第90話 怪雨

 学校帰り、傘をさして歩いていたら、雨の色がおかしいことに気がついた。

 泥のような汚い色。

 視界がいつもの雨よりも黒ずんで見える。

 ざあざあと音を立てて降る雨。


 泥のような色の雨に包まれている。

 ふいに、背筋がぞっとした。友だちとは別れて、ひっそりとした家々の間を帰る途中だった。誰もいない、はず。なのに。

 ――この、泥のような雨の中に、何かがいるのが分かったのだ。


 ボクは傘をさしたまま、その場から動けなくなった。

 泥色の雨の、まだ夕暮れ前なのに薄暗い視界の先に、何か、いる。

 脚に雨があたった。冷たい。春だけど、雨はまだ冷たかった。

 ボクは、ゆっくりと歩いた。その何かは、動かなかった。

 家に帰るには、その何かの横を通り過ぎていかなければならない。

 雨の音以外、何の音もしない。そして、泥のような雨で包まれている世界。まるで、世界に、ボクとその何かだけのように思えた。


 何かがふいに動いた。

「あ。くろ?」

 それはボクんちの猫の、くろだった。

「くろ、どうしてこんなところにいるの? 雨なのに」

 くろはにゃあと鳴くと、しっぽをぴんと立てて、ついてこい、というふうに歩きだした。

「くろ、どこに行くの? ねえ」

 くろを追いかけて行ったら、古い家の前に辿り着いた。人が住んでいなさそうな家だった。ここに、こんな家、あったかな? 

「くろ?」


 くろはいなかった。でも、かすかに仔猫の鳴き声がして、声のした方を見ると木の下で仔猫が震えていた。

「……おうち、ないの?」

 ボクはランドセルから体操服を取り出して、体操服で仔猫を包んだ。

 みゃあというたよりなげな声がかわいかった。仔猫はくろと同じ黒猫だった。

 ボクは急いで家に帰った。


「おかえり、寒かったでしょう」

「うん。ねえ。仔猫拾った」

「あらあら。かわいい! まず、シャワーかな? ふふふ、きれいにしようね」

 ママは仔猫をだっこしてお風呂場に行った。

「あのね、くろが仔猫まで案内してくれたんだよ。くろも濡れてるよ、雨の中、いたから」

「え? くろはずっと家にいたわよ」

「え? でも、ボク、くろに会ったんだよ」

「くろはずっと、そこで寝ているわよ。もう、おじいちゃんだからね。最近はお散歩もしないもの。雨の中、出かけるわけないわよ?」

「でも……」


 ボクはソファでまるくなっているくろをそっと撫でた。あったかい。雨の中にいたようには見えなかった。あれは幻?


 *


 花粉、黄砂、火山灰などが雨に混じって降る現象を怪雨あやしきあめと言って、含まれるものによって、黄色や泥色、黒灰色の雨となるんだって。ママが教えてくれた。あの日黄砂が飛んでいたから、それであんな雨だったんだ。

 雨の中のくろのことは……夢でもみたんじゃない? って、ママは言う。でもボク、あれは仔猫を助けるためにくろが魂を飛ばしたんだって、信じてる。

 だって、「怪雨あやしきあめ」だもの。怪異だって起こせるよね?





  「怪雨」 了


  *ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。

   1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。

   毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!

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