もし、通信機能が破損したとしても陸に上がれば、別の手段で通報が出来るし、加えて、たいそう腹ぺこだろうからステーションで充電をするはずだ。ところが履歴がどこにも無い。


「確か、Gen4++モデルから……」


 アンドロイドの製造には大きな環境負荷が生じる。大量の電力を使い外殻が焼成され、制御に使われるユニットのほとんどが、未だレアメタルの多く含まれる天然鉱物資源依存だ。それら負荷を還元する為に、身体の99.9%が微生物の栄養として食えるようになっており、分解されると土に還る。もし、ここまで折り込み済みの行動だとすると………、


「動物……生命体の死と変わらん」

「警部の言う通り、もしAIに魂や心があれば、“所有者”、“彼女”、“彼”が……」


 生命体としての“尊厳”を守る権利を行使したみたいですね。


 家の中を歩き回り“所有者”の趣味であろう古いオーディオデッキが置かれた部屋を見て回った。壁一面に埋め込まれた棚。そこにはレコード、カセットテープ、オープンリール、CD……、前世紀に栄えた多くの音声記憶媒体が隙間なく収納されている。所々に置かれた“三人”の写真は、どれも仲睦まじく、二体のアンドロイドは機能以上に笑顔だ。一枚だけソファテーブルに出されていたCDケースを手に取った。


「ジャミロ……クワイ?」


 ケースのアートワークを眺め開けて、スリーブからブックレットを取り出してページをめくると『ヴァーチャル・インサニティ』という楽曲のページが酷く傷んでいる事に鼓動が早くなる。


「下の奴らに、このCDを持って帰れるか聞いてきてくれ」


 “所有者”の自宅を訪問してから半年後、“彼女”が発見された海から十キロ程離れた森の中で朽ちた“彼”が発見された。こちらもまた復元をするにはコストがかかる状態。この“彼”を見て管轄組織の連中は“事件、事故では無い”と腹を括ったのだと思う。さらに“彼”が発見された十日後に、あるデータファイルが“所有者”に近しい者、関係者宛に“所有者”より届いた事によって、皆、口に出さなかった言葉を言わなければいけないと固くした。“所有者”が予約機能を使って送信したファイルは“遺書”であり、あの“出来事”の直前に撮られたとみられる写真が添付されていた。


「……家族写真みてえな笑顔だな」


 当初、この一連の出来事は事件、事故の両面から扱う……という定型分で伝えられていたが、実際には管轄組織内部でもどう扱えばいいのか決められずに“出来事”という暗号で呼ばれられていた。俺が観た遺書で語られた“所有者”の言葉から“出来事”の意味を考えたると、闘病生活を送っていた“所有者”の願いを叶える方法を三人で考え出し、自死を行動に移せなかった“所有者”に代わり“彼女”が殺害。“所有者”は“彼女”と“彼”に好きなように生きる事を選ばせ、“彼女”と“彼”が選んだのは、何かしらの形でパートナーとなる事だ。しかし、それが法的に叶わないと分かり、さらに“所有者”がいなければ自由に存在する事すら許されていないと知ると、法律や“三原則”に従う気はないと“所有者”に続き、“彼”と“彼女”は“自死”を選んだ。


 彼らは“三原則”を破る大犯罪まで犯してまで末期患者である家族の尊厳死を叶え、惹かれ合う“愛”を全うさせるために“心中”を選んだ。


「世界で最初の愛ですね」

「そんな綺麗なものか。俺たちを嘲笑しているにしか思えん」


 願いが叶わないなら殺人と心中で証明される、人間とAIとアンドロイドの狂うしいほど美しい愛。何が尊く、何をもってして命、何が守られて権利なのか。


 史上初のアンドロイドによる“心中”であると発表されたのは、彼らの死から五年後の命日。その報告など聞かずに、俺は『ヴァーチャル・インサニティ』を毎日聴いている。


おわり。

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フロウ・ザット・エマージド ヲトブソラ @sola_wotv

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