第82話 山茶花
ずっと、
したがって、「さざん~か~の~や~ど~」というあの歌に出てくる山茶花は、わたしにとって幻の花だった、長い間。
わたしは山茶花の花が大好きだった。
冬休みに近づくと、家の生け垣にピンクの花が一斉に咲く。幼稚園くらいのときは、お砂場セットのバケツいっぱいに花をつんで、おままごとをしていた。山茶花の花びらのごはん。泥団子をきれいに彩って、わたしのお気に入りの遊びだった。時々、緑の葉っぱやつぼみをつんで、おままごとの食卓に並べた。
母が「椿は首からぽろっと落ちるから不吉なのよ」と言っていて、わたしは不思議に思っていた。椿だと思っていた山茶花は、花びらが一枚一枚、ひらひらと散るから。わたしは散った花びらを集めるのも好きだった。小学校低学年のころ、そうして集めた花びらをたいせつにビニール袋に入れて、机の中にしまっておいたら、茶色くなってしまい悲しい気持ちになったことがある。
「それで、その茶色の山茶花はどうしたの?」田代くんが言う。
「もちろん、捨てたよ。ちょっと汁も出ていて、気持ち悪くて」
田代くんは大笑いして、
「押し花みたいにすればよかったのに」
と言った。
「そんな知恵、なかったのよ」
山茶花が咲く家はもうなくなってしまった。
祖父母の代に建てた古い家だったので、祖父に介護が必要になったとき、介護に便利なように建て替えたのだ。そのとき、山茶花の垣根もなくなり、おしゃれな白いフェンスになってしまったのだ。
母は手入れが楽になったわ、と喜んでいたけれど、わたしは古い家が恋しかった。きれいな家は嬉しかったけれど、山茶花の生け垣も古い木造家屋の暗がりも恋しかった。新しい家はどこもかしこも明る過ぎた。
「実は山茶花だって知ったのはいつ?」
「最近」
「え?」
「だから、最近まで、あれを椿だって思っていたのよ」
わたしは庭に置いた、山茶花の苗を視線で指した。
古い家を解体したとき、山茶花を一部残して移植したのだ。そして、今度結婚して住む家に、実家にあった山茶花を植えようと思って持って来たのだった。賃貸だけど、庭がある古い一軒家でリフォームや庭の手入れなど、自由にしていいと言われていた。
「ところでさ、そろそろ『田代くん』はやめない? 君も『田代』なんだけど。……まあ、ずっと言っていることなんだけどさ」
田代くんは笑って言った。わたしは笑い返しながら、山茶花がいっぱいに咲いた生け垣を空想していた。
「山茶花」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます