第92話 登校

 子どもたちが登校する前、黄色い旗を持って交差点に立つ。

 しばらくすると、ランドセルをかたかたさせて、子どもたちが登校して来る。

 一番に来る子たちの顔ぶれは同じだ。

「おはようございます!」「おはよう」「おはようございます」「気をつけてね!」

 一人で歩く子。友だちとゆく子たち。きょうだいらしき子たち。

 朝、元気いっぱいに通り過ぎていく。


 時折、お母さんといっしょに来る子もいる。

 ああ、お母さん、偉いなあ。

「おはようございます」「おはようございます」

 子どもはちょっと下を向いていたりする。でも大丈夫。「おはよう」って声をかける。


「これあげる」「ありがとう」三年生くらいの女の子に白い小さな花をもらった。

 男の子たちが戦いながら駆けてくる。

「危ないよ! 車来るよ!」ああ、笛でも吹きたい気分。全然聞いていない。

 近くに来たら、長い旗の柄の内側に子どもたちを入れる。

「車に轢かれるから、気をつけてね」

「はーい!」とは言うものの、青信号になったら駆け出していく。それが危ないんだってば!

 ああ、みんな、無事に大人になれますように。祈らずにはいられない。


 高学年になると、突然大人びてくる。ランドセルじゃなくて、リュックになる。そうそう、リュックの方が便利なんだよね。体操服も入るし。ランドセルは丈夫だけど、体操服や水筒なんかが入らないし、そもそも高学年にはランドセルは似合わない。

「おはようございます」「おはよう」

 特に女の子たちは一人前の大人のように、小声で秘密めいた話をしながら歩いて、学校へ向かう。学校までの道のりは秘密を共有する時間であるかのように。

 もうすぐ、旗振りも終わりの時間だ。


 いつもぎりぎりの時間に来る子たちがやってくる。この顔ぶれも毎日同じ。

 ぎりぎりの時間だからと走って来る子。毎日走って来る。

「まだ間に合うよ! 気をつけて、いってらっしゃい!」

 言葉もなく走り去る。

 それから、遅刻するかもしれないのにマイペースに歩いて来る子。

「おはよう。もうすぐ始まるよ」

 無言で通り過ぎてゆく。挨拶はないけれど、背中を見送る。

 少し丸めた背中。頑張って! いや、頑張らなくてもいいんだけど。つい応援したくなってしまう。

 あの子が行ったら、もう終わり。

 わたしは黄色い旗をくるくる巻いて、腕の腕章を外した。

 みんなみんな、いろいろありながらも大きくなりますように……! 


 家に帰って、透明なコップに白い小さな花を活けた。





  「登校」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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