第70話 見えない虹の境を越えて
森の中にある、境の向こうに友だちが出来たの。
お父さんやお母さんにはないしょ。お兄ちゃんにだってないしょ。だって、境の向こうに行ってはいけない決まりだから。
友だちの名前はモーブ。
あたしはライラ。ライラックのライラ。モーブと同じ紫色の名前で嬉しかった。
モーブは優しくて、間違えて境の向こう側へ入って泣いちゃったあたしに、りんごをくれたの。りんご、おいしかった!
森の中の境は、あたしの目には何も見えない境。そして、そこから先には行くことは出来ない、普通は。だけど、偶然、あたしはモーブと繋がって、向こう側に行ってしまったんだ。境は虹なんだよ、虹の魔法がかけられているんだよって、モーブが教えてくれた。そして、虹の紫の部分にモーブと手をやると虹の魔法がほんの少しだけ解けるの。
このことは、モーブと二人だけの秘密。
あたしは毎日森に行く。
そうして、時間になったとき、決めた場所に手をやる。
すると、空間が歪んで解けて、向こうへ行ける。
そして、銀色の髪で紫の瞳の素敵な男の子に会うの。……あのね、実はね、王子さまみたいって思っているの!
モーブはいろんな魔法を見せてくれた。モーブがいるところは魔法が当たり前にある世界。モーブの魔法はとてもきれいだった。細氷の魔法や星のささやき。あんなにきれいなものを、見たことがなかった。
今日はね、あたし、魔法のお礼にウィークエンドシトロンっていうケーキを焼いてきたの。パウンドケーキにお砂糖をコーティングした、甘いお菓子。レモンも入っているの。喜んでくれるかな?
時間だ。
あたしは何もないところに手をやる。
「ライラ!」とモーブが言って、「モーブ」とあたしは答える。
そして、あたしはモーブに駆け寄った。
「あのね、今日はね、プレゼントがあるの!」
「何?」
「ケーキなの。ウィークエンドシトロンっていうのよ。ミルクもあるの!」
「ありがとう、ライラ。嬉しいよ」
にこって笑うモーブ。
銀色の髪が、太陽の光にきらきらして、ほんとうに王子さまだって思う。
長老の樹のところまで行って、ふたりで並んでケーキを食べる。
「すごくおいしいね」ってモーブが言ってくれて、嬉しかった。それから、モーブは野の花を集めて花束を作ってくれた。「今日のお礼に」って。
ありがとう、モーブ! あたし、咲いている限りお花を眺めるよ。押し花を作ろうかな。
鳥の鳴き声がする。蝶がひらひらと舞っている。いま、そこをリスが駆けていった。うさぎもいる。緑もお花もきれい。
なんて美しく穏やかで平和なんだろう。
ずっとずっと、こうしていたいな。
「見えない虹の境を越えて」 了
*ショートショートの連作で、10万字超の長編にいたします。
1話ごとに読み切りの形式で、次話に続きます。
毎日2回(7時、18時)更新。よろしくお願いいたします!
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